第3話 悪役のスペック

 一階のダイニングルームに足を踏み入れる。


 すでに横長のテーブルには、ネファリアスを除く家族が揃っていた。


「お兄様、着替えるのにずいぶんと時間がかかりましたね」


「どれにするか迷ってね。改めて、おはようマリー。お父様もお母様もおはようございます」


 俺が声をかけると、フォークやナイフをテーブルに置いてふたりが笑顔で挨拶を返してくれる。


「おはようネファリアス。マリーが、キミが来るのを心待ちにしていたよ」


「おはようネファリアス。なにかあったの? マリーが珍しくそわそわしてるから凄く気になったわ」


「マリーが……?」


 ちらりと横に座る彼女へ視線を向ける。


 マリーは俺と視線が合うと、すぐに顔を逸らしてしまった。その横顔に、朱色の赤みが浮かぶ。


 ……ははーん。


 俺は察した。


「実は今朝、マリーが俺の部屋に来ましてね。朝の挨拶のついでに彼女を抱きしめました。いやはや、妹がここまで可愛いと、兄としては逆に困ってしまう。嫁に出したくない、と」


「かわっ——!?」


「あははは。今日のネファリアスは面白いね。前からほどほどに仲がいいとは思ってたけど、そんなにマリーのことが好きだったっけ?」


「それはもう。マリー以上の存在は、いまのところこの世界にいません。マリーを産んでくれたお母様には感謝します。もちろん、お母様もたいへんお美しい。マリーの次くらいには、ね」


「あら、今日のネファリアスは口が上手いわね。どこで拾ってきたの?」


 父と母がくすりと笑い、片やマリーは顔を真っ赤にして俯いた。


 クールに見えても子供らしい羞恥心はあるらしい。その様子に、思わずイタズラっぽく笑ってしまう。


「たまたま夢のなかで拾いました。今日から俺は、マリーを愛することにします。きっと将来、【マリーが欲しいなら俺を殴ってからにしろ!】とか言い出しかねませんよ?」


「あらあらまあまあ……。相手側は大変ねぇ」


「いいじゃないか。僕は好きだよ、そういうの。この世界じゃ、平民も貴族も等しく強くないと生きるのに苦労するからね。そういう意味では、純粋な腕力は婿殿に必須と言えるかもしれない。けど……」


 そこで一旦いったん言葉を区切ると、父が俺に視線を滑らせる。


「まだまだネファリアスは弱いから、マリーの婿殿を殴り返すためにも、剣術の訓練に精を出さないとね」


「……剣術の訓練?」


「その反応は……また訓練をサボるつもりかな? 僕だって人に教えられるほど強くはないけど、少しくらいはネファリアスも頑張らないと。逃げるのはなしだよ」


 ふむ。ネファリアスは剣術の訓練をしていたのか。都合がいい。


「わかりました。しっかりと学ばせてもらいます。その上で、お父様にお願いをしていいですか?」


「お願い?」


「はい。剣術の訓練とは関係ありませんが、少々、お小遣いが欲しくて……」


「小遣い? 別にそれくらいいいよ。むしろ、ネファリアスが剣術の訓練に参加してくれるなら、お金くらいいくらでも出すさ」


「ありがとうございます」


 父にここまで言わせるって……。本来のネファリアスはそんなに訓練を嫌がったのか?


 それにしては、ゲームのネファリアスは強かったけどな……。才能かな?


 ひとまず俺が強くなるための資金をもらう約束ができたので、それでよしとしよう。


 剣術の訓練も大事だが、それ以上に俺にはやらなきゃいけないことがある。


 俺にとっては他人に等しい家族との団欒だんらんを得て、賑やかな朝食は無事に終わった。




 ▼




 食後は、30分ほど休んでから外に出た。


 屋敷の中庭で、木剣を持った父が俺を出迎える。


「本当にサボらず来たね。そんなに欲しいものがあるのかい?」


 父から木剣を受け取って答える。


「ええ。武具を買って、外で魔物を討伐したいと思ってます」


「ま、魔物を!? 急に、なんで……?」


「強くなるためです。お父様も仰っていたではありませんか。この世界では強さが必要だと」


「たしかに言ったけど……。なにもそこまで危険な真似をしなくても」


「俺には必要なことなんです」


 本編ではすでに、ネファリアスの闇堕ちルートは決定していた。それはつまり、いつ自分の身に災いが降りかかるかわからないということだ。


 いまの俺には、1分1秒だって無駄にはできない。


「……なんだか、急に変わったね、ネファリアスは」


「そうですか? 俺は昔からこんな感じですよ」


「ふふ、そうだったかな? まあ、ネファリアスの覚悟はわかったよ。でも、外に行く時は護衛くらい付けてね。キャロラインが心配するから」


「わかりました」


 そう言うと、会話が終わる。


 父が木剣をかまえて訓練の開始を告げると、俺にとって初めての剣術訓練がはじまった。




 ▼




 カーン! という甲高い音を立てて、俺の握っていた木剣がくるくると中空を舞う。


 数メートル後方まで吹き飛んだ木剣が、重力に従って地面に落下する。


「……ふう。これで僕の勝ち、だね」


 父がホッと一息ついて額の汗を拭う。その姿を若干睨みながら俺は呟いた。


「…………お父様は、大人気ない」


「——ぐふっ!? ひ、酷いなぁネファリアスは。実戦こそが一番の訓練になるんだよ? それに、ネファリアスはいい動きだったし。久しぶりに木剣を握ったとは思えないくらいだったよ」


 ……まあ、その言葉には同意する。


 父との実戦は得るものが大きかったし、予想に反してこのネファリアスの体はスペックが高い。


 前世で剣術なんて学んでいなかった俺でも、それなりに父の相手ができるくらいには動けた。これまでの訓練の成果と、ネファリアスの才能が自然と俺の体を動かしてくれたのだ。


 おかげで、大きな怪我もなく敗北できた。


「これなら、護衛さえいればすぐにでも魔物を討伐できるかもしれないね」


「そんなに?」


「ああ。もちろんまだまだ未熟な部分も見られるが、少なくともお父さんより才能あるよ。さっきも言ったとおり、実戦を積むことが強くなることへの一歩だ。基礎を積んでさらに言いつけを守るなら、外に出てもいい」


「了解! 頑張ります、お父様! 今日からたくさん剣を振るから!」


 早速、疲労も回復しないまま立ち上がって剣を振る。


 その様子に、父も笑みをこぼした。


「いやはや、張り切ってるねぇ……。なにがそこまでネファリアスを変えたのか。僕はそこが気になるよ」


 青空の下。


 俺が一心不乱に剣を振り続け、それを父が見守る。時折、父と刃を交えるだけの時間が続いた。


 唯一残念な点は、さすがに訓練では経験値がもらえなかったことだ。やはり、ゲームみたいに魔物を狩らなきゃいけないらしい。


 俺の第一の目標が決まった。


———————————————————————

あとがき。


この世界では力を持つ貴族は戦わねばいけないものです。きっとそういうものなんです。


まあ、そんな事よりネファリアスは重度のシスコン。

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