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どうしたって爆発したかったから、あたしはボーイフレンドをどうにかしてしまおうという考えに至って、ここ最近はパソコンの前にデモ隊のように座り込んでいる。あたしが叫びたいのは、なにが叫びたいんだろう?そんなのわからない、いまの政権に主張もクソもないけれど(ノンポリと呼ばれるのもちょっといや!)言葉のない主張なら、心のそこに沸騰鍋のようにぐつぐつと沸いている。この気持ちをなんて呼ぼうと考えたときに、現代に染まりきった砂の下で埋もれ切った恐竜の骨のような寂しさをまあなんとあたし自身の中に感じた。なぜ、言葉にしなくちゃいけないの、サランヘヨ。怒りでも、いらつきでも、むかつきでもないしさ。心なんか辞書にのってないんだよ、アホ。別に、あたしの感じていること。名詞にして、はいどうぞあたしのいまの気持ち、って名刺で誰かに渡すわけじゃない。だから、言葉なんていらない。言葉なんてみんな死んで、二次元のどっかで惨めに泳いでろ。人間なんだから。言葉に世界を落とし込んで、そこに頼り切るのはださすぎる。もっとどこへでも行っちゃいたいのに、言葉が大腕広げてあたしの身体を絡み取る。だから、あたしは気持ちを気持ちと定義することも名前をつけるのもやめてやろうと思った。悲しいときに悲しい言葉の服を着たり、幸せなときに幸せの言葉の服を着るのはもうごめん。下北沢あたりにあるアンティークショップかセカンドハンドショップで売り払って、お金は地球温暖化を阻止する環境保護団体にでも寄付しよう。


 どこまでも続く濃い夜。濃紺の空に練乳と片栗粉を木べらで混ぜて、そこに黄身を落としてみたら、月とどっちが綺麗かで喧嘩をはじめてしまった。黄身が月に勝てるわけないと思ったけど、それは黄身に失礼か? 美しい夜をひたすら壊したかった。鼻水をぶちかまして、雨のように降らして、なにかをどろどろに溶かしたい。でも、生きてるうちはそんなことできない。死んだあとのスキル次第。


 詩人になったような心持ちでそこまで考えてみたのはいいもののあたしの物語はあたしの中で生まれて終わる。それで、あたしが死んだら最初からなんにもなかったことになる。お腹の中でへその尾が首に巻きついて死んだ赤さんを想像した。赤さんではなく胎児、非生命体と呼ぶべきなのはわかっているが、それはあたしのお姉さんになったかもしれない命だったので、赤さんと愛をこめて呼んでいる。最悪の場合死に至る、と色々なところで聞くけどこの赤さんはその目を開ける前に最悪の壁に頭から突っ込んでいった。最悪の壁。人生で最もの悪ってどういう意味? 赤さんにとって命がもらえなかったことは本当に、最悪だったのだろうか。彼岸花の下で、流されてしまった赤さんたちがどんちゃんさわぎしているかもしれないと考えて、その花を、つん、と折ってしまったことがある。学校の帰り道にある店でつくりたての明太子チーズちぎれパン(米粉を使用)が美味しいコンビニの前に咲いていたあの花。あの瞬間、あたしの世界は信じられないくらい静かになってしまった。


 赤の話に戻ると、戻らなくてもいいけど、これはあたしの頭の中でぶっ壊れたレコーダーみたいに逝っては帰ってきて、流されては侵入してくる、どうしようもない「話題」。話題は他者がいないと成立しないものかもしれないけど、あたしはあたしに対しても話題が必要。それがないと、生きてることが分からなくなる。赤の名前…つまり、ついたかもしれない名称をあたしは知ってるけど、それは使わないことにしている。その名前を言ったら、もしくは頭の中で呟いたりなんかしたら、あたしの存在とだぶって、あたしがかき消されてしまうような気がする。だから絶対に言うもんか、と決めてはいるもののあたし、実は頭のすみっこで、これまたぶっ壊れたラジオみたいにあの名前を叫んでる。それで、あたしは自分をかき消して、最悪の場合、これで死に至るかもしれない。でも変だと思う。何したって、あたしたちは死ぬし、いつでも死が大口あけて待ち構えてる。なのに、最悪の場合だけ、死が待ってるような言い方、最悪にも死にも失礼だ。最高の場合も死に至るし、まあまあの場合も死に至る。それを赤はなんとなくだけど教えてくれた。…ここまで考えて、ちぎれパンの最初の楕円形の部分をちぎって口に放り込んだ。まだ三つ、手の中に握りしめてぐしゃぐしゃに口の中で噛んで、溶かして、飲み込んだ。もし、赤がここにいたらあたしは二つ、彼女に分けたりしたのかもしれない、もしかしたら彼女じゃなくて、彼だったかもしれない。ああ、現在の時代、言葉がめんどくさい、テレビもこれじゃあついてけないよんて考えながら、残りの三つも乱暴に食べきって。そのまま、この世界に食べ切られてしまいたいなんて、男に犯されたい願望と同じような、あの危ない気持ちと一緒だろうか? ドロドロの液体になるまで子宮に噛みちぎられてしまった赤の手を探して握ってやりたい。そのまま、あたしも生まれたんだか生まれてないんだかよく分かんない感じになるまで、目を瞑って羊でも数えて、うっとり綺麗ななにかになるまで、目を開きたくない。赤のこと、赤って呼んでごめんね。さんをつける愛は賞味期限切れ在庫切れ。…米粉を使用か。あたしは何を使用されて生まれてきた? 母親もそんなこと教えてくれない。誰も分かってないことを聞く意地悪、あたしは積極的にしていきたい。ボーイフレンドにも同じくらい意地悪がしたい。したかった。

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