第31話 その道は重ならない
俺の前に勇者イルゼが現れた。
相変わらずの笑みが嘘臭い。
だが、相手は仮にも女神が認定した勇者。その地位は国王よりも上とされる。
体外的に、国王が指示を出す立場ではあるが、一介の貴族——それも最底辺の男爵子息では、とても無視できるような相手ではなかった。
席を立ち、恭しく頭を下げる。
「これは勇者イルゼ様。どうしてこんな所に? まだパーティーは続いているはずですが……」
「そんなに畏まらなくてもいいよ。王様や貴族たちの前でもないしね。たぶん、ここに来た理由はキミと同じさ。堅苦しい空気がどうも苦手で」
あはは、と笑いながらなぜか目の前の席に座る勇者。
内心で、「さっさと帰れよ! お前は俺の友達か!?」と突っ込みを入れる。
コイツはネファリアスにとって最大の宿敵と言える。関わるだけでも死亡フラグが立ちそうなのだ。あまり喋りたくないし、顔を合わせたくない。
けどもちろん、そんなこと本人に言ったら実家が取り潰される。
ひくひくと痙攣する頬をどうにか押さえながら、必死に笑みを浮かべて返事を返した。
「な、なるほど……騒がしいのは苦手ですか」
「そうでもないさ。楽しい空気は好きだよ」
——ならさっさと帰れ!!
「でも、さすがにあの数の貴族に囲まれると肩身がね。勇者に命じられただけで、僕はもともと平民なんだから」
「気苦労、お察しします」
「ありがとう。いつまでも立ってないで座ってくれ。先客はそちらだろう? それと、よかったら名前を教えてくれないかな?」
——嫌です。
とは言えない。
お言葉に甘えて腰を下ろすと、ものすごく遺憾ながらも自己紹介をする。
「アリウム男爵が子息、ネファリアス・テラ・アリウムと申します」
「ネファリアスくんね。覚えたよ。知ってると思うけど、僕はイルゼ。勇者なんて大役を担ってしまった哀しい男さ。よかったら仲良くしてね」
そう言ってイルゼは片手を差し出した。
叩きたくなる気持ちをグッと抑えて、握手する。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
「うん、よろしく。なんでだろう。ネファリアスくんとは初めて会った気がしないんだ。不思議と多くの貴族に埋もれてるキミに目がいった。気になる……というと誤解を招くけど、そこに嘘はない」
ジッと水色の瞳が俺を捉える。妙な迫力を覚えて視線を逸らしたくなったが、吸い込まれるように見つめ返してしまった。
「ぐ、偶然ですよ。今日、初めてイルゼ様と会ったのに」
ゲームでは主人公の敵でした、バチバチに殺し合います☆ とは言えないよね。笑える。俺はぜんぜん笑えないけど。
「イルゼでいいよ。公式な場でもないんだ、堅苦しい呼び方はよしてくれ。僕もネファリアスって呼ぶからさ」
「……じゃあ、イルゼで」
敬称を外すと恐ろしく呼びやすくなった。前世ではよくイルゼイルゼって呼んでいたからな。無理もない。
俺の反応に、満足そうに頷いてイルゼは続ける。
「ありがとう! 勇者になってからずっと、周りの人たちが敬ってくれてさぁ。正直、ずっと辛かったんだ。今後、よき友人として接してくれると嬉しいよ、ネファリアス」
「よき友人……ですか」
いまはたしかに、ネファリアスはただの貴族だ。悪役ではない。
だが、俺の心そのものは、悪役に堕ちているといっても過言じゃない。
自分が求める未来のためなら、主人公の邪魔をしてもいいとすら思ってる。
自分だけが、世界を本当の意味で導けると思ってる時点で、やはり俺は悪役なんだ。正義の味方であり、すべてを救おうとする勇者イルゼとは相容れない。
——お前は正しいよ。常に清く、犠牲を望まない。
でも眩しすぎる。俺には直視できない。たとえ犠牲を払ってでもだれかを幸せにしたいと願う俺には……。
屈託なくこちらに笑いかけてくるイルゼを見ると、不思議と決心が鈍る。
羨ましいとさえ感じ、救いを求めたくなる。
それは、主人公ゆえの憧れか。
それは、主人公に対する畏れか。
それは、主人公への強い憎しみか。
なにもわからなかった。どうしようもない。
それでも俺は、最後には脳裏に家族の顔が浮かぶ。
幸せそうに笑うマリーの顔がちらついて、伸ばしかけた手を下ろした。
「どう、でしょうね……。俺は、イルゼと自分がそこまで相性がいいようには思えない」
「……え? ど、どうして?」
「あなたは正しい人間だから。俺みたいな汚い人間とは違う。きっと、これからもそれは変わらない」
ゲームでは、ずっとイルゼは正しくあろうとした。勇者ではなく、純粋な人間らしく苦悩しながら前に進んだ。
ひとりひとりの犠牲に涙を零し、仲間の喪失に苦しんだ。
——俺は違う。
無謬の民を切り捨て、救える命の選択をしてる。
それは勇者じゃない。主人公ではない。だから、俺たちは違う道しか歩めない。
席を立つ。
唖然としているイルゼに向かって、笑みを浮かべながら最後に告げた。
「それでも俺は、どこまでもあなたを信じています。あなたならきっと、この世界を救えると」
最後には勇者が世界を救う。
自分が救うとのたまった挙句、それだけはずっとずっと思っていた。
わかっている。わかっていた。俺は主人公じゃないのだと。
俺が救えるのは、あくまで俺だけなんだ。
視線を逸らし、真っ直ぐにパーティー会場へと戻る。後ろから、イルゼの声は聞こえなかった。
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