第40話 顔合わせ配信

~織原朔真視点~


 画面には、シロナガックスさんこと一ノ瀬さんの操るキャラクターが進撃の○人に出てくる立体機動装置を駆使するようにワイヤーを使って空中を縦横無尽に移動しながら敵を殲滅している光景が写る。


「うぅわ!うんま!?」

『なにそれ…上手すぎ……』


 僕と薙鬼流ひなみの感嘆の声が配信を彩る。


 〉そんな高速で動いてよく当てられんな

 〉神

 〉えぐいてぇ

 〉シロナガックスだけで勝てる


 シロナガックスさんが最後の1人を倒し、リザルト画面へと移行する。僕と薙鬼流ひなみはというと、同じ部隊を組んでいたというのに早々に殺られ、一ノ瀬さんのプレイングを観戦していた。


「これ俺達いらなくね……?」 

『確かに……』


 画面の右端にエドヴァルドである僕の顔が心なしか俯いているように見える。


 〉うんいらない

 〉薙鬼流ひなみはブルーナイツにもいらない

 〉特にキルヒナがいらない

 〉頑張れよ


 覚悟はしていたけれど辛辣なコメントが流れてくる。薙鬼流ひなみのコメント欄は更に荒れているのだろうと思うと胸が締め付けられた。けれども彼女はリアルとあまり変わらない元気な声を響かせていた。


『えぇ~どうやったらシロさんみたいにプレイできるんですかぁ~?』


 明るく溌剌とした薙鬼流の声とはうって変わり、ボイスチェンジャーによって低くくぐもった声が返答する。


『繰り返しの反復練習と上手い人の動画を観ることですね。あとはその人の動きと自分の動きをリンクさせて──』


『え~一生できる気がしないぃぃぃ!!』


 僕らのぎこちない顔合わせ配信を嬉々とした目で視聴する者がたくさんいる。現在僕とシロナガックスさんの同時視聴数は、僕が3000人でシロナガックスさんが5000人となっている。薙希流ひなみは7000人だ。


 計15000人が僕らの配信を観ていた。


 既に3人の顔合わせ配信から1時間がたったところだ。


 白々しくも初対面のフリをした僕達は挨拶を早々に済ませて、すぐに生き残りを賭けたゲームを始める。


 顔合わせ配信はまず、お互いどういった人物であるかを把握する必要がある。どの程度ツッコンで良いのか、どのような発言で笑うのか、どう言った人物なのか。


 協力するゲームにおいてコミュニケーションは必須だ。会話だけでなくプレイスタイルも重要な要素となる。大体は当たり障りのない会話と気を遣ったプレイと物言いに終始する。


 強い言葉や同じチームメイトに責任を負わせるような言い方は御法度である。それだけでチームの空気が悪くなるだけでなく、各々に付いているリスナーは強い物言いに嫌悪感を抱き、炎上する恐れがある。


 しかし僕らは本当の顔合わせを今日の夕方に済ませ、既に炎上中の薙鬼流ひなみのおかげで話題に事欠かない。というのも彼女が話題や大袈裟なリアクション等を率先として担ってくれているのだ。流石は炎上しているとは言え、大手事務所『ブルーナイツ』に所属するだけはある。僕と一ノ瀬さんことシロナガックスさんは感心していた。


 薙鬼流ひなみがまたしても話題を提供する。


『あ!私達のチーム名何にします!?』


 アーペックスの大会では3人のユニット名が名付けられる。3人の親交をより深めるためでもあるが、視聴者さんが僕ら3人のことを検索しやすくするためでもあった。


 僕は答える。


「ん~何でも良いかな」


『エド先輩は『何でも良いかな』ですね?』


「ち、違うわ!そういう意味で言ったんじゃないって!!」


 実際そんな適当なチーム名になることも少なくない。


『シロさんは?』


 薙鬼流ひなみはシロナガックスさんに振る。


『ん~と、3人の最初の文字をとって…え・な・し……』


 エドヴァルドの『え』に薙鬼流の『な』にシロナガックスの『し』を合わせたチーム名。


『えなし……!?えなしかずき!?』


「誰だよ!!」


 〉シロナガックスと愉快な仲間達は?

