第11話 甘えは捨てろ

 盗賊との戦闘がはじまる。


 相手は鎧を着ていないが武器を持っている。ナイフにカトラス、斧と形状はさまざまだ。


 ナイフとカトラスはともかく、奥で三人に命令をくだす斧使いは厄介だな……。


 囲まれながらも冷静に状況を分析する。


 まず切り込んできたのは、ナイフを持った小柄の男性。


 素早く目を屈めると、弾丸のように地を蹴って肉薄してくる。鋭い切っ先による刺突を半身になって避けた。


 ——うん。見切れる速度だ。スローモーションとは言えないが、十分に見てから反応できる。


「——コイツッ!? 俺の突きをかわしやがった!」


 小柄な男がさらに刺突を繰り返す。


 心臓、首、太もも。急所や負傷すると厄介な部位ばかり狙ってくる。


 だが、俺はそのすべてを紙一重でかわす。


 ついでに、焦れて隙を見せた男の腹部に膝蹴りをかました。


「おえっ——!?」


 潰れたカエルみたいな声を出して、小柄な男が数メートル先まで吹っ飛ぶ。


 あいつは【ギフト】持ちじゃなかったっぽい。しばらくは起き上がれないだろう。


 続けて、カトラスと直剣を持った男ふたりが前後から襲いかかってくる。


 連携の訓練をしたことがないのか、動きはバラバラで避けやすい。


 たぶん、さっき蹴り飛ばした男とあまりレベルは変わらないと思われる。


 安全を考えて、片方の男の攻撃は剣で防ぎ、もう片方の男の攻撃は避けた。


 ちょくちょく体術によるパンチやらキックやらを当てていると、盗賊のほうが先にバテた。


 ボロボロの体で地に伏す。


 ほんの数分だけ動きまわってこれか。与えた攻撃もさほど威力は高くなかったのに、ここまで実力差が出るとは……。


 本当に俺のギフト【システム】はチートすぎる。これでまだレベル17なんだから、今後が楽しみでしょうがない。


「……チッ! 役立たずどもが……。子供ひとりになんて体たらくだよ」


 離れたところで戦いを見守っていたリーダー格の斧使いが、吐き捨てるようにそう言った。


「しょうがねぇ、俺が手本ってやつは見せてやるか」


 斧を担いでこちらに歩み寄ってくる。


 かなり図体がでかい。恐らく180センチ以上はあるな。いまの俺の身長が170前半だから、見上げるほどでかい。


「おう坊主。俺らが盗賊だとわかって戦いに来たのか? それともまさか、盗賊と出くわすとは思ってなかったのか? 最初は俺もびっくりしたが、出てきたのが子供なら話は別だ。面は悪くねぇし、変態貴族にでも売りつけてやるよ」


「————」




 コイツ、いま……。 な ん て 言 っ た ? 




「——ッ!? このガキ……なんつう目で見てやがる!」


 斧使いの男が、唐突に地面を蹴って迫る。


 慌てた様子で斧を振るが、それを後ろに一歩下がって避けた。


 男の持つ斧はあまりリーチが長くない。たぶん、俺の剣と同じくらいだ。であれば、相手の間合いを計るのは簡単だった。


 剣術の知識や基礎を父に叩き込まれた俺は、そこにひとつの結論を見出す。


 所詮、武術や剣術なんて身体能力がものをいう。より速く剣を振れるやつが強いし、より腕力の強いやつが勝つ。


 普通に打ち合ってればそうなるのは必然だ。


 では、そこに存在する技術とは?


