第39話 シロナガックスの正体

~織原朔真視点~


 歴史のある生徒会室。床には塵一つ落ちていない綺麗に清掃の行き届いたこの場所に、到底相応しくない言葉が語られた。


「私がシロナガックスなの!!」


 学業にいそしむこの学舎とは相反する娯楽。ゲーム。ましてやプレイヤーを撃ち殺すゲームだ。そこで語られる伝説のプレイヤーの名前を一ノ瀬さんが叫んだ。


 僕は理解するのに時間を要する。


 彼女が最近FPS界隈で名を轟かせているシロナガックスであるなんて誰が信じられる?確かにシロナガックスさんは声を変えて配信しているし、女性であるかもしれないと噂されたこともあった。しかしそんなシロナガックスさんが女子高生で尚且つ生徒会に入っていて、僕と同じクラスだなんて思いもよらなかった。いや、嘘である可能性をまだ捨てきれない。


 それを僕の隣にいる薙鬼流ひなみが問い質した。


「そんなの嘘でしょ?」


「嘘じゃありません!!」


「じゃあ証明してみてよ」


 そう返されるとわかっていたのか、一ノ瀬さんは机からノートPCとポケットWi-Fiを取り出して画面を見せた。


 MSIのゲーミングノートPCだ。


 その画面にはアーペックスが起動されていた。確かに待機画面にはシロナガックスさんらしきIDが表示されている。しかし自分のならともかく他者のIDを完全に記憶している者は少ない。


「偽のアカウントでしょ?」


 僕の思っていた言葉が薙鬼流ひなみの口から語られる。

 

 一ノ瀬さんは無言でゲームを進めた。スムーズにマッチングが決まり、一ノ瀬さんと他2名のキャラクターが空中を滑空する。


 僕と薙鬼流ひなみは黙って彼女のプレイ画面を見据える。どこか緊張を孕んだ空気がこの部屋に漂っていた。


 一ノ瀬さんのキャラクターは地上に降り立つと直ぐにアイテムを取捨選択し始める。その早さと正確さを見ただけで彼女がただのプレイヤーではないと僕は悟った。薙鬼流ひなみもそう感じ取ったのか大人しくプレイ画面を見ていた。


 直ぐにアサルトライフル系の武器を入手すると、早速接敵する。一ノ瀬さんはスライディングをしながら敵に近づき、アサルトライフルのトリガーを引いた。


 1down。


 そうそうに1人をダウンさせると、僕と薙鬼流ひなみは一ノ瀬さんが敵をダウンさせた動作があまりに淀みない動きだった為に、敵がダウンするのは当然の成り行きなのだと、錯覚してしまう。


 今度は背後から銃声と共に横殴りの雨のような銃弾が飛んできた。敵の仲間が近くにいたのだ。


 一ノ瀬さんはすぐに遮蔽物の影に隠れる。弾をリロードして、遮蔽物から出たり入ったりと小刻みに左右に動きながら敵の位置を確認した。敵の位置を正確に掴んだ彼女はそのまま左右に動きながら弾丸を放つ。幾つかヒットさせると今度は遮蔽物から出た。またもスライディングで敵に接近した後、その勢いを使って飛び上がり空中でエイムを合わせて敵にダメージを与える。着地してもなおぶれないエイムにより弾丸は敵に命中し続け、最終的にダウンさせた。


 これで2down。


 僕は寒気を覚える。そして呟いた。


「本物だ」


 その言葉に釣られて薙鬼流ひなみは言った。


「う、嘘……じゃあ私達で今度の大会に出るってこと?」


「そうなるな……」


 僕と薙鬼流ひなみの会話を完全にスルーしている一ノ瀬さんはそのままゲームを続けて見事頂点を手にする。


 ダメージ総数6503。


「ふぅー……って忘れてた!これで信じてくれた?」


 僕は頷く。薙鬼流ひなみは納得いかないといった表情だがそれでも頷く。


「これから宜しくね!」


 一ノ瀬さんは屈託のない笑顔を向けながら言った。彼女の正体を知った僕は暫く狼狽えたが、徐々に冷静さを取り戻すと共に気恥ずかしさが増す。


 ──一ノ瀬さんは僕がエドヴァルドだと結構前から気付いていたと言うが具体的にいつ頃からだ?