 〉草

 〉渡鬼

 〉そんなこと言ってもしょうがないじゃないか

 

 えなしかずきのイメージがどうしてもついてしまったので、シロナガックスさんの案は却下された。僕は薙鬼流ひなみに尋ねた。


「薙鬼流さんの案は?」


『やだ…エド先輩ったら……ひなみって呼んでくださいよ』


「炎上するからやめてください」


 〉もう炎上しとる

 〉もう手遅れ

 〉エドに色目使うな


 え~っと、と考える間を置いてから薙鬼流ひなみは答えた。


『私達らしい名前がいいですよね……』


 私達らしい名前。高校生らしい名前?いやいや僕とシロナガックスさんは実年齢を明かしてない。


『私とエド先輩は鬼じゃないですかぁ?』


「鬼?まぁ確かに吸血鬼とは言うもんね……」


 エドヴァルドは吸血鬼でありながら悪を払うエクソシストを担っている設定だ。


『鬼って悪いイメージもあるけど、神聖なものとして崇められてたこともあるんですよねぇ、吸血鬼のエド先輩も人間に忌み嫌われながらエクソシストとして人間の為に行動してますよね?』


「まぁ、そうだけど……」


 よく勉強してるな。と僕は思った。これは妹の萌が考えた設定だ。吸血鬼とはそもそも、死者が生前に犯罪を犯した、神や信仰に反する行為をした、惨殺された、事故死した、自殺した、葬儀に不備があった、何らかの悔いを現世に残している、などの例が挙げられる。また、これらの理由以外にも、まったく不可解な理由によって吸血鬼になることもあり、東ヨーロッパでは葬られる前の死体を猫がまたぐと吸血鬼になるとされた。

 

 猫がまたぐ云々はおいといて、それ以外は僕にぴったりな設定だった。しかし何故、エクソシストとして人間を助けるのか、僕にはそれが理解できない。萌の気紛れな設定に僕は頭を悩ませた。結局エクソシストであるという設定は僕の中であまり機能せず、ここまできている。


 薙鬼流ひなみは言った。


『そういった良いイメージと悪いイメージを併せ持つ私達を表したその……陰と陽というか明と暗というかそういったモノをチーム名にしてみても良いのかなって……シロさんはどうしてシロナガックスっていう名前にしたんですか?』


 そういえば、一ノ瀬さんはどうしてその名前にしたのか僕は気になった。クラスメイトからマナティという愛称で呼ばれているから海の生物繋がりでそういう名前にしたのだろうか?しかし僕にコメントやスパチャを送ってくれたアカウント、彼女はスターバックスさんでもあるのだ。このことから彼女のネーミングセンスは独特なモノだとわかる。


『私は…単純にクジラが好きだから……』


 僕は新喜劇のようにPCの前で頭をがくりとさせてコケた。画面に写るエドヴァルドも同じような仕草をする。


『でも薙鬼流さんの言っていることに当て嵌めることもできます。例えばクジラ座という星座があるのですが、その星座はギリシャ神話に出てくるケートスと呼ばれる海獣です。またハーマン・メルヴィルの小説『白鯨』に出てくる鯨、モビー・ディックは神そのものとして描かれていたりします』


 〉ワン○ース?

 〉白ひげの船の元ネタね

 〉テニスの王○様の話?

 

『白鯨ってなんか漫画の技名みたいでかっこいいですね!!じゃあそんな感じで良いチーム名ないですかぁ?』


 僕は考える。


 ──明暗。陰と陽。陰キャと陽キャ……


 色々な単語が頭の中を駆け巡ると同時に、コメント欄から様々なチーム名の案が流れては消えた。その時、シロナガックスさんが呟く。


『キアロスクーロ……』


「え?」

『ん?』


『チーム名。キアロスクーロとかどうですか?』


『どういう意味ですかぁ?』


『イタリア語で明暗という意味です。絵画での表現技法としてよく使われる言葉で、レンブラントとかカラヴァッジョとかの絵画を論評する時に用いられますね』

 

『「キアロスクーロ……」』

 

 僕と薙鬼流ひなみは言い慣れないその言葉を同時に口ずさみ、その感触を確かめた。


『良いじゃないですか!中二病っぽくて!!』


 僕もシロナガックスさんの意見を肯定した。


「キアロスクーロでいきましょう!」


 キアロスクーロ、正にそれは僕とエドヴァルドのことを言い得ている。


 チーム名が決まったことで、僕らは配信を閉じた。


 そして通話をそのままにして、僕らは林間学校の話をした。


 僕ら2年生は、大会当日林間学校へ行く。それなら林間学校を行くのをやめるかと僕は生徒会室で提案したが、一ノ瀬さんは僕がエドヴァルドであることが音咲さんにバレそうになっていることを僕から聞くととある提案をしてきた。


 僕は一度考えさせてほしいと言って、その提案に対する返事をこの配信を終えてからすると伝えていた。


 そして僕は言う。


「妹と相談した結果、もう一ノ瀬さんの言う通りにしようかと思うんだけど……」


 薙鬼流が僕の言葉に賛同する。


『それしかないですよね?』


 一ノ瀬さんが言った。


『わかりました。私も色々と手配しますね』

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