第22話 俺はもう迷わない

 運命のときがやってきのかもしれない。


 そう思うだけで、俺の心臓が激しく鼓動を打った。


 煮えたぎるような激情を抑え付けながら、俺は立ち上がる。


 両親とマリーの視線が刺さった。


「お、お兄様?」


 ただならぬ俺の雰囲気に、たまらずマリーが声をかける。


「どうしたの、ネファリアス? 大人しく座ってなさい? いま、護衛の騎士たちが賊を倒してくれるわ」


「そのとおりだよ。それに、いざとなったら父さんに任せなさい。ネファリアスとの訓練の成果を見せてあげよう」


 母さんも父さんも、怯えるマリーのために明るく言ってくれる。


 ——けど、違うんだ。


 たぶん、護衛の騎士たちじゃ盗賊には勝てない。


 俺がやらなきゃ、最悪の結末を辿ることになるかもしれない。


 すでにレベルを上げて強くなった俺がいる。護衛の騎士がやられようとも状況はさして変わらないが、彼らを見捨てる理由にはならない。


 俺はにっこりと笑みを浮かべると、三人に短く告げた。


「ごめん。ちょっと行ってくる」


 馬車の扉を開けて外に出た。


「お兄様!? ま、待ってください!」


 慌てて俺のうしろをマリーがついてくる。


 華奢な手で精一杯、俺の腕を掴んで動きを止めた。


「お兄様がいく必要はありません! 大人しく馬車の中で待っていましょう!?」


「……ダメだよ。誰かが怪我するかもしれない。死ぬかもしれない。それを、他でもない俺が許せない」


「護衛は私たちを守るために戦うんです! 死ぬのだって覚悟のうえでしょう!?」


「そうだね。けど、俺にはみんなを救う力がある。だから戦う。持つ者は、持たざる者のために戦わなきゃいけない。でなきゃ……その力はただの暴力だ」


 そう言ってマリーの手を振り払う。


「お兄様……」


 酷く弱い、泣きそうな声が聞こえた。


 俺はまた笑う。


「大丈夫。実は兄様……結構強いんだ」


 みんなの守るために、命懸けで強くなったんだ。


 すべては、この日のために。




「おいおい。泣かせるねぇ。貴族の坊ちゃんが俺らと戦おうってか?」


「危険です! お下がりくださいネファリアス様!」


 盗賊のリーダーっぽい男は笑い、護衛の騎士は手で俺の進路を塞ぐ。


 彼の手を下げて、俺は平然と言った。


「まあ任せてよ。前にオーガと戦ったときの俺とは、——違うから」


 一歩まえに出て剣を抜く。


 【亡霊の剣】が、その禍々しき様相を周囲に見せ付けた。


 やや威圧され、盗賊たちが後ろにさがる。


 だが、リーダー格の男が叫んだ。


「——てめぇら! ガキにビビってんじゃねぇぞ! こっちは多勢だ。護衛の騎士がいようと関係ねぇ。クソガキに礼儀ってやつを教えてやりな!」


「お、おう!」


 その叫びが、仲間たちの緊張や不安をかき消した。


 いい統率力だ。


 リーダーの男はほどほどに強いと思われる。確実に【ギフト】持ちだろう。


 まあ、俺には関係ないがな。


 さらに一歩、もう一歩まえに出る。


 平然と歩いてくる俺を見て、一番まえに立っていた男が剣を抜いた。


「へ、へへっ。ビビらせやがって。商品ごときが調子に乗るなっての!」


 男が剣を振る。顔を避けて、剣身は右腕を捉えた。


 俺を売るために、顔だけは傷つけないよう配慮しているのか……。


 その刃を【亡霊の剣】で止める。


「おっと。なかなかやるじゃ——」


 下卑た笑みを浮かべる男。


 その男がなにかを言い終わるまえに、俺の刃が男の首を刎ねた。


 あっさりと男は死ぬ。


 くるくる回りながら首が地面に落ちる。


 遅れて、盗賊たちがざわついた。


「こ、コイツ……人を、簡単に……!?」


「他人の人生を壊そうとしてるお前らが、そんなことにビビるのか? 狩られる覚悟くらいあるだろ?」


 倒れる死体を無視してさらに前へ進む。


 仲間の死を見たほかの賊たちは、さらに後ろへさがった。


 しかし、リーダー格の男がそれを許さない。


「バカ野郎が! 数で押せ数で! そいつは殺しても構わねぇ」


「りょ、了解!」


 ほほう。判断が早い。


 俺を危険だと認識して排除にかかった。


 命令された男たちが何人も俺のもとへ向かってくる。


 瞳には明確な殺意が宿っていた。


 ——だから。


「安心しろ。全員、しっかり殺すから」


 攻撃が届く範囲にやってきた賊たちを、次々に殺していった。


 手間をかけたくない。もれなく全員、首を刎ねる。


 俺の高いSTRとAGIならそれが可能だ。


 最近気付いたんだが、AGIを上げると動体視力まで強化されるっぽい。


 脚力も鍛えられ、格下と思われる賊の動きをはるかに上回る。


 おまけに連携が下手。


 仲間同士で斬り合わないよう慎重さが見える。


 そのせいで動きが遅い。決して、俺には追いつけない。


 一人、またひとりと首を失い絶命する。


 ものの十分ほどで、街道には何人もの賊の死体が転がった。


 血の海を歩きながら、血にまみれた俺が問う。唯一残された男へ。


「……あとはお前だけだな。どうする? 命乞いでもしてみるか?」


「く、くぅっ! この、クソ……クソッ!!」


 ぎりぎりと奥歯を噛みしめて男が呻く。


 いつの間にか護衛の騎士たちは、ただ俺を見守るだけで動けないでいた。


 無理もない。


 目の前で15の子供が何人も人を殺したら、普通は動揺する。


 でも、俺はもう躊躇しないと決めた。


 誰かを救うってことは、他の誰を救わないこと。殺すということ。


「まだだ……! まだだ!! 俺ひとり居りゃあ、てめぇみたいなクソガキには十分なんだよ!!」


 男が背負っていた大剣を構える。


 リーダー面してるやつは、大きな武器が好きだな。斧とか。


 およそ五メートルほどの距離で対峙する俺と盗賊。


 互いの視線がばっちりと重なり、——先に男のほうが動いた。


 地面を蹴って俺に肉薄する。


 振り上げた剣が、太陽の光を反射してきらりと輝いた。

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