第46話 後悔はもう遅い

 男の拳を平然と受け止める。


 まさか正面から、こんなあっさり防がれるとは思ってもいなかったのだろう。


 男の表情に困惑の色が見える。


「……こんなもんか? お前の実力は」


 相手の神経を逆撫でするために、あえて淡々とした声色でそう告げる。


 想像どおりに男は、青筋を刻んだ。


「て、てめぇ……! 一発俺さまの攻撃を防いだくらいで調子に乗るなよ!」


 男が後ろに下がる。


「お、おい、ガイアス! 平気なのか? まさか負けたりは……」


「冗談言わないでくださいよご主人。あんなガキ、俺が少し本気を出せば一瞬で終わります。どうやら戦闘系のギフト持ちらしいですが、それはこちらも同じ。地力が違いますって」


 すらりと男が腰に下げた鞘から剣を抜く。


 かなり大きめの片手剣だ。あの膨れ上がった体から繰り出される剛剣は、たしかに脅威に見える。


「そこで見ててください」


 言い終えるのと同時に、ガイアスが床を蹴る。


 一瞬で目の前にやってくると、振り上げた剣を勢いよく俺の頭上へ落とした。


 当たればいくら俺の耐久力でもダメージは必須。急所でもある頭なら、なおさら命の危険に陥るだろう。


 だが、それでも俺は冷静に、剣を盾に相手の攻撃を防ぐ。


 想定外の衝撃が、剣身から体へ。そして体から地面へ抜けて床を破壊する。


 メキメキと音を立てて軋む床音を聞いて、ガイアスはにんまりと笑った。


 しかし、すぐにその表情は消える。


 平然とガイアスの攻撃を受け止めた、——俺の姿を見て。




「な……なに? お前、なぜ……どうやって、俺の攻撃を!?」


「不思議か? おまえの攻撃を受け止めている事実が。ただ、俺の腕力がお前よりあるだけだろ」


 それ以外に説明はつかない。


「そんな細い腕で、俺さまの剣を受け止められるはずがねぇだろ! しかも片手だと!? ふざけやがって!」


「お前も片手なのにその理論はおかしい。……まあ、想像以上なのは認めるよ」


 たぶん、コイツの〝ギフト〟が与える恩恵は、身体能力の強化系だな。


 外見以上にかなりの衝撃が体に伝わってくる。


 涼しい顔して防いでいるが、正直、正面から受け止めなきゃよかったと後悔してる。


「クソッ! クソクソッ! 舐めるな! 俺さまの全力はまだ、こんなもんじゃねぇ!!」


 ぎりぎりとガイアスのパワーが上がっていくにつれて、俺の剣が押されていく。


 ギフトも合わせると、さすがに俺より腕力は上かな?


 まあ、腕力だけは、な。


 いつまでも馬鹿みたいに力勝負に付き合ってやる必要はない。


 前のめりに全力を込めるガイアスの剣を、——わずかに斜め下へとズラした。


 それだけで、ガイアスのパワーが勢いを失う。


 正確には、剣身を滑って床のほうへと落ちていく。


 運動エネルギーっていうのは、受け流せば腕力による差はそこまで関係ない。


 ほとんど差がないのなら尚更な。


「コイツッ——!?」


 ガイアスは、自分の攻撃が受け流されたことに気付いた。


 けれどもう遅い。


 あれだけ全力を込めては、途中で技をキャンセルできない。


 体勢も崩れ、やや前のめりに踏み出す。倒れないよう必死に踏ん張るが、——その頃にはもう、男の横を俺が通り過ぎていた。


 張り付くのではなく、横を抜ける。


 こうすることで、剣によるリーチを残したまま相手の意表を突ける。


 男が防御体勢に入るより先に、軽く振るった俺の剣が、ガイアスの足を捉える。


「ぐあっっ!!」


 刹那のあいだに、二回の斬撃。


 腱を切られた男は、みっともなく地面に倒れて転がった。


 これでガイアスはもう立てない。立てなきゃ歩けないし、走れない。走れなきゃ、逃げられない。


「これでお前は逃げられなくなったわけだが……なにか言い残すことはあるか?」


 冷ややかな声をガイアスに投げる。


 男の目はまだ死んでいなかった。


「くっ! ま、まだだぁ! 腕力は俺のほうが上だ! たとえ足が使えなくても……!!」


「馬鹿だな」


 本当に馬鹿だよ。


 俺に勝ってない。その状態で速度を失うのは、どういうことか教えてやろう。




 試しにまずは、男の耳を斬り飛ばす。


 声にならない叫びをあげて、ガイアスは床を再度転がった。


「冥土の土産に教えてやる。足が使えなきゃ、俺の攻撃はかわせない。いくら力があろうと、スピードで負けてたら一方的に殴り殺せるんだ、こっちは」


 次は太もも。


 その次は二の腕。


 腹部。胸部。肩。腰。脇。


 手当たり次第にガイアスの体を刻む。


「どうだ? 痛いか? 苦しいか? 辛いか? 答えてみろよ」


「——ひ、ひぃっ!? ゆ……ゆる、許して……くだ、さい……!」


 涙と苦しみでボロボロになった顔。そんな顔で、必死にガイアスは懇願する。


 だが、俺は聞いてやらない。


 剣を振り上げて、冷たく言い放つ。




「それは……お前がこれまで遊んで殺した連中にでも言うんだな」


 剣すら持てなくなった男の頭上に、鈍色の刃が落ちる。

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