第155話 裏の顔
~音咲華多莉時点~
愛美ちゃんがシロナガックスとしてアーペックスの大会に出たんなら、アイツも林間学校に行きながら出られる。しかも美優曰く、2人でどこかに出掛けたらしい。
──やっぱり、エドヴァルド様は……
私はこの先を言語化できないでいた。知りたいようで知りたくないような。織原に話し掛ければ良いだけの話なのに、今日だって話し掛けることはおろか、まともにアイツを見ることもできなかった。
あれから何度も思ったがワイドデショーでよくエドヴァルド様の楽屋に入ったな、と自分でも不思議に思う。
私は自分の気持ちに蓋をしめるようにロッカーをしめる。
──でもまさかね?そんなわけないよね?
現在私は文化祭でやるゲリラLIVEではなく、前日に名古屋のドームで行われる椎名町45のLIVEの練習をしにダンススタジオに来ている。
ゲリラLIVEのセットリストはその名古屋公演で歌う歌と自分のオリ曲を数曲、あとは誰かのカバーソングで良いだろう。
ロッカールームで踊りやすい服装に着替えたところだ。最近はダンスウェアとしてたくさんのアイテムが販売されている。他にもヨガウェアであったり、スポーツウェアという名前で販売されていることもある。ダンスウェアにもヒップホップダンスのファッションであったり、ジャズダンスのファッションであったりとダンスのジャンルによってそのスタイルは変わる。
私は上下黒のジャージを着ている。上はフードの着いた少しゆったりとしたタイプのジャージで、肩から腕にかけて3本の白い線が入っている。またズボンの両側面にも同じように白い3本のラインが入っている。
そのラインを確かめるように私は姿見の前で半回転を幾度か繰り返しながら自分の格好を確認した。
すると、隣にいた椎名町45のリーダー斎藤希さんが私にアテレコするように声をかけてくる。
「よし!今日も可愛い!!」
私は鏡の前でポージングするのをやめて、90度回転し、希さんの方を向いて言った。
「もう!やめてくださいよぉ~!!」
希さんは黒のレギンスと黒のショートパンツを合わせており、上は私と同じゆったりとしたパーカーを羽織っている。違うのはパーカーの色がピンク色であることだ。希さんは私に抱きつき、この前のワイドデショーについて話してきた。
「ワイドデショーの華多莉ちゃん、ほんっとうに可愛かったよ!」
私はそっぽを向いて言った。
「学校でめちゃくちゃからかわれましたよ」
そっぽを向く私のほっぺに希さんは人差し指をグリグリ押し付けながら言った。
「もう、すねないでよぉ……でもそんな華多莉ちゃんも可愛い♡」
私は希さんを自分から引き剥がした。
「もう行きますよ!?練習始まっちゃいます」
私はそう言うと希さんに背を向けて、ロッカールームから出ようとしたその時、希さんは言った。
「なんか元気ないね」
私は足を止める。希さんは続けて言った。
「気になる男の子とはどうなったの?」
私は背を向けたまま言った。
「た、例えば…例えばですよ?希さんは、自分の理想の人の裏の顔を知ることができたらどうしますか?」
そう言って私は振り返ると希さんはいつもの調子で、主婦が献立を考えるような仕草で思案する。
「…それってさ、最近暴露系ユーチューバーとかが流行ってる原因というか、私達アイドルとか芸能の仕事をしてる人には結構な命題だよね。私達アイドル、つまり偶像が人間に戻る瞬間。シンデレラの魔法が解ける瞬間を見たいかどうか……」
再び希さんは思案に耽る。そして考えながら述べた。
「私の場合、ファンの方達にはアイドルじゃない素の私を見てほしくないけど、見たいっていうファンの気持ちもよくわかるよね」
「…はい……」
私は力なく返事をした。
「ん~私だったら覗いちゃうかな…裏の顔……」
意外な解答に私は少しだけ驚いた。希さんは続ける。
「裏の顔を知れば安心できるというか、理想だと思ってる人も実は自分と同じような1面があるんだって気付ければ、なんだか嬉しくない?」
「嬉しい……」
「たまに表も裏も変わらない人もいるけど、殆どの人は色んな1面を持ってると思うの。犯罪紛いなことをしてたらアウトだけど、それ以外なら私は、知れて嬉しいって思う、かな?でもさその人の裏の顔の情報が人づてとかだとあんまり信憑性ないよね?」
「……」
黙る私に希さんは言った。
「気になる子のスマホか何か拾ったの?」
拾いはしたし、覗こうと思えば覗けた。私はかぶりを振って否定した。考える私に希さんは続ける。
「でもさ例えば、その人が華多莉ちゃんのよく知る人なら裏の顔を、それこそ裏で詮索するのは良くないんじゃないかな?あくまで芸能人とか相手は自分のことを知らないような立場の人なら全然良いと思うんだけど、そうじゃないならきっとその人、裏の情報を調べられたってわかったら良い気はしないんじゃないかな?」
それはそうである。まだまだ確信をしているわけではない。状況証拠がそろっているだけだ。私の演じた探偵や、参考にした探偵達も確固たる証拠が出てきてから推理を本人に聞かせるものだ。
私は探偵のように手に顎をのせるようなポーズで思案していると、希さんが言った。
「…じゃあ今度、文化祭でゲリラLIVEし終わった後に訊いてみたら?」
「な、なんで知ってるんですか!?」
ゲリラLIVEのこともそうだが、その人が同じ学校にいることも何故だか希さんは勘づいていた。
「まぁまぁ細かいことは良いじゃん?」
何故だかわからないが、ゲリラLIVEの方はおそらくマネージャーの加賀美が言ったのだろう。私と希さんは同じ事務所で加賀美とは面識がある。希さんは続けて言った。
「私も華多莉ちゃんの文化祭行っても良い?」
「な、なんでですか!?」
「だってゲリラLIVEのお手伝いが出きるかも知れないし……華多莉ちゃんの気になる男の子もチェックしときたいし…たぶんあの子だと思うんだけどね……」
LIVEを手伝ってくれるというところまでは聞き取れたが、その後の言葉がゴニョゴニョしてて聞き取れなかった。
「え、えっと……つ、つまんないですよ?それに希さんが来たら騒ぎになっちゃうし……」
「大丈夫大丈夫!変装して行くから」
希さんが一度何かを決めたら、それを覆すことは出来ないと私は知っている。
「わ、わかりました……チケットは加賀美に渡しておきます」
うんうん。と頷いて希さんは言った。
「ゲリラLIVEでメロメロになったその男の子に表も裏も洗いざらいきいちゃおう!!」
「で、でもどうやって訊けば良いと思いますか?」
私の質問に希さんは実演してくれるようだ。上目遣いで目をうるうるさせながら彼女は言った。
「あのね♡華多莉ぃ、貴方のことがとっても気になってるの♡♡だから貴方のこともっともぉ~っと教えてほしいニャン♪」
私はロッカールームを後にしてスタジオに向かった。
「ちょっとぉ~!冗談だってぇ~!!」
希さんの声が廊下に響いた。
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