第179話 花火

~織原朔真視点~


◇ ◇ ◇ ◇


 見渡す限り霧のかかった空間に僕は立っていた。霧がかかっていても少し先までは視認可能だが、何の音も聞こえない。3年生のお化け屋敷のような真っ暗とはまた違った恐さがこの空間にはあった。そして霧の先に父さんと母さんと萌が見える。


 僕は家族の元へ走る。


「母さん!父さん!萌!!」


 しかし距離は一向に縮まらなかった。


「待ってよ!僕を置いてか……」


 その時、僕は足を止める。


 ──置いていったのは…僕もじゃないか……


 遠くにいた筈の萌が僕の近くにやって来た、そして優しい口調で僕に言う。


「お兄ちゃんのせいじゃないよ。色々なことが偶々たまたま重なっちゃっただけなんだよ…だから、もうさ……自分を許してあげて」


◇ ◇ ◇ ◇


 目を覚ました。僕は横になった身体を起き上がらせる。重力によって瞳に溜まった涙がこぼれ落ちた。


「それでも僕は、僕を許せない……」


─────────────────────


~一ノ瀬愛美視点~


 織原君の声が聞こえた。何を言っていたのか聞き取れなかったが、私は薙鬼流さんと保健室のベッドを仕切るカーテンを開ける。


「織原くん!!」

「先輩!!」


 まだ文化祭の途中だった。華多莉ちゃんのLIVE中、舞台袖で倒れた織原君を私達で保健室に運び、今に至る。織原君の起きたちょうど今、華多莉ちゃんのLIVEが終了したようだ。


「大丈夫!?」

「大丈夫ですか!?」


 織原君は虚ろな表情をしている。起きたばかりというのもあるが、織原君は精気のない表情をしていた。夕陽も落ちて彼に差す黒い影が余計強調されているように見えた。


 織原君はここが学校の保健室だと悟り、言った。


「帰る……」


「で、でも今ちょうど華多莉ちゃんのLIVEも終わったみたいだし、華多莉ちゃんの所に行かない?」


「いや、帰らせて、ほしい……」


 その言葉は非常に冷ややかなものだった。私と薙鬼流さんは顔を見合わせる。


 薙鬼流さんは言った。


「た、確かにこれから大変なことになりそうですもんね!帰ってしっかり休んだ方が良いと思います!でも私達に何かできることがあればなんでもしますから、その時は頼ってくださいね!!」


 私もそれに同意した。


 織原君はクラスメイトだけでなく、世界中の人々にVチューバーのエドヴァルドであることがバレてしまった。


 既にSNSには様々な憶測、憶測の憶測が飛び交っている。


 これからどのようなことが起きるのかとても心配だ。そんなことを考えていると、織原君はベッドから起き上がり、立ち上がる。表情は相変わらず虚ろなままだ。


 私と薙鬼流さんは織原君が保健室から出ていく背中をただただ見守ることしかできなかった。


 織原君の姿が見えなくなったその時、外からドーンと花火が打ち上がる。


 織原君と見たかった花火。


 今日1日だけで色々とあった。夕闇に瞬き、散っていく火花が私にとある解答を突き付ける。何故、彼の後ろ姿を追えなかったのか。


『どうしても力になりたいんだ。好きな人の為に……』


 ──そうだ。終わったんだ…私の恋が……


─────────────────────


~音咲華多莉視点~


 LIVEが終わり、たくさんの人に見送られながら私は病院へと向かった。本当は織原に会ってお礼やら何やら色々と言いたかったが、先に帰ってしまったとのことだ。


 私は私で、事故現場に置いてきてしまったマネージャーの加賀美のことが心配だった。


 スマホのない私はなんとか事務所に連絡をとり、加賀美の治療先である病院へと向かった。


 幸い大した怪我はしていないとのことだった。意識もあり、加賀美は病院のベッドで私のLIVE配信を視聴していたようだ。


 上手く喧嘩できた?という問いに私は肯定の返事をした。加賀美が観ていたのは私のLIVEからだった為にエドヴァルド様のことについては尋ねられなかった。その後警察に事故の件についていくつか尋ねられた。


 しかし私は心ここにあらずと言った対応になる。何故なら、織原朔真のことが気になるからだ。


 彼のおかげでお父さんにLIVEを観てもらえた。いつもの冷ややかな反応とは違って、お父さんのそれはとても温かいものだった。無事に海外へ飛び立ったお父さんから連絡があり、私に新しいボイストレーニング先の紹介までしてもらえた。


 織原には感謝してもしきれない。


 ──今までもそうだ。


 彼は私の為に命をかけてくれた。それなら私も彼の為に命をかけたい。その為には、まずSNSで彼にどんな言葉が投げ付けられているのかを知る必要がある。


 警察から届けてもらったスマホを覗くのが恐かった。私を助けてくれた希さんにお礼の言葉を送り、愛美ちゃんや美優と茉優にも返信をした。


 そしてSNS。


 自分のエゴサーチでさえも今までなるべくしないようにしていた。完璧で洗練された人に対しても冷たい言葉が投げ掛けられる昨今、不完全で荒削りな私にはそれ以上の言葉が投げ付けられる。それが自分の好きな人に対しても同じことが当て嵌まる。自分から傷付きにいくことはなるべくしたくなかった。


 しかし私は勇気を出して、SNSの検索ワードにエドヴァルドと打ち込んだ。そして目を見開き身バレした彼が今、世間からどう思われているのかを確かめる。

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