第180話 赤い蔦

 〉エドヴァルドが高校生とか意外過ぎ!


 〉見た目めっちゃ陰キャやったなwww


 〉かたりんはコイツがエドヴァルドだって知ってたんか?


 〉知らなかったんじゃね?


 〉知ってただろ?


 〉ワイ、同じ高校やけど名前も顔も知らん


 〉名前はよ


 〉ホイ、織原朔真


 〉↑有能


 〉かたりんと付き合ってたら○ろす


 〉コイツまだ16とか17なのに22時以降普通に配信してね?


 〉労基違反


 〉個人事業主なら違反じゃなくね?これがラバラブとかブルーナイツに所属してるライバーだったらアウトっぽいけど


 〉そのうち規制される


 〉動画投稿サイトにもよるけど年齢制限があって、OKなところとOUTなところがある。


 〉エドヴァルドが配信してるプラットフォーム普通に年齢制限あるで?


 〉はい。規約違反でアウト^^


 〉年齢詐称してたんやな


 〉犯罪者じゃん


 〉警察は?


 〉は?そんなやつを富士見テレビはろくに調査せずに出演させてたん?


 〉さすが蛆……


 〉もともと魅力0だった

 

 〉正直かなりがっかり


 〉エドヴァルドどうなるんですか?


 〉ふつーだったら垢BAN


 〉オワタ\(^o^)/


 〉ざまぁ

 

 〉ブルメンには迷惑かけんなよ


 〉確かに、垢BANはしゃーないにしてもコラボ相手だったVやストリーマーに迷惑かけたんわ罪だな


 〉てかなんで歌ったんww?


 〉俺すげぇ、やりたかったんじゃね?


 〉アホウだから

 

 〉人気でて勘違いしちまったんだろ?

 

─────────────────────


~音咲華多莉視点~


 昨日の文化祭を終え、早朝の学校にやってきた。昨日の夜に私は愛美ちゃんにラミンをして色々と訊きたいことがある旨を伝えた。すると彼女は早朝の生徒会室で話したいと私に返信をくれた。


 織原にもラミンを送ったが返信はない。それは愛美ちゃんも同じようだ。


 学校内は朝の空気もあってか、昨日の文化祭をいつまでも忘れないようにその名残をとどめているように見える。


 色々な感情を抱きながら生徒会室の前に到着した私は、扉をノックした。


「どうぞ」


 静かな校内、中から微かに愛美ちゃんの声が聞こえた。私は扉を開ける。この部屋に入るのは2度目だ。あの時とは状況が全く違う。


 レザーソファに愛美ちゃんが座っていた。その表情は黙秘を貫いていた被告人が全てを話そうと、長い沈黙から解放された人がするそれだった。


 私は何も言わず、彼女の前に向き合って並べられたレザーソファに腰掛ける。


「ごめん」


 と愛美ちゃんは呟いた。私は首を振りながらその謝罪を拒絶した。


「謝らないで!」


「私、全部知ってた。織原君がエドヴァルドさんだって。でも黙ってた」


 私はうん、と頷いて彼女の告白を受け入れた。


「普通言えないよね。そもそも本人が皆に言ってないんだし…でもどうやって織原がエドヴァルド様だってわかったの?アーペックスの大会がきっかけ?」


「お互いを認知したのは大会だけど、私が知ったのはもっと前、1年生の時、織原君がたまたま電話で妹さんと喋っているのを聞いて、それで調べた……」


「え?たったそれだけで見付けたの!?ちょっとしたホラーじゃん!!」


「ぅっ…良いじゃん…好きなんだし……」


 視線を斜め下に下げながら愛美ちゃんは呟いた。私は立ち上がり、愛美ちゃんの隣に座って、彼女を抱き締めた。そして今度は私が告白する。


「私もアイツのことが好き……」


 そう言って、暫く抱き締めたあと、私は愛美ちゃんの隣に座ったまま胸中を語った。その方が愛美ちゃんの視線を感じなくて話しやすかった。


「…で、でもね。私のせいで織原に身バレさせちゃって、私が彼を殺しちゃったみたいなものだよね。今の炎上も、私が引き起こした……」


「華多莉ちゃんのせいじゃないよ!!」


「ううん、私のせい…だから、何とかして織原の力になりたいの。私のせいだから……じゃないか…好きな人の為に、力になりたい」


 すると愛美ちゃんが笑った。私は愛美ちゃんを見る。彼女は笑っていながら少し悲しそうにしていた。まるで愛美ちゃんが2人いるみたいだった。


「織原君とおんなじこと言ってる」


「え?」


「あのLIVEの時、華多莉ちゃんのお父さんが帰りそうになった時、織原君言ってた。好きな人の為にどうしても力になりたいって」


 私の胸の中に温かい何かが芽生えた。それは名状しがたい幾つもの感情だと思う。嬉しさ、共感、赦しと勇気、それと愛美ちゃんの気持ち。私は彼女をもう一度抱き締めた。今度はさっきよりも強く。言葉にしなくても私の感情の全てが彼女に伝わるように。 


 私達は暫く抱き合うと、教室へ向かった。


 クラスメイト達が私達に話し掛けてくる。昨日の文化祭のこと、織原のこと、事故のこと。私が答えずらそうにしていると、皆がそれとなく察してくれた。渦中である織原がまだ来ていない。


