ワンチャン異世界転生しようと思ったけど無理だった話

松本貴由

これが私の転生物語。

「あの……ここは」

「ここはあの世とこの世の狭間です」

「わたし、死んだんですか?」

「そうです。天城越え一華いちかさん」

「かずはです」

「えっ?」

「いちかと書いてかずはと読みます」

「あっ、失礼しました」

「いえ。漢字難しいですよね。外国の方には」

「私は人ではないので外国という概念は」

「じゃあただの勉強不足?」

「お恥ずかしいかぎりです」

「とんでもない」

「改めまして天城越え一華かずはさん。貴女は」

「名前が……」

「えっ?」

「違います」

「でも今しがたかずはと」

「違うんです」

「でもこのプロフィールにはそう書いてありますよ」

「よりによってなぜマッチングアプリのプロフィール画面を?」

「どういうことですか」

「本名をそのまま晒すのも怖いけど100%偽名というのもアプリ利用規約違反かと思って、キャッチーなフレーズを入れ込んでみたんです」

「演歌がキャッチーですか」

「演歌は知ってるんですね」

「日本人の魂は歌謡にありですから。それでなんとお呼びすれば」

「石川さゆりと呼んでください」

「それはさすがに憚られるのでさゆりさんで」

「名前は…」

「まだ何か?」

「あなたは名乗らないんですか」

「あっ。失礼しました。私はリリィ・リリンリン・リシュリー」

「やたらめったらリですね」

「恐縮です」

「とんでもない」

「あー、えっと、では仕切り直させていただきます。さゆりさん。貴女は現世でお亡くなりになりました。この度はご愁傷さまでございます」

「死因は……」

「えっ」

「なんで死んだのでしょう? わたし全く覚えていなくて……」

「ええっと……脳挫傷です」

「脳挫傷」

「職場でテンパっていたあなたは苦手なお局職員に呼びだしをくらい、目の前のガラス扉に気づかず突進され、ぶつかってひっくり返り、運悪く後方のデスクの角に頭をぶつけられました。打ち所が悪くそのまま昇天なされた次第です」

「なにそれおいしい」

「おいしい?」

「相棒の誤って殺しちゃった系犯人の回想のワンシーンじゃないですか」

「相棒」

「日本が誇る長寿ドラマです。知りませんか? 紅茶をこーーんな風に淹れるオールバックにサスペンダーのおじさま」

「存じ上げませんでした」

「オススメですから是非観てください」

「重ね重ね勉強になります」

「とんでもない」

「えーっと、それで、あれ、どこまで話したっけ。あー、とにかく貴女は死んで魂となりました。それで、貴女はご自身の今後についてどのようなビジョンをお持ちですか?」

「えっ」

「具体的には、転生・輪廻・消滅のどれがご希望ですか? 貴女のスキルを考慮すれば選択肢としては輪廻か輪廻か輪廻がベストポジションだと私は考えていますが、さゆりさんはどのようにお考えですか?」

「うわぁ、圧迫面接だ。そもそもあなたはどういう立場なんですか?」

「私は警察です」

「違った、これ事情聴取だ。なんだやっぱり相棒じゃないですか」

「私に相棒はいません」

「このオレのことを忘れるなんていけずなワイフだなっ!」

「チッ、余計なのが来た」

「旦那さんですか?」

「そんなわけないでしょう。こいつはストーカーです」

「カワイイ顔してツンデレなところもワイフのいいところさっ」

「貴方は顔も性格もキモい」

「よお魂っ! オレの名はライ・ラライ・ラライラ・ライラック!」

「アリス?」

「違うっ! ライ・ラライ・ラライラ・ライラックだっ」

「てっきり歌手かと」

「違うっ! オレは転生警察だっ」

「チャンピオンじゃないんですか?」

「覇者か……そう呼ばれるのはやぶさかではないなっ」

「別に称えてませんよ。ところでリさん、転生警察ってなんですか?」

「いや私の名は……でもほとんどリなのでまあいいでしょう。我々転生警察は、お亡くなりになった魂が彷徨うことなくセカンドキャリアを歩めるよう、適切に監視および誘導するのが職務です。うちの世界はホワイト企業なので、こうして魂に今後のビジョンを個別ヒアリングするんです」

「ホワイトの割には圧がありましたけど」

「輪廻が手続き的に一番楽なので。ヒアリングで特に希望がなければこちらで割り振るだけなのですが……最近は異世界転生を希望する魂が多すぎるので、神様がちょっとオーバーワークでして。うちは働き方改革推進派の代表なので、コンプライアンス関係のよくない噂が立つと株価とかに影響していろいろまずいんですよ」

「あの世って株式会社だったんだ」

「そうだワイフ、その話をしにきたんだった。神様がついに過労で倒れたぞっ」

「ワイフじゃない。チッ、ついにきましたか。今期のボーナスまでは持つかと思っていたのに」

「リさん、わたし天国に行きたいです」

「それだけは無理です」

「わたしそんなに悪行重ねてないと思うんですけど」

「天国行きはたいへんな栄転なので、人事の判断でのみ可能と決まっています」

「さゆりにいいこと教えてやろうっ。申請書類に七つの上司のお辞儀ハンコを集めることができたら願いが叶うぞっ」

「そんなぁ、サトシじゃあるまいし」

「そこは鳥山明だろっ」

「孫悟空だよ」

「なんだか時代遅れですねぇ」

「貴様っ、日本一の漫画の巨匠を侮辱するなっ!」

「黙れチャンピオン。とにかく、神様が休職中なので天国行きは不可能です。残る選択肢は輪廻と輪廻と輪廻ですが」

「意地でも異世界転生させたくないんですね。輪廻ってどんなですか?」

「地獄で数千年過ごしたあと同じ世界でミジンコとかなんかテキトーな生物に生まれ変わってイチからやり直しです」

「なにそれおいしい、“鋼の”に転生できるなんて」

「無機物に転生するとは言ってませんよ」

「国家錬金術師です」

「どういう解釈ですか」

「推し活です」

「推し活」

「オレはワイフが永遠の推しさっ!」

「黙れチャンピオン。まあ推しと同じ世界線に転生したいという希望も最近は増えてますから、許可はしませんが理解はしますよ」

「ありがとうリさん! 地獄の数千年も焦らしプレイだと思えば、俄然やる気がでてきました!」

「許可はしてないんですけどなにはともあれ前向きになっていただけてよかったです。錬金術師、万々歳。それでは天城越えさゆりさん、輪廻ですてきなセカンドキャリアを。さよならバイバイ元気でいてね」

「私から切り出したっけじめだからっ」

「キャッチーですねぇ」

「おいそこはキャッチしてくれよっ」

「わたしそのネタ知らないです時代的に」

「それなのにアリスは知ってるんですか」

「貴様っ、日本一の霊界探偵を侮辱するなっ!」

「いやそこはタイトル言えよ」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ワンチャン異世界転生しようと思ったけど無理だった話 松本貴由 @se_13

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