第36話 道案内

 なぜか俺とマリーのデートに混ざろうとする勇者イルゼ。


 純粋な厚意が向けられるが、別に勇者イルゼに案内してもらう必要はない。


 しかし、これ以上彼を拒否し続けるのも外聞が悪いのはたしかだ。


 マリーは嬉しくなさそうだが、主人公と仲良くなることで生まれるデメリットは今のところない。


 ある意味、イルゼと友人になれれば、いざって時に役立つかもしれない。


 打算的な思惑があって悪いとは思うが、一瞬だけ間を置いて俺は答える。


「……そうだな。王都に住んでるおまえなら詳しそうだ。手間をかけるが、案内を頼めるか?」


「——! いいの!? 本当に?」


「なんでイルゼが驚いてるんだよ……案内するって言ったのはそっちだろ」


「だって急にネファリアスくんが素直になったから……。えへへ。でも嬉しいよ。それじゃあ早速、王都と言えば教会、だよね!」


「——は?」


 こちらの返事など待たずに勇者イルゼは歩き出す。スルーするわけにもいかず、俺とマリーはその背中を追った。


 隣に並んで尋ねる。


「なんで王都と言えば教会なんだよ」


「それはねぇ、王都にある教会がこの国で一番の名所だからだよ。建物もすごく大きいんだぁ」


「そりゃあ王都にあるんだからデカいし有名だろ」


 王都って言えば王族が住んでる場所だからな。言わば前世でいう日本の東京都。


 国を代表する首都が他の町に負けてたら笑えない。


「ふふん。それだけじゃないよ。この王都の教会にはね、特別な役職を持った人もいるんだ」


「特別な役職……?」


「そ。これから行く教会にいるから、あとで紹介するよ。僕もお世話になった人だから安心してね」


 ぜんぜん安心できない。


 ゲームの宿敵がべた褒めするヤツってことは、確実に勇者関係の人間じゃねぇか。


 それでいて教会の関係者ともなると、俺の中で該当する人物はたった一人だ。


 確実に彼女と顔を合わせることになる。


「やっぱり帰っていいか? 急用を思い出したってことで」


「なんでそんな酷いこと言うの!?」


「いや、だってなぁ……」


 絶対にあいつじゃん。ネファリアスにとっての宿敵その2じゃねぇか!


 なにが嬉しくてそんな相手のもとに行かなきゃいけない。勇者とあの女に囲まれて、居心地が悪いなんてレベルじゃねぇぞ!?


 しかし、そんな俺の不満は、勇者イルゼに腕を掴まれて封殺される。


「一回許可を出したのに今さら逃げるなんて男らしくないぞ~! さあさあ、いざ教会へ! なあに、すごく楽しいところだよ!」


「お、お兄様……!」


 半ば無理やり引きずられるようにして連行される。


 クッ! さすが勇者。なんて馬鹿力だ。俺が腕を引いてもぜんぜん敵いそうにない。


 覚醒したばかりですでにこれだけ強いって……どんだけ優遇されてるんだお前は!


 まあ、当然と言えば当然だが。


 俺以外の【ギフト】持ちには成長の要素はない。それはつまり、最初からすべての能力を使えるのだ。


 勇者の場合は、ゲームだと進行しないかぎり使えないスキルもあったが、少なくとも身体能力は高いまま。


 いまのレベルでは圧倒的に勝てないとわかるほどの差を感じた。


 後ろでマリーが心配そうに俺を追いかけるが、もはや俺の目は死んでいた。


 敵の巣窟の中に引きずられていく。




 ▼




 しばらく勇者イルゼに引きずられたまま、やがて教会に到着する。


「はい到着! ここが王都最大の教会だよ! 見てみて! すごく大きいでしょ!」


 ハイテンションなイルゼの拘束から解放されると、たしかに荘厳が建物が俺たちの前にはあった。


 装飾は派手過ぎず、かといってみすぼらしくもない。


 まさにザ・教会って感じの建物だった。そりゃあ教会なんだから当たり前だが、勇者がベタ褒めするほどのなにかは感じない。


 マリーも同じ意見だったのか、なにを言うべきか迷っている。


 仕方ないので俺が先に感想を口にした。


「大きいな。それに綺麗だ」


「でしょ? 教会だからね。清掃は大切な仕事のひとつだよ。たまに僕も手伝いに行くんだ。神様に選ばれた勇者としてね」


「敬虔なんだな」


「まあね。女神様のおかげで、僕はもう下を向かずに済むから。飢えに苦しまず、死への絶望もない。本当に、神様には感謝してるよ」


「イルゼ……」


 お前は、そうか。そうだよな。


 救われた側の人間だ。イルゼにだって人生があり、過去があり、これからの未来がある。


 ネファリアスの気持ちや過去の、ゲームの頃の常識に縛られていた俺は浅はかだ。


 イルゼだって望んで仲間を失ったわけじゃない。いつだって彼は泣いていた。


 失った悲しみを胸に、それでも前を向いた。




 ——強い。強いよ、お前は。


 失う痛みを知ってるから強い。すべてを持っていなかったがゆえに強い。


 俺とは違う。ネファリアスとも違う。


 ……正直、完全に好きになってしまう。我ながら単純なヤツだ、俺は。


 でも、最初から思ってはいた。俺だって、悪役だって、勇者に手を伸ばしたいと。誰だって憧れるのがヒーローなんだから。




「ごめん。なんかしんみりとしちゃって。さあ、行こうか。中でが待ってるよ」


 そう言って彼は先頭を歩く。


 やはり、イルゼが紹介したいと言ったのは彼女だったか。




 ——聖女アリシア。

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