第6話 ギリギリもいいとこ

 目の前に、2メートルを優に超える巨人が姿を現した。


 相手の名前は——【悪鬼オーガ】。


 鬼のように真っ赤な皮膚と、筋骨隆々な肉体が特徴的な魔物。知能は低いが、灰色狼とは比べものにならないほど高いステータスを誇る個体だ。


 正直、灰色狼に苦戦してた頃の俺なら瞬殺されるレベルだと思う。


「まさか序盤でコイツに会えるとはな……!」


 普通ならタイミングは最悪だ。死を覚悟して戦うか、全力で逃げるべき相手だと思う。


 しかし、レベルアップによる恩恵で精神的にも強くなったのか、【悪鬼】を前にした俺の最初の感想は、「いい経験値になりそうだ」という凶悪なものだった。


 我ながら、そう思った直後にそれを否定する。いやいや、まずは逃げるのが先決だろう、と。


 随伴した護衛の騎士もそれが賢いと思ったのか、血相を変えて俺の前にやってくる。


 剣を構え、吠えるように叫んだ。


「お、お逃げください! ネファリアス様! オーガの相手はこの私が……!」


「——平気だよ」


 命を懸ける想いで言ってくれたのはありがたかった。護衛の騎士に任せるか、一緒に戦えばきっと【悪鬼】にも勝てるだろう。


 ——けど。けど、だ。


 俺は護衛の騎士の肩に手を添えると、彼を制して一歩前に出る。


「コイツは俺が倒す。あなたはそこで見ていてくれ。ヤバくなったら助けてね」


「ネファリアス様!? いくらなんでも……」


「ここで退いたら負けだよ。時間をかければ、再戦してもっと勝つ確率を高くできるだろうけど……明日にも悲劇が迫ってくるかもしれない。恐怖に負けたら、俺はいずれ足を止めてしまうかもしれない」


 それに、戦うなら一人のほうが都合がいい。


 護衛の騎士の男とは、まだ連携の訓練もまともにしていない。お互いにお互いの手の内を知らない以上、かえって足を引っ張る可能性が高い。


 俺みたいな素人はとくに、自分の攻撃すら仲間に当てかねない危険性がある。


 これが後衛に向いたギフト持ちならともかく、彼はギフトを持っていない。下手すると俺より弱い可能性だってある。


 だから、俺がやる。


 不思議と感覚でわかるのだ。システムによる恩恵なのか、【悪鬼】と自分の差が。


 ——ギリギリ、勝てない相手じゃない。確率があるなら、俺は挑む。


 足踏みなんてしていられなかった。


「————!」


 オーガが雄叫びをあげる。


 戦いの幕が切って落とされた。


 いまだ俺を止めようとする護衛の騎士を振り切って、俺は地面を蹴った。先ほどより速くなったと思われる。動きも、思考さえもが。


 オーガに肉薄して、剣を抜くと同時に振った。


 オーガが腕をクロスさせて防御する。


 カキーンッ! という甲高い音が響いた。


 ——ッッ! かっっってぇ!!


 生き物の皮膚とは思えない音と硬度に、顔が反動で歪む。まるで岩や鉄を切ったかのような反応に驚きながらも、オーガによる拳を避けた。


「あっぶな……! もう少しで当たるところだった……。つうか、硬すぎるだろ」


 あんな化け物にどうやってダメージを負わせればいいんだ? これでもなけなしのポイントを使って【STR】を30まで上げたっていうのに……。


 ——うん?


 よく見ると、先ほど防御したオーガの腕からわずかに血が流れていた。弾かれたと思った攻撃は、小さいながらも傷を負わせていたらしい。


 ……どうやら、俺の攻撃は完全に無意味というわけでもない。だったら……。


「少しずつ削っていくか……!」


 そう言って、再び地面を蹴る。


 オーガはすぐに俺の動きに反応を示すが、見たところ【AGI】にそう差はない。体が小さい分、手数の面では俺のほうが有利だと思われる。


 逆に、【STR】と【VIT】は向こうのほうが上だ。一撃でも受けたらかなりのダメージを負うだろう。


 なので、俺は回避を優先しながらも剣を振った。


 オーガの拳と俺の刃が交差する。切り結び、俺は体力を大幅に削りながらも魔物の体に複数の傷跡を残す。


 どこか弱点のようなものはないのかと手当たり次第に剣を振るが、そこで違和感が生まれた。


 ——フェイントを織り交ぜて足を斬ったとき。


 なぜか、普通に深く斬れた。オーガの弱点は足なのか? そう思ってまた足を狙ってみるが、今度はあの硬い金属音が鳴り響いて軽傷になる。


 すると今度は、胸元に強烈な一撃がはいった。


 そこで、俺はひとつの仮説を立てる。


 ——コイツ……もしかして、部分的に肉体を強化、あるいは硬化でもさせているのか?


 と。


 そこからは早かった。フェイントを織り交ぜての攻撃が、知能の低いオーガに利く。


 徐々に大きな傷が増えていき、やがて、オーガが苦痛に表情を歪ませる。


 ——いける! これならいける。勝てる!


 勝利を確信した。確信して、そこに油断が生まれる。


「——ぐっっ!?」


 回避が一瞬だけ遅れる。一瞬の遅れが、反射的に防御を取るように体へ命令を出した。


 そのせいで、胴体を守って左腕が犠牲になった。メキメキとオーガの拳が骨をへし折る。


 激痛と衝撃に数メートル先の樹木の中心まで吹き飛び、激突。血を吐いて地面を転がる。


「——ネファリアス様!?」


 護衛の騎士の叫びが聞こえた。答える暇はない。


 即座に起き上がる頃には、目の前に追撃しようとするオーガが立っていた。


 拳を振りあげ、真っ直ぐに俺の頭上へ落とす。


 ——オーガの拳が空を切った。


 折られた腕から伝わる痛みを我慢し、俺は咄嗟に体を捻って紙一重で攻撃をかわす。


 ついでにバネのように勢いよく立ち上がって、最速で反撃を行った。


 斬撃ではない。懐に入ったことによる、剣先の


 鋭い刃が、首の半ばほどまで刺さった。胴体ほどの強靭な防御力はなかったのか、勢いをつけたことがよかったのか。


 そのままさらに剣が奥へ進み……オーガの首を貫通する。


「————!?」


 オーガが声にならない悲鳴のようなものを漏らす。


 しかし、口から血を吐いて首を押さえるオーガは、剣を抜かずに離れた俺へ腕を伸ばしながら、一歩、また一歩と前に進んで倒れた。


 沈黙が完全に周囲を支配する。


 俺も気力を失い膝を折ると、醜くもその場に倒れた。


 ずきずきと痛む腕に表情を歪めながらも、頭上に浮かぶ雲を見て最後には苦笑する。


「あー……カッコ悪い勝ち方だ」


 ギリギリもいいところである。




『レベルアップしました』

『レベルアップしました』

『レベルアップしました』


———————————————————————

あとがき。


ネファリアス「経験値ィ‼︎ 俺のだぁ‼︎」

※主人公は色々とネジが外れています。暖かく見守りましょう!

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