二章
第29話 ゲームスタート
ホールの階段に姿を見せた国王陛下と思われる老齢の男性。
その隣に、非常に見覚えがある、見たくなかった男の姿があった。
思わず口から動揺の声が漏れる。
「アイツは……!」
その中性的な女のような顔。金色の髪。青い瞳。貼り付けられた人当たりのいい笑み……。
すべてが、前世でモニター越しに映し出されていた印象そのまんまだった。
腰にひと振りの剣を携えた、同い歳くらいの少年。
彼は——。
「皆の者。今宵は我がパーティーへよく来た。肩の力を抜いて楽しんでいってくれ!」
思考の途中、国王陛下の声がホール内に響く。
だれもが静かに耳を傾けていた。
「それと、本日はひとりだけ皆に紹介したい者がいる。耳の早い者はすでに知っているだろうが、彼こそが……女神に選ばれた今代の勇者! イルゼ殿だ!」
「勇者イルゼです。皆さん、これから世界は混沌に包まれるでしょう。魔王が生まれ、きっと多くの魔物たちが攻めてくる……。でも、どうか挫けないで! 僕が! 僕たちがいます! 勇者として僕は、必ずこの世界を救うことをここに誓う!!」
勇者イルゼが剣を抜く。
黄金と見間違うほどの美しい片手剣だ。天井にぶら下がるシャンデリアからの光を反射してさらに神々しく輝く。
堂々した態度に、勇者らしい装い。発した声の熱が、その場の貴族たちの心を一斉に掴む。ホール内に希望に満ちた声と拍手が轟いた。
「おぉおおおおおお————!!」
「勇者が生まれたぞ!! 勇者が俺たちを救ってくれる!」
「勇者ばんざ————い!!」
「我々を守ってくれ————!!」
鼓膜が破けそうなほどの声量が響く。不安などそこには微塵もなかった。
恐らく未来を憂いているのは俺だけだろう。俺だけが、この世界の行く末を知っている。
……いや、違うな。俺が知ってる未来はほんの分岐した選択肢のひとつに過ぎない。
ここは現実だ。勇者イルゼがゲームの頃と違ってどんな選択肢を選ぶかわからない。如何様にもその姿を変える。
そして、仮にゲームの頃と同じ選択肢を選んだ場合。それでも世界は救われる。
勇者が魔王を倒し、多くの犠牲のもとに世界は平和になるのだ。
俺という悪役を含めた多くのキャラクター、民が死ぬことによって。
——無論、そんな未来は俺が許さない。たとえ勇者の前に立ち塞がる悪役になろうとも……俺は未来を変えてみせる。自らの理想へと。
笑い、手を振る勇者イルゼを睨みながら、グッと拳を強く握った。
すると、ふいに勇者イルゼと目が合う。
「…………」
勇者イルゼはなぜか呆然と俺のことを見つめていた。
不思議な感覚がお互いのあいだに繋がる。
俺も目が離せなかった。まるで吸い込まれるように10秒ほど見つめ合う。
最後にはどちらからともかく視線を外し、国王の挨拶が終わる。
▼
「お兄様……大丈夫ですか?」
「……え? 大丈夫って?」
国王陛下が姿を消すと、パーティーは再開された。
一層の賑やかさを見せる彼らを眺めていると、横からマリーが心配そうな目でこちらを見上げていた。
首を傾げると彼女は続ける。
「先ほど、国王陛下のお言葉を聞いてからずっと顔色が優れませんよ? なんだか……いつものお兄様でないような気がします」
「ッ……」
鋭いな。
詳細まで見抜くことはできなかったが、マリーは俺が酷く動揺し焦っているのを感じ取った。
それが妹だからできたことなのか、俺に対する好意ゆえかはわからない。
だが、フッと笑みを浮かべて彼女の頭を撫でる。本心を隠して口を開いた。
「心配ありがとう、マリー。けど平気だよ。勇者イルゼ様が現れて、この世界はどうなっていくのか不安になっただけさ。マリーだって、少しくらいは不安があるだろう?」
「私に不安はありません。なぜなら、マリーには頼りになる最高の兄がいますから! お兄様が必ず私やお父様、お母様たちを守ってくれると信じています」
「マリー……。そっか。そうだね。その期待に応えられるよう頑張らないと」
そうだ。その通りだ。俺は必ず家族を救う。
すでに盗賊から襲われるというルートは潰れた。勇者イルゼが現れ、ストーリーが始まったのがその証拠だ。
けれど、そうなると今度はマリーや俺がイレギュラーな要素となる。本来は介入しない俺や彼女がいることでどんな問題が起きるのか……。
その問題が、俺や家族を傷つけ修正しようとするのなら……この世界を壊してでも、運命を変えてやる。
そのために俺は強くなる。そのために俺は転生したのだ。そのために俺は、【システム】を利用する。
王都近郊にあるダンジョンを攻略し、さらなる躍進を図らねば。
優しく笑う彼女を見て、改めてそう心に誓う。
———————————————————————
あとがき。
二章スタート!
二章から本格的に物語が動き出します。
サブヒロインの奴隷ミラ。
本編より早く現れた勇者イルゼ。
ダンジョンを攻略し、レベルを上げようとするネファリアス。
勇者と悪役はどんな風に絡んでいくのか……。
いま、二人を中心に物語は動いていく——!
今後ともどうか、本作をよろしくお願いします!
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