 しかし今日、彼は学校を休んだ。


 彼のとったその選択に納得したが、ネット上では相変わらず酷い言葉が並べ立てられていた。私との関係やどうしてあの場で姿を晒して歌を歌ったのか、その憶測などが語られている。


 織原にラミンでメッセージを送ってもやはり何も返ってこない。


 織原の為に何かをしたい。炎上中の彼の為に。


 気が付けば私は学校を抜け出して、織原の家へと向かっていた。


─────────────────────


~織原朔真視点~


 文化祭の次の日、僕は学校を休んだ。


 毎秒で通知が来ていたSNSのアカウントを通知offに切り替える。殆どが誹謗中傷と罵声だった。昨日の出来事はネットニュースにもなり、そこのコメント欄でも僕の年齢詐称についての批判とコラボ相手に迷惑をかけたことに対しての怒りなどがあとをたたなかった。


 Vチューバーとして成功していた僕が、落ちていく様を待っていたかのように嬉々として罵詈雑言が投げ付けられる。チャンネル登録者が増えたのはここで落ちていく僕を見るために登録したんじゃないのかと思えてくるほどだ。


 まるで社会全体が僕を否定しているようだった。


 窓からいつもの自宅での景色を眺める。見慣れた景色の筈なのに、違って見えた。灰色の曇り空が僕の心を押し潰す。道行く人々がSNSで今まさに僕を攻撃してきているんじゃないかとも思えてきた。


 これはステージに立った時に覚悟していた筈だ、しかし僕はとある事実に直面している。


 僕は萌を見た。萌も学校を休んでいる。学校へ行けば自分の兄についてあれこれと詮索されたり、嫌がらせを受けたりするかもしれないから休んでいる、のではなく。昨日からの体調不良が続いているのだ。


 一ノ瀬さんや薙鬼流、音咲さんに松本さんから心配のラミンが来る。しかし僕は返信をしていない。する気力がないのだ。そのことについて考える気力がない。勿論、配信をする気力もなかった。本来だったらいち早く配信をして年齢を偽ったことや迷惑をかけたコラボ相手に謝罪をすべきなのだろうが、そのことを考えると胸が苦しくなる。炎上していた薙鬼流に対して、偉そうに助言していた自分が恥ずかしい。


 気力がない。瞼が重たい。徐々に治りかけていた対人での発作が今、常に起きているような感覚がする。


 心が死んでいく。暗い心の奥底に沈んでいく。この感覚を僕は知っている。


 しかし、そんな状態でも腹は減る。


 僕は、腰の曲がった老人のように時間をかけて立ち上がった。


「ご飯買ってくる」


 布団に潜り込んでいる萌にそう言い残すと、僕は近くのコンビニに足を運んだ。


 外へ出る。


 通り過ぎる人達、止まっている車、その全てが僕を監視している。頭上を飛ぶ鳥が僕を嘲笑っているようにさえ見える。冷や汗と動悸が僕を襲った。


 早いとこ食べ物を買って帰ろう。コンビニに入って品物を幾つか購入した。


「レジ袋いりますか?」


 ビクリと僕は反応してしまう。僕の反応に店員さんは驚く。僕は吐き気をもよおした。冷や汗が苦しみに耐える脂汗に変化した。僕は首を縦に振る。


 何とか目的の品物を買ってコンビニをあとにした僕は、家に向かって歩き始めた。


 家に到着すると、萌はまだ寝込んでいた。


 ──そうか、風邪薬を買ってこよう……


 買ってきた食べ物を玄関に置いた。


「腹減ったら適当にそれ食べといて」


 聞いているのかいないのかわからないが、僕はドラッグストアを目指して再び外へ出た。 


 何とかドラッグストアで目的の風邪薬を手に入れた僕は家に向かって歩いた。ドラッグストアの店員さんの声にもビクついてしまった。


 帰り道を歩いていると、甲高く鳴り響く消防車のサイレンが聞こえる。その大きな音にも僕は自分が追いたてられている錯覚に陥ってしまう。


 構わず歩いていると消防車のサイレンが幾つも重なって聴こえるようになった。どこか焦げ臭い。この近くで火事が起きたようだ。


 僕を追い越す消防車、その後を追うように救急車も走ってきた。どうやら火災現場は僕の家の近くのようだ。焦げ臭さが増していく。煙も視認できるようになった。


 ──僕の家の方角……


 胸騒ぎがした。殆どが杞憂に終わる僕の胸騒ぎだが今回は違う。僕は走った。道行く人々は不安そうな表情をしては火事の起きた木造アパートを見ている。


 僕の家だ。僕の家が燃えていた。


「萌……」


 僕は走った。


 消防車が折り重なるように止められ、消火する隊員と野次馬を制する隊員。僕は野次馬とその消防隊員をすり抜け、火の手が上がった僕の家を僕は目の当たりにする。まるで赤い蔦が絡み合うかのように火が家を飲み込もうとしていた。


 もうサイレンの音は聞こえない。代わりに炎が僕の大切なモノ達を焼き尽くす音が聞こえる。それは外から、そして僕の内側から聞こえてきた。

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