第34話 げっ、勇者
マリーとともに外へ出る。
王都に来て二度目となるデートだ。前回は、彼女と一緒に買い物に出かけた。
主に、露店などを巡って食べ物やアクセサリーなどを見て回ったが、今日も同じことをする——わけではない。
たしかに俺たちアリウム男爵家は、貴族の中でも底辺に位置する。金が、財産が多少あるくらいで、あまり平民と変わらないのかもしれない。
だからこそ平民たちに混ざって露店を巡っても楽しめるわけだが、それでも今日は、マリーの望みを聞くことにした。
マリーの望みとは、主に王都の観光。
前は商業地区を中心に歩き回ったが、今回は買い物ではなく見るのがメインだ。
それゆえに、真っ先に俺とマリーが訪れたのは、貴族が多く住む貴族街の一角。
一応、アリウム男爵家は貴族だ。功績を立てた立派な貴族だ。
服装もしっかりとしたものを選んで着てきた。それでも、はるか格上と思われる貴族たちのエリアに足を踏み入れると、途端に緊張してくる。
隣を歩くマリーは大物なのか、周りにそびえ建つ建物を眺めながら瞳を輝かせていた。
この子のほうが、俺よりはるかに当主に向いている。
よくある、『貴族の当主は長男が継ぐもの』という決まりさえなければ、俺はあっさりとその地位を捨て去っただろう。
……否。最初から手放す予定の地位に未練などない。恐らく俺が家からいなくなれば、次男のいないアリウム男爵家の跡取りは、自動的にマリーの婚約者になる。
そうなると、相手は貴族以外選べない。マリーの選択肢を狭めるようで気持ちはよくないが、こればっかりは許してほしい。どうしても、俺にはやらなきゃいけないことがあるんだ。
彼女の隣を歩きながら、そんな風にネガティブな思考が巡る。気付かれないようそっと意識を切り替えると、そのタイミングでマリーが話しかけてきた。
「見てくださいお兄様! あそこの建物は色が綺麗です! 向こうの屋敷はウチよりはるかに大きくて立派ですね……!」
年頃の女の子らしい姿に、ホッと俺は口角を上げる。
「そうだね。王都はずいぶんと発展してる。アリウム男爵領は平均的かと思ってたけど、これを見るに相当遅れてると言わざるを得ない」
「ですよね。でも、お兄様が当主になったら、もっともっと領の景気を盛り上げてくれると信じていますよ。お兄様は天才ですから」
「あはは。どうだろうね。戦うことくらいしか俺にはできそうにないよ? 頭脳労働は苦手だ」
「でしたら、私が負担します。お兄様の手足となって頭を使いましょう。ええ。それくらいしか、逆に私は役に立てませんから」
「それじゃあ一生マリーを手放せなくなる」
「最高じゃないですか」
この子はなにを言ってるんだか……。
思わずふふっと笑ってしまう。両親が聞いたら、また「頭痛が痛い」みたいな顔するんだろうなぁ。
でも俺は嬉しい。たしかにマリーがいてくれれば領地の経営も楽になる。
俺が外敵を排除し、マリーが領地経営。お互いに長所を活かしたプランを立てれば、きっと彼女が言うとおりアリウム男爵領は栄える。
マリーは秀才だからね。
——でも、ごめん。
表面上では笑っているが、内心では申し訳なく思ってる。
俺だってマリーと過ごしたい。マリーとずっと一緒にいたい。すべてを投げ捨てて幸せになりたい。現実から目を逸らして楽になりたい。
しかし。しかしダメだ。逸らせない。それを知っているのに、悲劇が起こるとわかっているのに見逃せない。
これから訪れる最悪を想定すると、俺は胸が張り裂けそうになる。
だから、マリーとの約束は果たせない。ゆえに誓わない。
「——あ! お兄様、お兄様!」
「うん? どうしたの」
「あそこに小さな庭園がありますよ! なんであんな所に……」
「ほんとだ……あれかな? 気軽に話し合えるようにとかそんな感じ?」
「わざわざそのためだけに庭園を? お金の無駄では……」
「いやいや、そんなこともないさ。経済っていうのは回してこそだよ。お金を貯めすぎたところで、外に出していかなきゃ回りも自分も虚しくなる。けど、すごい使い方ではあるね」
思わずマリーと一緒に苦笑した。
王都は楽しいところだ。アリウム男爵領にはないものが溢れている。
「はい。でも、お兄様のお言葉はよくわかります。きっとあれも正しいひとつの形なんですね」
「うん。たぶんね。それより、次はどこにいく? そろそろこの辺りも回り終えるだろうし……——って、あれ?」
ふいに、俺の視線が一箇所に定まった。遅れてマリーもそちらへ視線を向ける。
すると、奥の道から歩いてくる金髪の男性が見えて……。
向こうもこちらに気付き、ぱあっと明るい笑みを浮かべて手を振った。
逆に俺は、「げっ」という非常に失礼な表情を見せる。
「おーい! 奇遇だね、ネファリアスくん!」
勇者イルゼが走ってきた。
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