第39話 兄様ゆるしません

「今日はありがとう、ネファリアスくん。たくさん話せて楽しかったよ」


 教会の前に三人で出る。


 夕日をバックに、勇者イルゼがそう言った。


 俺は苦笑しながらも優等生らしい返事を返す。


「こちらこそありがとう、イルゼ。おかげで退屈せずに済んだ」


「えへへ。どういたしまして。マリーちゃんもまたね! 僕はこっちから帰るから、気をつけて戻るんだよ~!」


 手を振りながら勇者イルゼが駆け出した。


 そんなに慌てて走ると転ぶぞ、と言う暇もなく彼の姿が人混みの中に消える。


 それを見送って、ほぼ同時に俺とマリーが肩を落とした。


「け、結局……ほとんど勇者様と会話して時間が潰れてしまいましたね、お兄様」


「そう、だな……。アイツ、他の所にも案内してくれるんじゃなかったのか? すごい喋ってたぞ、一人で」


 そうなのだ。


 あの後、聖女アリシアがいなくなってから勇者イルゼのトークスキルが輝いた。


 根堀り葉掘りこちらの状況や王都の近況などをペラペラと喋り、俺とマリーは相槌を打つだけ。


 そんな時間が一時間、二時間を過ぎると外はどんどん薄暗くなっていった。


 気付いた頃には数時間が経過し、青色だったはずの空はオレンジ色に染まっている。


 話自体は面白かった。王都で起きてる事件とかアリシアの話とか、それに他のヒロインの話も聞けた。


 けど、あまりにも時間が取られすぎてマリーとのデートが完全に潰れてしまった。


 それが本人もショックだったのだろう。俺の隣で残念そうに空を仰いでいる。


「どうする? さすがに今からデートの……観光の続きをするのは無理だよ。メイド候補の奴隷を買いに行かないといけないし」


「そうですね……。残念ではありますが、まだ滞在期間はありますし、今日は勇者様と話せてよかった、くらいに考えておきますね」


「マリーは前向きだね」


 俺はそんな簡単に切り替えられないよ。


 それに、残りの日数で王都にあるダンジョンにも潜らないといけない。


 必然的に、マリーと外に出られる回数は恐らくあと一回。


 スケジュールはパンパンになったが、彼女と同じく、今日は情報収集をしたということで納得しておく。


「何事も前向きに捉えないと損します。時間はたっぷりあるのですから、余裕を持たないと、余裕を」


「あはは。すっかり立派になって兄様は寂しいよ」


「ご心配なく。マリーはいつだってお兄様のかわいい妹ですよ?」


 そう言うと彼女は、俺の手を取って握る。


 温かい体温が伝わってきた。


「本当に?」


「はい。それより、そんな可愛い妹である私は気になることがありました」


「気になること?」


 なんだ? 急に。


「今日のお兄様は様子がおかしかったです。時折、どこか陰のあるお顔をされていました。特に、聖女様と顔を合わせた時に。もしかして……聖女様に恋を!?」


「こ、恋……?」


 俺が、アリシアに?


「ないないないない! ありえない!」


 あの女は勇者陣営のキャラクター……聖女だぞ!?


 たしかにいまのネファリアスは、ただの底辺男爵子息だけどそれでも聖女なんて絶対に嫌だ!


 いつフラグを回収して俺が襲われるかもわからないのに!


 ……いや、それは気にしすぎだとは思う。将来的には彼女たちに協力したいと思ってるし、仲良くする分にはいいよ?


 でも恋愛はNG! どうしても敵キャラっていう印象が強すぎて……。


「本当ですか? お兄様は本当にあの聖女様に恋をしていないと? あれだけ美しければ、ギリギリお兄様のお相手に認めないこともないのですが……」


 なぜに上から目線?


 まあ、俺もマリーの相手が勇者だったら同じことを言うかもしれない……いやダメだ。勇者はあかん。兄様ゆるしません。


「心配しないでいいよ、マリー。俺はいまのところ恋愛になんて興味はないし、マリーを幸せにするまでは目を背けている暇はないから」


「私の幸せ、ですか?」


「うん。マリーが幸せになってくれないと、兄様は世界だって壊しちゃうかもしれない。それだけ心配なんだ、マリーのことが」


 シスコン? 勝手に言ってろ! 妹を愛してなにが悪い!


 堂々と胸を張って自分はシスコンだと言えるね。


「お兄様……それなら心配いりません。マリーはお兄様さえいてくれれば、他に何も望みませんもの」


 嬉しそうに微笑むと、彼女との距離が縮まる。


 マリーに抱きしめられ、より一層強く体温を感じる。


 彼女の頭を撫でて、そろそろ本題に戻ろう。


「マリーは謙虚だね……しょうがないから、俺がマリーを無理やり幸せにしてみせるよ。まずは、マリーの話し相手にもなりそうな奴隷の少女を買いに行かないとね」


「——あ、そうでしたね。すみません、話を脱線させて」


「構わないよ。マリーの話がなによりも優先されるから」


「ふふ。大好きです、お兄様」


「俺もだよ」


 最後までイチャイチャを続けて、俺とマリーは歩き出す。


 奴隷商は南の区画にあるので、ここからだと少しだけ遠かった。


———————————————————————

あとがき。


物語が……動く!


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