第44話 不審者認定

 立ち塞がる騎士や使用人たちを殺す。


 どいつもコイツもどうして俺の邪魔をするんだ? わざわざ命を懸けるほどの価値がこの家にあるとは思えない。


 床に転がった死体を見下ろして、酷く冷たい感情が心を支配する。


 そのまま真っ直ぐ廊下を抜けて一室に入る。そこには、地下に通ずる隠し扉があるらしい。


 騎士の男が言っていたとおりにギミックを解除すると、足元の板が開く。


 この時代にこれだけの技術はすごい。ゲームならではの発想だな、と思いながらも地下へ通じる扉を開けた。


 階段を下りていくと、やがてひらけた空間に出る。奥から女性の泣き声が聞こえてきた。


 そちらへ向かう。


 一番奥の廊下に、——彼女はいた。


 特徴的な赤毛をわずかに揺らし、薄っすらと照らされた牢屋の中で倒れながら泣くのは……ゲーム画面で何度も見た奴隷の少女ミラ。


 見たとこ体に傷のようなものはないが、泣いてるということは何かをされたのだろう。


 泣きやまない彼女に声をかける。


「……こんにちは」


「——っ!?」


 すぐにミラが顔を上げる。


 すると、そこで気付いた。彼女の顔に痣のようなものがあることを。


 わずかに腫れ上がった頬は、誰かに殴られたものだとわかる。


 ふつふつと新たな怒りが胸に宿った。その気持ちを抑えながら、なおも彼女に話しかける。


「君が奴隷の子だね。名前はミラ」


「ど、どうして……私の、名前を……」


「君を助けにきた。この地獄から解放するために」


 そういって力に任せて檻を切り裂く。


 いまの俺のステータスと武器なら、この程度は容易い。


 からんからん、と床に落ちて転がる檻の残骸を見て、ミラは体を引きずってさらに奥へと逃げた。


 まあ、普通に考えてこんな怪しい外見のやつは信じられない。


 素性を隠すために全身を黒い服装で覆っているからね。おまけに仮面とくれば、信用するのは不可能だろう。


 特に彼女は、つい先ほど暴力を受けたばかりだ。その心が休まるまでは誰も信用できない。


 けど、それでも俺は助けないといけない。彼女に少しでも幸せになってもらうために。


「安心してほしい。君に危害は加えない。ここから出してあげる。あとの判断は君に任せるよ。ひとりで生きるか、俺と一緒に来るかはね」


「なん、で……? なんで、私を……」


「なんで? うーん……そうだなぁ」


 前世やゲームの話は持ち出せない。それは俺にとっての禁忌だ。話したところで信じられないだろうし、話すだけ時間の無駄。


 いろいろ考えた結果、俺はちょっとロマンチックな言葉を告げる。


「前世から君が好きだった……って言ったら、信じる?」


「……は?」


 ——そりゃあそうだよね!


 そういう反応になるよね!


 ちょっと調子に乗って格好つけたらこれだ。完全に危ない思考回路の人だと思われた。


 その証拠に、彼女の瞳に宿る警戒心が増したように見える。


 思いの丈をぶつけるのって大変だ……。


 仕方ない。少しでも彼女に信用されるために、ここは素顔を晒しておこう。


 もともと、彼女にはバレても問題ないしね。


「ごめん、冗談。ただの人助けだと思ってくれ。鬼畜貴族に捕まった君を哀れんだ……俺のね」


 そう言って付けていた仮面を外す。素顔を晒し、彼女に笑いかけた。


「ほら、顔も見せる。君に正体がバレてもいいっていう俺からのアピールだよ。ちょっとは信用してくれたかな?」


「ぜんぜん」


 だよねぇ!


 だってまだなにもしてないし、怪しいことには変わりないよね!


「……でも、ここにいるよりマシ。あなたを……信じる」


「ミラ……」


 どうやら俺は、彼女にとってこの家の貴族よりはマシに映ったらしい。


 英断だよ。この家のやつらはみんな鬼畜さ。不審者のほうがよっぽどマシに思える。


 牢屋から出てきたミラ。彼女を連れて、今度は来た道を戻る。


「……ねぇ」


「ん? どうしたの」


 通路を歩いていると、後ろからミラが話しかけてきた。


「あなたは何者なの? 鉄の檻を切り裂くほどの力があるのに、どうして私なんかを……」


「あはは。さっきも言っただろ。君を助けたいって。前世からそれだけを想い続けたんだ」


「ぜんぜん答えになってない……私たち、初対面なのに」


「この世には、君の知らない不思議なことがたくさん溢れているんだ。それもおいおい知っていこう。一つだけ頼みたいこともあるし」


「頼みたいこと?」


 階段が見えてきた。そろそろ話は中断して彼女とこの場から立ち去らないと。


「うん。判断を下すのは君だ。どんな答えでも僕は構わないよ。……っと、そろそろ静かにしようか。これから急いでここから抜け出さないと——」


 言葉の途中、すっかり警戒が疎かになっていた。


 たとえソレに気付いていたとしても意味はないが、階段から頭を出した途端に俺は口を閉ざす。


 視線が、真っ直ぐに入り口のほうへと向かった。


 そこには、三人の男性が立っていた。

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