第178話 今までと私
~音咲華多莉視点~
タイトルは『今までの私』にしていた。自分の過去から卒業していくようなイメージで作った曲だからだ。しかしここにくる道中、私は考えさせられた。
それは『今までの私』がいなければ決してここへはたどり着いていないからだ。
──ドラマや映画で教わったこと。アイドルとして有名だったからこそドライバーさんが私に協力してくれた、希さんだってそうだ……それに、ララとしてエドヴァルド様を応援していたから織原が助けてくれたんだ……
私は舞台袖にいる倒れた織原をチラリと見てから前へ向き直った。たくさんの観客が私を見ている。お父さんもまだいる。
──曲名変更!歌詞も少しだけ変えなきゃ!!
私はMCをせずにいきなりタイトルコールから入る。
「聴いてください『今までと私』」
私は過去の私と共に、今までの人生をお父さんにぶつけた。
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~伊手野エミル視点~
体育館の真ん中の前列で椎名町45の音咲華多莉さんこと、かたりんの歌を聞いていた。先程まで人気Vチューバー、エドヴァルド・ブレインさん、彼の正体とその歌声に驚いていたが、今はかたりんの歌が私の心を埋め尽くす。
普段のアイドルソングとは違い、しっとりとしたバラード調でコンテンポラリーダンスのようなゆったりとした柔らかい緩急のついたダンスを躍りながら歌う彼女に、私は目を離さずにはいられなかった。その歌声は実に艶やかで、それでいて胸に訴えかけてくるものがある。
誰かの歌を聞いてそう想ったのは初めてのことだ。さっきまでのエドヴァルドさんの歌は、洗練されていて、圧倒され、惹き付けるものがあったのは確かだが、かたりんの歌には共感を喚ぶ何かが存在した。
「♪︎私の中の 過去と未来 捨てた筈の思い出が 明日の私に問い掛けた♪︎」
かたりんの歌を聞いていた私は、不意に広告代理店で働いていた時のことを思い出した。
今でも、ブラック紛いな働き方をしていたあの時のトラウマを思い出す。今でこそブルーナイツに所属できてとても幸せな想いをしている私だが、もっと前からこのVチューバー業界にいたらと思うことがよくあった。
──だけどあの時の私がいたから行動に移せたんだ。
かたりんの歌を聴いて、私は蓋をしてしまった過去の私と、Vチューバー伊手野エミルが握手をしている光景を想像することができた。
──あぁ、涙が……
私は鼻をすすりながら、ぼやけた視界で彼女の歌とダンスを鑑賞する。
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~ぼっち組・渡辺視点~
僕と同じ冴えないクラスメイトが人気Vチューバーのエドヴァルド・ブレインだった。単純に驚いたし、嬉しくもあった。僕と同じ、目立たないクラスメイトが、あんなにも格好いい歌を披露したのだ。
もしかしたら僕も頑張れば彼のようなVチューバーになれるかもしれない。
そんなことを思っていると、同じクラスメイトの音咲華多莉のLIVEが始まった。
同じクラスの織原とは違って、親しみはない。高嶺の花、住む世界が違いすぎる人だ。
しかし彼女の歌が始まると、途端に僕は親しみを覚えた。いつものアイドル然とした歌い方やダンスではなく、何だろう、上手く表現できないけれど、椎名町のかたりんではなく、僕と年齢がかわらない同い年の女の子、音咲華多莉として歌っているみたいだった。
歌詞を聞いている限り、彼女は彼女で思い悩み、それでも必死に明日に向かって走っているようなそんな歌だった。
──僕は今まで生きていてそんなことを思ったことがあっただろうか?
