第38話 運命の導き
「お待たせしました勇者様。それに……そのご友人方」
勇者イルゼに通された個室に、彼の待ち人である聖女アリシアが姿を見せる。
扉を潜った彼女の外見は、ゲーム画面で見たイラスト通りのものだった。
やや幻想的にすら映る銀髪に、鋭さの含まれた赤目。
その瞳が柔らかさを帯びるのは、基本的に子供たちの前だけ。
かつてゲームをプレイしている勇者の前でも、彼女はなかなか笑わなかった。
感情表現が下手っていうよりも、それだけ子供が好きだという証拠だろう。
そんな彼女が、前世では救えなかった聖女アリシアが、俺の目の前にいる。
手の届く範囲にまで近付いて、勇者イルゼの隣でぺこりと頭を下げた。
遅れて俺とマリーは席から立った。
相手は聖女様だ。立場でいうと、最高位貴族くらい偉い。最底辺の男爵子息とその令嬢が礼を欠くわけにはいかず、二人揃って深々と頭を下げる。
「こんにちは、聖女様。ご尊顔を拝謁できて恐縮です。私の名は、ネファリアス・テラ・アリウム。アリウム男爵家のものでございます」
「こんにちは、聖女様。マリーゴールド・テラ・アリウムと申します」
「こんにちは。マリーゴールドさんはネファリアスさんの妹かしら? お兄さんの話は聞いていますよ。先日のパーティーで気になる人がいた、とイルゼ様から」
「ちょ、ちょっとアリシア!? いきなり変なことバラさないでもらえるかな!?」
ガタッ、と勢いよく席を立つ勇者イルゼ。彼の表情が困惑しているのがわかった。
しかし、聖女アリシアは特に気にした様子もなく席に座る。それを見て、ぶすっと頬を膨らませながらもイルゼは席に座り直す。
俺とマリーも席に座った。
「……それより、わざわざ
「それよりって……まあいいか。アリシアを呼んだのはネファリアスくんたちを紹介するためだよ。君も関係者になるかもしれないし、目を通しておく必要があると思うんだ」
「関係者……?」
よくわからない単語が彼の口から飛び出した。けれど俺の疑問に勇者イルゼは答えてくれない。
ジッと隣に座るアリシアを不敵な笑みで見つめる。
その視線を受け取った彼女は、
「それだけの素質があると?」
と短く答えた。
イルゼが頷く。
「まあね。実際に見たわけじゃないけど、彼の雰囲気に僕は引っかかるものがある。きっと僕らは繋がる運命にあったんだ」
「乙女でもあるまいし、あなた様の言葉にはなにも根拠がないじゃないですか……」
「いいんだよ根拠なんて。僕が女神様によって導かれたように、僕たちもまた運命によって導かれる。それこそが世界の意思ってやつじゃないの?」
「どの口が信仰心を……。やれやれ。まあわかりました。彼らのことを知ればいいのですね? これが無駄にならないことを祈ります」
「辛辣だなあ。ネファリアスくんもマリーちゃんもいい子だよ。僕が保証する」
「いえ。悪人は嫌いですが、ただ善人であればいいというわけでは……」
「いいから! さっさと仲良くしてよ! うるさいなあ、アリシアは」
「あなた様が適当なだけですよ……まったく」
肩を竦めて聖女アリシアが視線を伏せる。
その後、ゆっくりと俺たちのほうへ向けられた。
強い意志を感じさせる瞳だ。この瞳が、心が、やがて砕かれると思うと俺はすぐにでも彼女を止めたかった。
優しさと信仰心だけでは何も救えない、と。
「では、勇者イルゼ様が、
「ど、どうぞ……」
なんだろう、とやや緊張感が増す。
しかし、聖女アリシアからの質問は大した内容ではなかった。
まるで世間話をするかのようにごくごくありふれた問いを投げる。
それが二十分ほど続くと、唐突に終わりがやってきた。
「……なるほど。勇者様の勘もあながち馬鹿にできませんね」
全ての質問をし終えたと思われる聖女アリシアは、ほう、と息をついて最後にそう感想を漏らした。
「ふふふ! だろう? ネファリアスくんからは不思議なオーラを感じるんだ。きっとアリシアなら解ってくれると思ってたよ」
「ええ。なんでしょう……妙な気迫と安心感を抱きます。あなた様が懐くわけだ」
「変なこと言わないでよ!? 別に、な、懐いてないし!」
顔を赤くして抗議の声を上げる勇者イルゼ。
やめてくれ……いくらお前の顔が中性的でも、男に照れられても嬉しくない。
おまけに味方でもないと余計に怖い。
「なぜ照れる必要が? 同性同士、仲が良くて困ることもないでしょうに」
「ぐむっ……! うるさい、アリシア」
「理不尽な……」
「もう確認は済んだだろ! あとは僕に任せて君は子供たちの世話でもするといいよ! ほら!」
そう言って半ば無理やり聖女アリシアを部屋から追い出そうとするイルゼ。
彼女は困惑しながらも、最後にぺこりと挨拶をしてから出ていった。
まるで嵐が過ぎたかのように静寂が生まれる。
一体なんだったんだ? いまの時間は。
なにも知らない俺とマリーだけが、ひたすら困惑した。
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