第8話 動き出すシナリオ
俺は、ある日、異世界に転生した。
転生先は、前世でクソゲーだとボロクソ叩かれたファンタジーRPG【クライ.ストレイライフ】。
しかも本作の主人公——ではなく、その主人公と敵対する悪役貴族、ネファリアス・テラ・アリウムに転生した。
ネファリアスの人生は最悪だ。
本作が始まるまえに父を殺され。母と妹と自分は盗賊に攫われ売られるか犯される。
唯一、残された男であるネファリアスは、殺し屋として育てられるし、せっかく主人が死んで自由になったと思ったら、助けようとしていた母が自殺した。
妹も犯され続けてすっかり心を病んでしまい、それでもやがてネファリアスの心を改心させる一言を呟いてから息を引き取る。
その果てに、ネファリアスは狂い、人類への復讐をはじめる。
……たしかそんな感じのストーリーがあったはずだ。
そして、ネファリアスに転生した俺にも、当然そのような未来が待ち受けていると思われる。
嫌だ。
俺はマリーが好きだった。ネファリアスも好きだった。
悲劇を背負い、家族を殺され、復讐のために魔王の部下となり、主人公と敵対し、その上で、最後は妹の言葉を思い出して主人公に手を貸す。
主人公を守って死んだ最後のシーンは、数々のファンがネファリアスに、「生きろよぉおおおお——!!」と叫ぶくらいの名シーンだった。
——だから俺は救うことにした。
ネファリアスも、マリーゴールドも、父も母もたくさんのヒロインや人々を。
そう思って、我ながらかなり無茶をしてオーガと呼ばれるそこそこ強いモンスターを倒した。
命からがら街に戻り、護衛の騎士の肩を借りて自宅までやってきた。
帰ってこれたんだ。なんとか帰ってこれたんだ。帰ってこれたんだ、が……そこで、たまたま廊下を歩いていたマリーと遭遇する。
彼女は怒り心頭の顔で疲れきった俺に尋ねる。
「なにをしてきたのか」
と。
とても隠せそうにないと思った俺は、外でオーガという強敵と戦い、腕を折ったものの勝利を収めた話をする。
だが、そこで護衛の騎士がうっかり、「死に掛けましたけどね……」と言ったせいで、マリーの堪忍袋の緒が切れた。
結果。
「びえぇええええ————ん!!」
マリーは俺を抱きしめながらたいへん大きな声で泣き叫んだ。
普段のクール要素はどこに置いてきたの? と言いたくなるほどの取り乱しっぷりに、さすがの護衛の騎士も目を点にしてマリーを見つめていた。
俺も同じだ。
マリーってこんなキャラだったっけ? と思いながらも、キンキンとした声に聴覚を破壊される一歩手前で、なんとかマリーを宥めようと努力する。
「ま、マリー? マリーさん? 落ち着いて? ね? こうして約束どおりちゃんと帰った来たじゃないか。ね? だから、お願いだから泣き止んでくれ……。じゃないと、腕にも頭にも響く……」
徐々にグロッキーになる俺。それでも泣き止まないマリー。
途中、家に残っていた母キャロラインが異変に気付いて飛んできてくれる。
母と協力してなんとかマリーを宥めると、今度はマリーの矛先を掴んで俺に投げてきた。
▼
「……それで? どうしてマリーはあんなに泣いていたの?」
ぐすぐすと、いまなお小さく鼻を鳴らすマリーを抱きしめながら、笑ってるのに笑ってない目で母が尋ねる。
俺は断腸の想いでマリーにした話を母にもする。
当然、母には普通に怒られた。
「——あなたって子は……! その無茶する性格、お父さん譲りだわっ!」
厳しく叱責されて、しゅん、と肩身が狭まる。ようやく泣き止んだマリーも、母の口撃に続いた。
「まったくです。お兄様がいなくなったら、誰が哀しむか考えてくださいっ」
「そうよ。ただでさえ、あなたが外へ行くってことでずっとマリーがそわそわしてたのに……。しばらくはマリーのお願いを聞いてあげなさいね?」
「はい……面目次第もございません……」
