第16話 婚約者は早い
「王都で行われるパーティーに、私も出席するんですか?」
口元をナプキンで拭きながら、マリーが父に尋ねる。
「うん。本当はネファリアスだけでも十分なんだけど、せっかくの機会だからね。マリーの婚約者探しでもしようかと」
「行きたくありません」
急激にテンションの下がるマリー。瞳から光と感情が失われた。
慌てて母がマリーに言う。
「ま、待ってマリー? よく考えてみなさい? 王都に行ったら、たしかに面倒なことになるかもしれないけど、お兄様と王都でデートできるのよ?」
「王都で……お兄様と……デート?」
きらっとマリーの瞳に光が戻る。
今度は俺が口を挟んだ。
「マリーに婚約者は早いと思います!」
「なにを言ってるんだ……。もうマリーは13だよ? 普通に考えて、婚約者がいてもおかしくはない。まあ、王都に行ったからといってすぐにでも婚約者を見つけろって話でもないけどね。あくまで、それを考えるのもありってだけさ」
「反対しますッ! 可愛いマリーが王都に行ったら、それはもう獣たちの視線に晒されて……!」
「ネファリアスは日に日に妹バカになってるね……。前は、婚約者くらいは認めるくらいの発言をしてなかったっけ?」
「してません。婚約者が出来たらぶん殴って仕留めるとは言いましたが」
「それは大問題になるからやめようね。……やれやれ。マリーもネファリアスも困ったものだ。そもそも、ネファリアスにだって婚約者がいてもおかしくないんだよ? キミがアリウム男爵領を継いでくれるからこれまで話は出さなかったが、マリーの婚約者うんぬんに文句を言うなら、ネファリアスの婚約者探しに変更しようか?」
「断固反対します! お兄様に婚約者はまだ早いと思います!」
一周まわってマリーが抗議の声をあげた。
俺は喜び、両親は深いため息をつく。
「もう……あなた達は家のことを考えているのかしら? どう見てもお互いのことしか考えていないように見えるのだけど?」
「というより、自分たちのことを優先してるねぇ……。もしかすると、アリウム男爵領は僕の代で終わりかな?」
「あなたがそんなことだから、ネファリアスもマリーも調子に乗るんです! たまには厳しく言わないといけませんよ! 特にネファリアスには才能があります。この子は賢い。きっと領をいまより豊かにしてくれるはずですっ」
「あはは……善処します」
母には悪いが、俺は家督を継ぐ気はない。
今後、物語がはじまったら家を出る予定だ。アリウム男爵領は、きっとマリーの婚約者が引き受けてくれる。
兄貴ぶって否定こそしたが、彼女を任せられる男がいるなら任せるつもりだ。
マリーの運命の変えたら、俺は他にやるべきことをやらなきゃいけない。
手に入れた力を、さまざまな人のために役立てるのだ。そうすることで、本当の意味で俺は悲劇の悪役ではなくなる。
持つ者は持たざる者を救わなければならない。俺にしかできないことなのだから。
「善処しないでください。まったく……お父様もお母様も勝手です。ねぇ、お兄様。……お兄様?」
「あ……そ、そうだね。ごめん。ボーっとしてた」
「考え事ですか?」
「まあね。王都ではどうやってマリーのことを守ろうかと思って」
「でしたら、ずっと一緒にいればいいんですっ。デートもできるし、虫除けにもなります!」
え? いま虫って言った?
他の貴族子息のこと、虫って言った?
衝撃的なマリーの発言に、両親は頭を痛める。俺もまた、意外に過激なマリーにびっくりするのだった。
賑やかな夕食は続く。
▼
すったもんだの末に、半ば強制的に俺とマリーを王都へ連れていくことにした両親。
夕食を食べ終えると、くれぐれも貴族である自覚を持つように、と言われて席を立った。
最後までマリーはお見合いに関して不満そうな表情を浮かべていたが、俺とのデートは楽しみらしい。したたかで何よりだ。
俺は食後は風呂に入ってから自室に戻る。
ベッドに腰をおろし、今後の予定を考えた。
まず、急遽王都に行くことになったから、これまで以上のペースでレベルを上げる必要がある。
王都は魔窟だ。少なくともネファリアスにとっては魔窟だ。王都には主人公もその仲間になるヒロインたちもいる。
まだ物語が動くまでには時間があるだろうが、それでも準備をしておくことに意味がある。
というわけで、目下の目標はひとつだ。
アリウム男爵領にある【ダンジョン】の攻略。
ダンジョンは、神が地上に作り出した人間への試練の場。
地上とは比べ物にならない数のモンスターがひしめき合い、恐怖と栄光、富に溢れた場所だ。
中でもアリウム男爵領にあるダンジョンは、王都のものに比べて攻略難易度が低いらしい。
恐らくいまの俺のレベルなら十分に攻略可能だろう。
ダンジョンを攻略すればまたレベルを上げられる。さらに、ダンジョンには地上にないアイテムが落ちていたりする。それを獲得し、足元を磐石に固めておかないとね。
「問題は……」
いまだ全容が掴めない盗賊の件。
男爵領で盗賊と戦闘を行ったということは、残りのメンバーも周辺に潜伏していることはたしかだ。
いまの俺でもリーダーに勝てる可能性は高いが、万が一のことを考える。家族の近くにいないのは不安が残るものの、やはり強さこそが一番。
まだなにもないと考え、いまはひたすらに努力を続けたほうがいい。
マリーを救ったあとで、俺は他のヒロインも救い、必ず魔王を倒して世界そのものを救わなければいけないのだから。
最後に覚悟を決め、ベッドに背中をあずけた。布団の上に転がると、疲労からかすぐに睡魔が押し寄せてくる。
安らかな眠りに身を任せ、俺は明日に備えてゆっくりと瞼を閉じるのだった。
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