第4話 レベルアップしました

 父との剣術訓練は、およそ2週間は続いた。


 くる日もくる日も俺は剣を振り、くる日もくる日も父に負けた。


 その繰り返しは、のちに確かな情報と経験としてネファリアスの体に刻まれる。次第に、少しずつだけど動きがよくなっていくのが解った。


「ネファリアスは本当に呑み込みが早い。来年には僕も勝てなくなりそうな勢いだよ」


 試合で負けて地面に転がる俺に、父が見下ろしながらそう言った。


「ハァ……ハァ……。一年も、必要、ない。その前に、必ずお父様を超えてみせるさ」


「はは。それは楽しみだね。その手の才能に恵まれなかった我が家に、ネファリアスがなにを運んでくれるのか……」


「ジジ臭い」


「酷いな」


 すっかり浸っていた父に言葉のナイフを刺して立ち上がる。


 少ししたらまた基礎訓練の再開だ。まだ動きを覚えてるあいだに反復練習しないと、せっかくの才能も無駄になる。


「……ああそうだ。ネファリアスのお願いだけど、明後日にでも装備を買っておこうか」


「——え? それって……」


「うん。そろそろ一度くらいは外に出てもいいんじゃないかと思ってね。経験してくるといいよ。魔物との戦闘を」


「い、いいの!? お父様?」


「幸いなことに、ここアリウム男爵領の近くにはあまり強い魔物はいないからね。いまの内に倒してくるといい」


「やった! ありがとう、お父様!」


 これでようやくレベルを上げられる! まだ倒せると決まったわけじゃないが、倒さないと先へは進めない。


 進み出した計画が、きっと俺を強くしてくれると願う。


 さらに気合の入った俺は、明後日までのあいだ、滾る闘志を剣にこめて振った。


 血豆ができようと構わない。ネファリアスにとってはそれだけ大事なことなのだ。この世界でレベルを上げるということは。




 ▼




 それから3日後。


 父に一般的な装備——剣と軽鎧を買ってもらった俺は、その翌日に早速、町の外へと出かけようとしていた。


 していたのだが……。




「ま、マリー? そろそろ離れてくれないと、兄様が外へ行けないんだけど……」


「……本当に、行くの?」


 ネファリアスにべったり張り付いて離れようとしないマリーに、俺も両親も揃って苦笑する。


 つい先ほどのことだ。


 装備を身に付けた俺を見つけたマリーが、どこへ行くのかと尋ねてきた。とくに隠すことでもないので、外で魔物を狩ってくると言ったらこうなった。


 大事な兄が、危険な目に遭わないか心配してくれているのだろう。その優しさに感謝しつつ、でも強くなるためには行かなくちゃいけない。


 必死にマリーの頭を撫でながら説得を試みる。


「ごめんね、マリー。俺は少しでも強くなりたいんだ。そのためには、魔物を倒さなくちゃいけない。だから、マリーはここで兄様の帰りを待っててくれ。必ず帰ると約束するから」


「………うん。わかった。ごめんなさい、お兄様の邪魔をして」


 前々から聡い子だと思ってはいたが、こちらの意を汲んでくれたマリーはあっさりとネファリアスの体から離れる。


 それを寂しいと思ってしまった俺は末期だと思う。でもこれで外にいける。


 哀しげに瞳を伏せるマリーの頭をもう一度だけ撫でると、「それじゃあ、行ってきます」と伝えて家を出た。


 護衛の騎士を連れて街の外に出る。


 転生してからおよそ3週間。


 初めて足を踏み入れる外の世界は、門をくぐった瞬間に不思議な圧を俺に与えた。


 正直、不安と恐怖でビビった。すぐにでも帰ってマリーを抱きしめたいと思った。けど、それじゃあいつかはマリーをも不幸にする。


 ——ダメだ。それだけは耐えられない。


 3週間もの生活で、アリウム男爵家の人間への思い入れが強くなった。俺の中でネファリアスのなにかが叫ぶ。


 ——家族を守れ。強くなれ、と。


 だから俺は前に進む。恐れも覚悟もやる気もごちゃ混ぜにして。




 ▼




 しばらく歩いていると、とうとう、この世界で初めての魔物と遭遇する。


 灰色の毛皮に四足歩行の獣——。


 ゲームだと【灰色狼】と呼ばれる個体だ。


「ぐるるるっ!」


 呻き声をあげながら血走る眼が俺を捉える。


 出会った瞬間は体が震えたが、それでも培った経験が俺に剣を抜かせる。


 ヤバくなるまでは見守ってるよう護衛の騎士たちに告げると、ゆっくりと灰色狼のもとへ近付いた。


 すると、先に灰色狼が攻撃を仕掛けてくる。


 地面を蹴って肉薄した。獣臭さと息遣いが目の前に感じられる。


 間一髪で相手の攻撃を横に転がって避けると、灰色狼は、続けて鋭い牙を剥き出しに再接近してくる。


 俺は半ば反射的に剣を振った。タイミングよく剣が狼を斬る。


 鮮血を飛ばして、灰色狼が痛みに鳴いた。動きが遅くなったので、がむしゃらに剣を振りまわす。


 そこに技術なんてものはなかった。生きるために必死になって剣を振った。


 気が付けば、灰色狼は倒れたまま動かなくなっている。


 しばらく荒い呼吸を繰り返したのち、少ししてから自分が勝ったのだと気付く。


 だが、冷静さを欠いた勝利を勝利と言えるのかは不明だ。そんなどこか納得できないネファリアスの脳裏に、無機質な機械音声が届く。




『レベルアップしました』




「……ははっ。やっぱり、そうか」


 これで証明された。俺が強くなるには、嫌でも魔物を倒さなきゃいけない。


 初戦は笑えるくらいみっともない勝利だったが、それに意味を見出した今、今度はもう少し冷静に戦えると思う。


 はらはらとした表情でこちらを見守る騎士たちに、「大丈夫だよ」と言ってから呼吸を整える。


 すると、遠くから狼の遠吠えが聞こえた。森の奥から、複数の足音が聞こえてくる。


「ったく……休む暇もないってか」


 ぼやいて、剣を握りなおす。やや腰を下げて、俺は次の戦いに備えた。


 少しして、茂みの奥から複数の【灰色狼】が現れる——。






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名前:ネファリアス・テラ・アリウム

性別:男性

年齢:15歳

ギフト:【システム】

Lv:2

HP:350

MP:130

STR:1

VIT:1

AGI:1

INT:1

LUK:1

スキル:

ステータスポイント:3

スキルポイント:3

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