第37話 逆さまの信仰心

 勇者イルゼのあとに続いて教会に足を踏み入れる。


 教会の内部は、前世でも見たことのある平凡な造りだった。


 外見と同様にあまり俺の記憶に変化はない。ゲームではほとんど描写もされない場所だったし、まあそんなものかと思っておく。


「おや……? あなた様は、勇者イルゼ様ではございませんか。ようこそ教会へ。もしやアリシア様にご用が?」


 イルゼが教会に入ってすぐ、祈りを捧げていたシスターのひとりが彼に気付く。


 さすがに勇者ともなると顔が広い……のかはわからないな。ここ教会だし、イルゼが勇者の認定を受けた際にただ顔を合わせているだけの可能性もある。


「ああ。今日は知り合いを彼女に紹介したくてね。きっとアリシアも興味があるはずだよ。彼女、いま時間あるかな?」


「勇者様の頼みなら、どのような予定が入っていようと優先します。私がアリシア様を呼んできますので、それまで奥の個室をご利用ください」


 ほんの一瞬だけこちらに視線を向けるシスター。


 その視線の中に、「この方々は勇者様の友人かしら?」という感情が含まれているのを察知する。


 だが残念。俺もマリーも別に勇者の友人ではない。どちらかと言うとパーティーで会ったばかりの知り合い程度だ。


 もっと細かく言うと、俺と勇者イルゼは敵同士。これから会う聖女アリシアもまた、本来は敵同士なのだ……。


 断りにくくてここまで足を運んだが、本当によくよく考えると数奇な運命である。


 ゲーム本編では殺し合いを演じるはずの三人が、また別の形でテーブルを囲むことになるのだから。


「ありがとうシスター。じゃあ奥の部屋を使わせてもらうね」


 そう言うと再び勇者イルゼは歩き出す。俺もマリーもシスターにぺこりと頭を下げてその横を通り抜けた。


 教会の講堂を出ると、中庭に通じる吹き抜けの廊下が見える。そこを三人で歩き、突き当たりを左に曲がる。


 すると複数の部屋の扉があらわれた。勇者イルゼは迷うことなく一番奥の部屋に入る。


「どうぞ二人とも。ここはほとんど利用者もいないからくつろいでくれて構わないよ」


「お邪魔します」


「お、お邪魔します……」


 勇者イルゼに続いて俺、妹のマリーが個室に入る。


 部屋の内装は実に簡素だ。


 テーブルと椅子以外はほとんど何もない。異世界の教会なんてもっとキンピカの装飾で埋まっているかと思ったが、想像以上に真面目に運営しているらしい。


 手招きされて椅子に腰を下ろす。


「さてと。アリシアが来るまでのあいだ、退屈かもしれないけど僕が話し相手になるよ。なにか聞きたいことでもあるかい?」


「いきなり言われても思いつかないな……。そもそも聖女様を勇者であっても呼びつけていいのか? 用事なんてないのに」


「あはは。平気だよ。それくらいで怒るほど彼女は浅慮じゃない。それに、勇者も聖女も意外と暇なもんだよ。やることと言ったら、勇者である僕は貴族への顔合わせがほとんど。残りの時間は退屈すぎて、つい訓練に精を出すんだ」


 ケタケタと冗談っぽく勇者イルゼは言う。


 たしかにそれが本当なら暇で暇でしょうがない、構ってほしいというのも頷ける。


 その相手が俺なのは胃痛がするくらい困るが。


「アリシアも同じだよ。ほとんどどこかしらで祈ってる。今日は講堂じゃないあたり庭園で子供の相手かな? この教会、孤児院も運営してるから」


 ——知ってるよ。


 それはゲームどおりだ。


 聖女アリシアは大の子供好き。世界中にいる子供の幸せを願い、勇者とともに救済の旅へ出かける。


 その道のりがいかに困難であろうと、彼女は諦めない。ただ、幼い子供たちを救うために。


 だが、彼女の信仰心は折れる。その子供たちを、自分を信じて笑っていた子供たちを、目の前で凶悪なモンスターたちに食べられて。


 ——痛い。痛い。痛い。痛い! 苦しい! 助けて!


 そう叫ぶ子供たちに手を伸ばすことすらできず、彼女は恐怖に屈する。


 何よりも救いたかった子供たちを救えず、絶望に沈む表情を見て、アリシアの心はその痛みに耐えられなかった。


 夢に見て、自分を責め、いつしか戦う気力すら失う。


 目的を失った彼女は、パーティーから抜けて王都に戻るが、信仰心すら失って最後にはする。


 それこそが聖女アリシアのシナリオ。


 なんて救われない。なんて残酷なんだ。


 許せない。許せない。まだこの異世界では顔も合わせたことのない彼女を想うと、胸が張り裂けそうになる。


 彼女もまた、俺が救いたいと願うヒロインのひとりなのだ。


「アリシアは根っからの子供好きでね。祈りの時間以外は、いっつも子供たちの世話をしているんだ。そのおかげで子供たちからも大人気。アリシア様って笑いかけられると、彼女はすごく嬉しそうに——」


 勇者イルゼが喋っている途中、部屋の扉が控えめな音でノックされた。


 全員の視線がそちらに向いて、遅れて扉が開かれる。


 入ってきたのは、修道服に身を包んだ銀髪の女性。


 勇者イルゼが待っていた、俺も前世で何度も見たことのある——聖女アリシアだった。




「お待たせしました勇者様。それに……そのご友人方」

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