確実に100パーセント俺が悪いので、素直に頭を下げる。
話し合い自体はすぐに終わったが、母の説教から解放された俺に待っていたのは、ベッドに座る妹との対面。
その場に正座させられた俺は、こちらを見下ろすマリーの判決を待つ。
この際だ。骨の一本くらいは我慢するとしよう。
そう思っていると、数秒ほど瞼を閉じたマリーがベッドから降りる。こちらに向かって近付くと、痛めていないほうの腕に抱き付いた。
消え入りそうなか細い声で言う。
「いろいろと言いたいことはあるけど……でも、よかった。お兄様が無事で。私には、何よりもお兄様が大事なの。絶対に、もう無茶はしないでね?」
「……ああ。そうだね。無茶しないようにするよ。ごめん」
最後の謝罪は、【心配させてごめん】という意味と、【これからも無茶はする】という意味でのごめんだった。
彼女が俺を想うように、俺もまたマリーのことを心の底から想っている。
だから、彼女を守るためにきっと俺はまた無茶な真似をするだろう。
だから、ごめん。
止まろうとしない兄でごめん。
必ず守ってあげるからね……。
そんな気持ちをこめて、彼女の頭に自分の顔をあずける。
しばらくのあいだ、静かな時間を過ごすのだった。
▼
マリーがいつもの様子を取り戻す頃には、外はすっかり夜になっていた。
両親に夕食に呼ばれた俺とマリーは、くっ付いたまま一階のダイニングルームに入る。
「あはは。だいぶ絞られたようだね、ネファリアス。マリーなんてべったりじゃないか」
すでに席についていた父が、イチャイチャしてる俺たちを見て笑った。
「笑い事ではありません。息子が無茶をして死に掛けたんですから、あなたも後で叱ってくださいね?」
「だそうだよ。言い出したのは僕だけど、それは許してね、ネファリアス」
「怒られる覚悟はしてました。別に構いませんよ」
「でも、あまり長く叱らないでねくださいね、お父様」
「マリー?」
あれだけ怒っていたのに、急に俺の味方をしてくれる。
「お父様の説教が長引くと、お兄様とゆっくり寝られませんから」
「……なるほどね。わかったよ」
「——どういうこと!?」
なぜすんなり納得できる父よ!?
「お兄様は、私をすごく、ものすごーく心配させた罰で、今夜は一緒に寝てもらいます。部屋はお兄様の部屋で。なにか異論はありますか?」
「えー……一緒に寝ないとダメなの?」
「はい。……私と寝るのはそんなに嫌ですか?」
なぜか急にキレるマリーさん。ぶんぶんと首を左右に振って俺は否定した。
「そ、そんなわけないそんなわけない。むしろ妹と寝れるなんて兄冥利に尽きるなぁ!」
「だめだよ、妹に手を出しちゃ。せめて責任を取るくらいの覚悟がなきゃ」
「——お父様!?」
あなたはどっちの味方で倫理を考えて!?
「妹に手を出すわけないでしょ……」
「お兄様は私のことが嫌いなんですね……」
「妹に欲情しない兄はいない」
「では婚姻届を提出しましょうか。教会に行きましょう」
ちょっと待って。冗談で言ったら真顔で腕を引っ張られる!
た、助けて! お父様! お母様!?
「はいはい。仲良くするのはいいけど早く席についてちょうだい。食事が冷めるわ」
母の鶴の一言で、なんとか俺を巡る? 騒動は有耶無耶になった。
「——チッ」
隣でマリーの舌打ちが聞こえた。たぶん、気のせいだろう。
深くは考えずに席に座る。
すると、俺たちの着席を確認してから父が口を開いた。「大事な話がある」と前置きしてから。
「最近、この辺りに、隣街で悪さをしていた盗賊かぶれが流れて来ているかもしれない、という話を耳にしたんだ。なんでも、
それを聞いて、俺の心臓がいっそう強く跳ねた。
———————————————————————
あとがき。
マリーはガチ。
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