第28話 始まりの光景

 翌日の夜。


 嫌だ嫌だと思ってる分だけ時間が過ぎるのが早かった。


 気付けば夜だし、出かける準備をしている。


 これから馬車に乗って王城へ向かう予定だ。




「ネファリアスもマリーも準備万端だね? それじゃあみんなでパーティーに行くよ」


 父の言葉に頷いて馬車に乗る。


 珍しくマリーが緊張していたが、俺も同じ気持ちだった。これから国王陛下に会うなんて、どんな顔をすればいいのか判らない。


 だがまあ、うちは底辺の男爵家。国王が気にするような存在ではない。


 どうせ少し話を聞いて終わりだ。逆に、パーティー会場でマリーをどう守るかのほうが心配になってくる。


 そんな思惑を脳裏に浮かべていると、あっという間に王城に辿り着く。


 馬車から降りて両親を先頭に中に入る。


 すでにパーティーは始まっていた。煌びやかな内装を見ながら、雑談している貴族たちがいる。


 この中に混ざるのか……。繋がりは何よりも貴族にとって大事なもの。


 そう両親から聞いていた俺とマリーはげっそりする。国王陛下の話が出るまでのあいだ、彼らと世間話しなければいけないのだから。


 本当に憂鬱である。


 前世平民の俺が、貴族の子息や令嬢と仲良く談笑できるわけないだろ。


 今すぐ宿に帰りたい気持ちになったが、家名と両親の顔に泥を塗るわけにはいかない。


 せめての抵抗でマリーを連れ添って彼らの中に加わる。


「……おや? 君はたしか……アリウム男爵の」


「ネファリアス・テラ・アリウムです。お久しぶりですね、ハーバー様」


「そうそう、ネファリアスくんだ! すっかり大きくなったねぇ。その隣にいるのは姫君かい?」


「マリーゴールド・テラ・アリウムです。初めまして、ハーバー様」


 まず格上の子爵子息に声をかけられる。他にも何人か男爵貴族の子息はいるが、一番上のものが真っ先に声をかけるのがマナー。


 話しかけられて初めて格下の貴族は喋る権利を得られるのだ。


 ……クソめんどくさい。


「マリーゴールド嬢……か。ふむ。中々どうして……ふふ。よければ僕のことはナイゼルと呼んでくれ。ナイゼル・ユリウス・ハーバーだ」


「……ナイゼル様、と呼ばせていただきます」


 頭を伏せて敬意と礼儀を表す。


 内心で、マリーが引いてるのがわかった。彼女が淡々とした態度で喋るときは機嫌が悪い証拠だ。その差がわかるのは俺と両親のみ。


 名前を呼ばれ、ハーバー子爵子息は嬉しそうに笑みを作った。


「ははは! まさかアリウム男爵にこのような可憐な姫君がいるとは! そう言えば母君も美しい女性だったね。なるほど。遺伝とはかくも恐ろしい。こうして僕の視線を奪ってしまうのだから」


「お褒めいただきありがとうございます。ですが、私ごときまだまだ子供。母に比べればこの美も遠く霞みます」


「そうでもないさ。歳……ごほん。いやなに、若い蕾はそれだけで綺麗に見える。どうかな? 個人的に話したいこともあるし、静かな場所へ移動するのは」


「お戯れを。このあと、陛下からお話がありますので」


「ああ。もちろんその後でだよ。なんでも、王宮に勤める父が面白い話を聞いてね。今日のパーティーは盛大に賑わうだろうから悪い話でもないさ」


「……面白い話?」


 ハーバー子爵子息の誘いより、マリーは今宵のパーティーの目的のほうが気になったらしい。


 同感だ。今すぐ目の前の軟派野郎をぶちころ……じゃなくて、くそころ……でもなくて、止めたい気持ちを抑えている。この激情が爆発する前に話題を変えてほしい。


 ハーバー子爵子息は、マリーが首を傾げたのを見てこっそり教えてくれる。


「別に話したところで問題はないから話すけど……実はね? 今回のパーティーはあの勇者様が関わっているらしいよ?」


「勇者様……?」


 ハーバー子爵子息の言葉に、さらにマリーの疑問が大きくなる。


 だが、反面、俺は驚愕に目を見開いた。


 内心で思わず叫ぶ。




 ——は? 勇者? は? え? ……勇者? はぁあああああ————!?


 ありえない。ありえるはずがない。ありえてはいけない。


 だって。だってだってだってだって!




 勇者が出てくるのは、今から2、3年後の未来。すでに勇者が女神により選ばれているのなら……それは即ち、




 不安と恐怖。未知への困惑を抱える俺。なおもハーバー子爵子息は小声で話を続けるが、それらは俺の耳には入らない。


 代わりに、ざわざわと周囲の声が一層大きくなった。


 辛うじて聴覚が、「国王陛下だ」という声を捉え、全員の視線がホールの奥にある階段へと向いた。


 そこには、国王陛下らしき豪華な衣装に身を包んだ老齢の男性と……。


 もうひとり、若い少年が一緒に立っていた。




 その顔に……見覚えがある。

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