第32話 ダメだこの兄妹
パーティー会場に戻ると、すぐにマリーに見つかった。
やや怒り顔の彼女に腕を掴まれる。
むにっと豊かに育った二つの山に、自らの腕が埋まった。
「ま、マリー? どうしたの?」
「聞いてください、お兄様! お兄様がどこかへ消えた途端、ずっとずっとずっとずっと、ずっっっっと!! 貴族子息の方が言い寄ってきて……。お母様も助けてくれないし、ものすごく嫌な気分になりました!」
「そ、それは……僕も同じだよ。マリーがいなかったせいで、何人もの貴族令嬢に囲まれてね。辛い思いをした」
「お兄様がですか? もしかして、それで何処かに?」
「ああ。ちょっと外の空気を吸いに、庭園にね」
「庭園……いいですね! マリーも庭園に行きたいです」
「えぇ!?」
そ、それはまずい!
庭園にはまだイルゼがいる。あんな格好つけて退場した手前、妹を連れて戻ったら恥ずかし過ぎる! 自分でもなんであんなセンチメンタルな気分になったのわからない。
勇者イルゼを前にすると、不思議と胸中がざわつくのだ。
もしかすると俺の中に眠るネファリアスの意識が、無意識に
「だ、ダメだよ! 今はダメ! 庭園には気難しい人がいたから!」
「そうなんですか? 誰です?」
「あー……その、なんていうか……勇者イルゼ様がいるから」
「むっ……たしかにちょっと気まずいですねそれは」
残念そうにマリーが呟く。
よかった。どうやらマリーは、勇者イルゼがそこまで好きじゃないらしい。
不満そうな瞳の中には、「なにを話していいのかわかりません……」という感情が見てとれた。
そこへ果敢に攻める。
「だから兄様も帰ってきたんだ。ひとまずお父様たちと合流しよう。そろそろ帰るかもしれないし」
「……そうですね。私も王城にいるより、部屋の中でお兄様とゆっくりお話していたいです」
「俺もだよ。ちゃんとパーティーには出席したし、きっとお母様たちも許してくれるさ」
「はい! では一緒に行きましょう。少しでも離れると、またあの方々が飛んでくるかもしれないので……」
「マリーは可愛いからね。それもまた、しょうがない」
許せるかどうかはまた別の話だけどね?
マリーと腕を組んで両親のもとへ戻る。
▼
パーティー会場から出る。
あのあと、両親に、「疲れたから帰りたい」と言ったところ、用事もすべて終わったらしいので許可が下りた。
帰りの馬車の中、両親が揃って俺やマリーに尋ねる。
「だれか良い人は見つかったかい?」
と。
だが、俺もマリーも揃って首を横に振った。
「そんな人はいませんでしたね」
「私もお兄様と同じく。せめて背丈がお兄様と同じで、髪色がお兄様と同じで、眼の色がお兄様と同じで、声がお兄様と同じで、顔がお兄様と同じで、名前がお兄様と同じ人じゃないとちょっと……」
「それはもうただのお兄様なんだよマリー……。前半はともかく後半は特にね」
苦笑する父。隣では母が盛大なため息をついていた。気持ちはわかるが、マリーの可愛い言葉に俺までニヤけてしまう。
すると、母が今度は俺に尋ねる。
「もう……マリーがこんな風になったのは、あなたの責任よ、ネファリアス。先に婚約しないと、いつまで経ってもマリーがあなたを好きでいるじゃない」
「両想いですね」
「きゃっ」
嬉しそうにマリーが俺の肩に頭を乗せてくる。逆に母は、頭痛が痛いみたいな顔になっていた。
「やっぱりアリウム男爵家は私の代で終わりかな? さすがに兄妹で子供を作るのは問題があるしね……」
「法律上の問題はないかと。結婚してはいけないだけで」
「倫理的に問題があるんだよ、ネファリアス。あと体外的な意味でもね」
「では私とお兄様が、アリウムの姓を捨てれば……?」
ボソッと、マリーがとんでもないことを口走る。
温厚な父が、ぎょっと目玉を飛び出させかけた。
「——ま、ままま、マリー!? 嘘だろう? ただの冗談だろう!? 天使のようなマリーが家からいなくなったら、私はどうやって生きていけばいいんだい!?」
「お母様と、新しい子供でも作ったらどうですか?」
「辛辣!」
「でもそれはありかもしれないわね……」
マリーの冗談に、真剣な顔で母が頷いた。再び視線を向けられる。
「二人はご覧のありさまだし、本気でアリウム男爵家を継ぐ子を産めばまだ……」
「ほらぁ、冗談はほどほどにね、マリー。お母さんが本気になるから」
「申し訳ありません。お兄様が好き過ぎてつい」
「ぜんぜん反省しているように見えないのは、私の気のせいかな? ……まあいいや。それはそうと、ネファリアス」
「? はい」
急に話を振られた。なんだろう。
「例の奴隷の少女を購入してメイドにするって話、いつ頃になるんだい? もうあと数日もしたら領地に戻るから、考えが変わらないならそれまでに連れておいで」
「ああ。そうでしたね。わかりました。ありがとうございます」
あと数日もあれば十分だ。早速、明日にでもミラを買いに行こう。
アリウム男爵領にさえ連れていけば、しばらくは平和に暮らせるはずだしね。
窓の外に広がる景色を眺めながら、いまはいない彼女に思いを馳せる——。
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