 結局のところ、間合いの把握と管理ではないかと思う。


 もちろん俺の持論だ。根拠はないし説得力もない。


 だが、どれだけ速く剣を振っても限界はある。どれだけ腕力が強くても当たらなければ意味がない。


 つまる話が、——回避最強ってこと。




 斧使いも簡単に自分の攻撃が避けられてびっくりしている。


 どこか確信を持って言った。


「お前……やはり【ギフト】持ちか。ガキのくせにいい目をしてやがる」


「そりゃあどうも」


「けど俺も【ギフト】持ちだ。戦闘には向いてねぇが、お前を殺すには十分すぎる!」


 男が吠える。斧を担いで前に出た。


 さっきより速い。でも、避けられないほどじゃない。


 嵐のように振り回される斧の軌道を見切り、的確に後ろへ、横へかわす。


 打ち付けられた斧が空気を切り裂いて地面を砕くが、一向に俺には当たらない。


 どんどん冷静に、より冷たくなっていく思考。クールなことはいいことだが、同時に欠点もある。


 先ほど男が言った台詞が脳裏にちらついて、殺意がうまく抑えきれないのだ。


 ギリギリ理性が押し止めようとしているが、何度も男の首に剣を向けそうになった。


 そのせいで反撃に出れない。


 男の猛攻が続く。


 しばらくすると、男が荒い呼吸を繰り返して叫んだ。動きが止まる。


「クソが!! なんで俺の攻撃が当たらねぇ!? ガキ、お前の【ギフト】は動態視力を強化する類のものか!」


 ぶっぶー、ハズレ。


 そんなの俺のギフトのごくごく一部でしかない。


「——ってことは遠距離系のスキル持ちか? それとも俺と同じ非戦闘系? ……チッ。手の内を見せねぇからぜんぜん答えが出ねぇぞおい!」


 苛立ちに任せて地面を踏みつける。まるで大きな子供だ。


 もしかするとコイツがネファリアスの運命を変えたと思うと、やるせなさが沸いてくる。


 ……やっぱり殺すか。


 人間を前にすると殺意は嘘のように消えたが、犯罪者だと思い返せばまたそれも蘇る。


 剣を握る手に力がこもった。そのタイミングで男が近付いてくる。


 力に任せた振り下ろしだ。半身になって避けると、ガラ空きになった胴体が視界に映る。


 ——殺せ。


 ——ダメだ。


 せめぎ合う二つの思考。


 一瞬だけ頭の中がぐちゃぐちゃになる。そして、反撃をしようかと思った矢先に、——足に痛みが走った。


 視線が落ちる。


 ふくらはぎにナイフが刺さっていた。先ほど倒した仲間のひとりが、隙を突いて投げたのだとわかる。


 まずい。反応が遅れた。


 気が付くと目の前に斧が迫っている。


 慌ててスキルを使う。


 しかし、踏ん張りが利かずに吹き飛ばされた。後方の樹木にぶつかって血を吐く。


 【硬化】のスキルは斬撃に強いが、殴打や衝撃にはそこまで強くない。


 それでもダメージは軽減されたのか、すぐに立ち上がることはできた。


「…………なにしてんだ、俺」


 にやにや笑う斧使いの男。


 倒れていた盗賊たちが続々と立ち上がる。


 再び多勢に無勢。


 だが、そんなことより自分の不甲斐なさに心底呆れた。


 あれだけ殺す覚悟を決めたと思ったのに、当人を前にするとビビった。人殺しを躊躇した。


 それは人として正しい感情だ。正しい理性だ。


 けど、ネファリアスとしては間違っている。


 事実、俺は隙を突かれて負傷した。【ギフト】で獲得したスキルがなかったら死んでた可能性だってある。


 俺が殺さなかったから、状況はどんどん悪くなった。全部、俺が甘かったから。


 人を殺すのは間違ってる?


 違う。


 前世の価値観はこの世界では当てはまらない。


 向こうが俺を殺そうとしてくるのだ。俺の行いはであり、この世界では力こそすべて。


 戦え。迷うな。躊躇すればなにも救えない。


 耳元で誰かの声が聞こえた。


『俺を救ってくれるんだろう?』


「……ああ、救ってみせる」


 俺を。ネファリアスを。家族を。世界を。




 邪魔するものを殺し尽くしてでも——。

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