第41話 仲間
~織原朔真視点~
早朝の学校は今までにない角度の朝日を浴びていて、いつもと違うように見えた。校庭や体育館には部活の朝練をしている生徒達の声が申し訳程度に聞こえてくる。校舎内はというと人が少ないせいか、廊下を歩く足音がいつもより大きく響いて聞こえた。
僕は昨日、初めて入った生徒会室にもう一度入る。まだ2回目だというのに、妙にこなれた動作でドアノブを回した。1回目と2回目では心構えが違う。初めて入るお店や初めてやる配信は勝手がわからずストレスが溜まるものだ。初めてやる何かというのは僕にとって何かとハードルが高い。何も手をつけていないのにあれが必要でこれにはお金がかかってと、調べるだけで一苦労だ。萌がいなければVチューバーをやろうなんて思わなかっただろうな。
扉を開けると、中から薙鬼流ひなみと一ノ瀬さんが僕を迎える。薙鬼流はソファに寝そべって、短いスカートから伸びた細い足を遊ばせ、僕を見ながら言った。
「先輩遅いですよ!!」
次に窓の景色を眺めていた一ノ瀬さんが僕に視線を合わせながら言った。
「おはよう、織原くん」
「おはよう」
僕は手を振りながら応えた。
「あ!私にも振ってくださいよ!!」
薙鬼流ひなみは朝から騒がしかった。僕はめんどくさそうに手を振った。
「なんですかその、濡れた手の水をきるような振り方は!!」
「いや、虫を払うように振ったつもりだったんだけど……」
「キィ~~!!!!!」
革のソファにどっしりと座る僕の背後から薙鬼流ひなみがヘッドロックを決めてくる。この!この!っと言った具合で首を絞めてくるが、僕は構わず続けた。
「当日はどんな感じになりそう?…そのぉ、部屋ってやっぱり……結構するよね……?」
「え?」
一ノ瀬さんが赤面しながら疑問を呈する。
「どうしたの?」
僕は訊いた。
「……結婚するって、言った?」
一ノ瀬さんは赤面しながら自分の聞き取った言葉を言った。僕は慌てて訂正するが、ヘッドロックをきめてくる薙鬼流ひなみの締め付けが苦しくなり、言葉に詰まる。
「っいつまで絞めてんだ!!お前のせいで一ノ瀬さんが変な聞き間違いしただろ!?」
僕はそう言って、ホールドを解き片手で彼女の首を絞め返す。そして一ノ瀬さんの言葉を訂正した。
「部屋の値段って結構するよね?って聞いたんだけど……」
「そそそ、そうだよね……」
俯き、視線を反らす一ノ瀬さんは、今度は正しく聞き取った僕の質問に答える。
「ネット回線と機材が置けるぐらい広い部屋だから値段からしたら、食事なしで一室2万8000円かな」
──2万8000円…お金のない僕からしたら痛い出費だ……
僕がそう考えていると、現在首絞め中の薙鬼流ひなみが苦しそうな、そしてなまめかしい吐息を漏らす。
「あっ…はぁっ……♡」
僕は我に返って、絞めている手を離した。
「ご、ごめん…忘れてた……」
薙鬼流ひなみは、首もとを抑えながら涙目になって言った。
「はぁ、はぁ、今度はもう少し強く絞めて貰っても良いですか?」
新しい性癖に目覚めた彼女を見て、僕は恐ろしい気持ちになった。
──なんでVチューバーやってる人って首絞め好きなんだろ……
新しい偏見を蓄えた僕は言った。
「あとPCの運送代もかかるよね?そうなると4万くらいは覚悟しなきゃだな……」
その言葉に一ノ瀬さんが反応する。
「いやいや!!推しにお金を払わせるわけにはいかないです!!私に貢がせてください!!」
貢がせてほしいと言い放った彼女の口元から一瞬、涎のようなモノが垂れたのを僕は見逃さなかった。彼女は慌ててそれを手の甲で拭う。
──そうだった…彼女はシロナガックスさんという仮面だけでなくスターバックスさんという仮面も被っているんだ……
収益化して直ぐに、投げ銭をこれでもかとしてくれていたのを思い出す。
──てっきり物好きな社会人だと思ってたんだけど、同じクラスの女子だったなんて……
「流石にそれはダメだよ!僕の問題なんだから──」
すると薙鬼流が僕らの会話に割って入ってきた。
「ていうか先輩!私達キアロスクーロ、同じ仲間なんだから頼ってくださいよ!!」
その言葉に僕は、感情を奮わせる。しかし薙鬼流にそれを悟られるのは癪なので必死に隠しながら言った。
「ん~そう言ってくれるのは嬉しいんだけど……」
「てか、当日私もそこに行きますから3人で割れば1人1万ちょいくらいですみますよね?」
薙鬼流ひなみの言葉に僕と一ノ瀬さんは驚く。
「は!?」
「え!?」
「だってぇ!先輩達2人で林間学校楽しんでぇ、夜に部屋抜け出しておんなじ部屋でアーペックスやるとかズルいです!!私も入れてくださいよ!!同じ仲間なんですから!!」
駄々を捏ねるように、両手を上下にブンブンさせながら言う薙鬼流に僕は言った。
「別に、行きたくて行ってるわけじゃ……」
「それに!!当日PCを組んだりするのに時間かかったりするじゃないですかぁ?私が先に部屋に行って準備を進められたら効率良くないですかぁ?」
僕は一ノ瀬さんに目を合わせた。彼女は困りながらも静かに頷く。薙鬼流ひなみの言い分に納得したのだ。
当日、心配で仕方ないが僕は了承の意を示した。
「やったぁ~~!!!」
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