結局容姿や能力で学校生活の全てが決まると諦めて、僕は何もしてこなかった。失敗するのが恐くて、誰かの呟きや創作に悪態をついては、やりたかったことから逃げる自分を肯定していた。
織原や音咲さんの歌を聞いて、なんだか色々なことに対しての意欲が湧いてくる。
──僕もいつか2人みたいに……
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~音咲鏡三視点~
朔真君の歌った素晴らしくも洗練された声とは違い、か弱い声、喉に力の入った薄い響き。巷ではそれを透き通った良い声なんて評するものだから頭を抱えざるを得ない。それに自分で作ったとされる稚拙な旋律に歌詞表現。どれもが二流以下だ。ダンスだけはマシだった。といってもそれも二流の域を出ないが。
華多莉の歌声が響く。
「今までの私 今までと私 全てが形作る♪︎」
──しかし、これは……
隣にいるドライバー兼秘書の
「そろそろ……」
私は時計を確認した。時刻はすでに16:41。予定していた時刻より1分オーバーしていた。
私は言う。
「この歌をどう思うね?」
私の問い掛けに、戯れている時間はないという顔を直江はしたが、彼は答えた。
「先程の男の子の方が良かったかと……」
「しかし、見てみろ。観客はもう彼のことを忘れている。表現の全てにおいて劣る私の娘にここにいる者達は夢中なんだ」
「……」
直江の沈黙は、不満ならば早いところここを出てはどうか、こう告げていた。
私はその沈黙に答える。
「しかしこの歌は只1人に向けられた表現だ。今まで華多莉は多くの真似事をしていた。私はそれを嫌っていた。だがその真似さえも自分を形作る一端を担っているのだとこの曲で言っている」
直江は頷きながら疑問を呈していた。つまり、どういうことですか?と。
「つまり、これは私に対するメッセージだ。私だけに向けた表現と言っても良い。表現の対象である私が最後まで鑑賞しなくてどうする?」
直江の困ったような表情が明るくなるのを最後まで見ずに私は華多莉に向き直った。
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~音咲華多莉視点~
オリジナル曲を歌い終えた。
待っていたお客さん達は私に盛大な拍手を送ってくれる。自分の歌に集中していた私はそれで我に返った。
──お父さんは……?
見つけた。私に拍手を送っている。優しい表情で、いつも支援していた人達に向けるあの表情で拍手をしていた。そして手を挙げて、私に合図し、背を向けて体育館の正面出入口へと向かった。
私は溢れだす胸の中の感情を押し止めながら一礼した。
お客さん達はもう一度そんな私に盛大な拍手をしてくれた。そしてMCに入る。
「ここまで大変だったぁ~!!!」
さっきまで歌っていた音咲鏡三の娘から椎名町45のかたりんへと私は変身したのだ。2年生になってクラスメイトに自己紹介をした時もかたりんになったが、あの時とは違って今では前向きに変身することができる。
織原朔真のことは心配だが、今は彼が命を賭けて私のために用意してくれたこのステージを全力で挑むことに専念した。
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~3年生男子視点~
俺はサッカー部のレギュラーだった。大学もサッカー推薦で偏差値の高い一流大学に行くのも決まっていた。
授業中、居眠りをしていたり、友達と話している時、先生に注意のつもりでこの問いに答えてみろと言われても、黒板や教科書を見れば直ぐに正解を言い当てられた。
おまけに顔も悪くない。彼女も中学生の頃から困ったことはなかった。
だからあの時、3年になった初め頃、国民的アイドルの音咲華多莉に告白したんだ。絶対に付き合えると思った。
しかし断られた。
思えばあの時から全てが上手く行かなくなった。
練習中のケガで大学の推薦はなくなり、付き合っていた彼女とも別れ、元々仲の良くなかった両親は離婚。俺を引き取る引き取らないともめにもめている。友達だと思っていた奴らは皆腫れ物を扱うかのように俺と接してくる。
面白くない。面白くない。面白くない。
冷やかしついでに文化祭に来た。みんなが一生懸命取り組むこの行事も、馬鹿馬鹿しくて意味がない。いや生きているのにも意味がない。全てに意味がない。
流れに身を任せて、体育館にやって来た。
音咲華多莉に告白した時に、たまたま近くにいた陰キャがステージで歌っていた。俺に
周囲の生徒達は口々に言っていた。
「エドヴァルド?」
「本人?」
「うまっ」
「格好いい……」
「エドヴァルドってマジ?」
エドヴァルド。聞いたことがあった。音咲華多莉の好きなVチューバーだ。
その時、全てに合点が言った。
アイツ等は元々付き合っていて、俺が音咲華多莉に告った時、アイツはその側にいて俺を笑っていたんだ。そしてわざと俺に絡まれにいって、俺に罵声を浴びせたんだ。
俺をこけにしやがって。
面白くない。面白くない。面白くない。
そう思うと、アイツ等だけじゃない俺を取り囲む全てが俺を笑っているように思えた。
面白くない。面白くない。
アイツが舞台袖にはけていくと、代わるようにして音咲華多莉が現れた。そして歌を歌う。周囲のみんなは最初に出てきた陰キャを見るような恍惚とした表情で音咲華多莉を見ていた。
その時、思った。
──そうだ。全てを壊しちまおう
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