第30話 勇者と悪役

 パーティーは終わらない。


 貴族の子息や令嬢たちが楽しそうに話すのを横目に、両親の許可を得て俺は外に出る。


 庭園を目指してぐったりとした顔でよろよろと歩いた。


「ま、まさか……婚約者を探している令嬢があそこまで手強いとは……」


 完全に予想外だった。


 国王陛下の話が終わり、両親と合流した俺とマリー。四人で何人もの親しい貴族と世間話や挨拶を交わす。


 最後には国王陛下と顔を合わせ、またしてもジロジロ見てくる勇者イルゼの視線に耐えながら精神をすっかりすり減らした。


 特に前半の令嬢たちがヤバい。まるで飢えた獣のようにグイグイ迫ってくる。


 マリーに助けを求めようとしたが、母がマリーを連れて子息たちのほうへ挨拶をしに行ってしまった。


 おまけで俺はニコニコ笑う父に見守られ、何人もの令嬢と挨拶やら談笑することになった。


 最悪だ。


 彼女たち自体は可愛らしいしドキッとする場面もある。囲まれて嬉しくないわけがない。


 だが、そんな時間も30分を過ぎて1時間に突入すると、徐々に苦行になってくる。


 あとやたらめったらボディタッチが多い。香水の匂いもひとつならともかく、複数合わさるとすごいことになる。


 総じて俺は、彼女たちとは話が合わないな、と思った。


 まあ、俺のそばに寄ってくる女の子はみんな貴族令嬢。いくら我が屋が底辺の男爵家だとしても、貴族としての勤めを果たすために必死なんだろう。


 それで言うとおかしいのは、むしろ俺やマリーのほうだ。普通、貴族は家の繁栄を願う。政略結婚なんて当たり前の世界だ。


 ぶっちゃけ俺も、そこそこ仲良くなれた相手と結婚できれば十分だと思っているが、そもそも結婚したいとは考えていない。


 いずれ、男爵子息ではなくただのネファリアスにこの身を落とすつもりだ。


 すべてを終わらせて、それでも生きていられたなら……また、そのとき考えよう。


「いまは未来の嫁探しより、考えなきゃいけないことが山のようにあるからね」


 庭園に辿り着く。奥に見えたガゼボの中に入り腰を下ろすと、夜空と静寂、色とりどりの花を見つめながら思考を巡らせる。


 考えるべきこと——それは、ストーリーが本来より早く始まったことで起こる数々の問題だ。


 仮にストーリーがただ早まっただけなら、恐らくこの世界に魔王が生まれた。魔王は強い。数多の魔物や悪魔を従え、やがては人類の生活圏を脅かしにかかる。


 各地に生息する魔物たちも活性化をはじめ、多くの争いと犠牲が生まれるだろう。


 それら全てを解決できるほどの力は俺にはない。どんな完璧超人もただの個では対処の限界がある。ある程度の犠牲を承知の上で、優先的にヒロインたちを助ける。




 まず最初に救うべきは、サブヒロインの少女ミラ。


 彼女は両親に売られた奴隷の子。本来は親が子を売るのは禁止されているが、借金を払うための担保として預けられるケースは問題ないらしい。


 両親はお金を稼ぎ、奴隷になった子もまた主人公に買われお金を親に渡す。


 無論、借金の返済さえ済めば奴隷から解放されるが、彼女の両親は生粋のクズ。借金返済のための金を受け取ってすぐに行方をくらました。法律上、ミラは孤児という扱いになって正式に奴隷になる。


 こうなると奴隷からの解放は事実上不可能になる。なぜなら自分が生きるために金を稼がなくちゃいけないからだ。


 親も奴隷商が仮親となり、しっかりとした生活と環境を整えさせる義務が発生する。


 ゆえに、正式な奴隷になった者はよほどのことがないかぎり奴隷をやめようとはしない。そのほうが楽だからね。




 問題は……ミラが買われた先の貴族だ。


 コイツが作中でも上位に位置するクソ野郎で、両親ともに平民を遊び感覚で虐め殺すような外道である。


 その他、禁止薬物の取引など数多の犯罪行為を犯しているが、巧みに証拠を隠しているらしい。


 彼らの犯罪が明るみになるのは、ゲームだと偶然ミラが脱走に成功し、逃げている最中に主人公と出会ってから。


 ミラから話を聞いた主人公が貴族の館に押し入り調査した結果、彼女の話が事実だと知ってその貴族を倒す。


 その後、その貴族は一族郎党打ち首の刑を言い渡されるが……とある伝手で脱走を図り、中盤くらいでまた戦うことになる。


 それだけ聞くと主人公だけでも解決できる話だ。結果だけ見れば必ずミラは救われる。




 でも違う。違うんだ。


 勇者に救われた時には、もうミラはボロボロにされている。殴られ、切られ、折られ、犯された後なのだ。


 そんなの許せると思うか? 知った上で勇者に任せられるか?


 ——答えは否。


 絶対に許せない。許されない。俺だけが事前に彼女を救えるかもしれないのだ。本当の幸せを、救いを与えられるかもしれない。


 だから俺は救う。必ず彼女も救ってみせる。




 無意識に拳に力が込められた。


 ハッとそこで意識を現実に戻すと、俺の耳が遠くから近付いてくる靴音を捉えた。


 コツコツ、コツコツ。


 迷いなくこちらに誰かが向かってくる。


 徐々に近付く足元のほうへ視線を向けると、パーティー会場のほうからひとりの男性が姿を見せた。


 金色の髪に青い瞳、中性的な顔立ちが特徴の……——勇者イルゼが俺の前に現れる。


 向こうもこちらに気付いたのか、顔を上げてにこりと笑った。手を振り、透き通るような声で言った。




「やあ、こんにちは。こんな所でなにをしてるのかな?」

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