 僕は多少恐怖感を抱きながらも彼女にそう尋ねると、彼女は答えた。


「ん~1年前の入学式の時かな?」


「そんな前から!?」


 僕は過去にどんな配信をしていたのか思い出そうとしたが、自ら恥ずかしい記憶を辿るのは精神的に良くないと考え、中断する。


 一ノ瀬さんの言うようにそんな前から僕のことをエドヴァルドだと気付いていたのならば、この間のアーペックスで初めてマッチングした時は僕だと思って接してくれていたのか。だとしたらマッチングした次の日学校で、僕に怒っていないかと尋ねてきたのには合点がいく。僕が煽られたと思い気分を害していないか訊いてきたのだ。


 そして──

 

「もしかして、あの時…僕が先輩達に追われてた時も……」


 一ノ瀬さんは鼻と口を両手で覆うようにして隠しながら呟く。


「聞いてた……まさかエドヴァルドさんの生声を学校で聞けるなんて思わなくて……」


 しかしそうなると、彼女は僕と同じ上の階にいた筈なのだが、どうやって僕らに追い付いたのだろうか?僕は一ノ瀬さんにそう尋ねると彼女は答えた。彼女曰く、僕が先輩にもの申した後、一ノ瀬さんのいる階段に向かって僕が迫ってくるのが見えたようだ。その為、先に階段を下りて、途中の階に身を潜めていたらしい。


「上の階から下の階へ向かって下りる際、心理的に一番下まで下りる傾向があって……でももしかしたら途中の階で下りるのをやめて曲がるかもしれないから私は途中の階で来るのを待ってたの。走る織原君に驚いたフリをして後から来る先輩達の邪魔ができると思って…だけど織原君はそのまま下の階まで下りたから私は先輩達が通りすぎるのを待って、挟撃の形をとったって感じで……」

 

 ──FPS脳……


 僕はそう思った。瞬時に状況と地形を把握して最善の手を取る。彼女がシロナガックス足る所以はそこにあるのかもしれない。


「ちょっと!!何の話をしてんの!?」


 薙鬼流ひなみは自分も会話に入れろと割り込んできた。チャームポイントのリボンカチューシャが腹立たしげに震え立つ。しかし僕は無視して次々に沸き上がる疑問を口にした。


「あと、一年前って僕は殆ど学校で声を出してない筈なんだけど、どうしてそこで気付けたの?」


 一ノ瀬さんはぼ~っとした表情を浮かべながら言った。


「はぁ~、生のエドヴァルドさんの声……あっ!えっと校門の前で電話してたでしょ?」


 僕は一年前の記憶を遡る。


 確か、兄の高校デビューを心配してきた妹の萌が連絡してきたのだ。


 ──その時の会話を聞かれていたのか……


「でもそれだけでネットの中の何万といるVチューバーと当て嵌めるのは無理があるんじゃ……」


「ぇ~めちゃくちゃ調べたもん。そんな良い声の人が配信とか歌とか声優とかやってないとおかしいから……」


 僕は寒気を催した。


「で、でもその時の僕のチャンネル登録者数なんて5人とかだったと思うんだけど……」


「…その中の1人が私です……」


「アカウント名は?」


「スターバックス……」 


 僕の脳内に稲妻が走った。


 ──スターバックスさんとシロナガックスさんと一ノ瀬さんが同一人物!?ずっと大手のコーヒーショップが大好きな人だと思っていた……


 僕が戸惑いと感動を味わっている最中、痺れを切らした薙鬼流ひなみがまたも口を挟む。


「いい加減!!もう感動の再会は良いから!!大会の話しよっ!!」


 それを受けて一ノ瀬さんは顔色を変えて言った。


「あっ!!そうだ!!織原くん、今度の林間学校どうするの!?」


 脈絡のない会話に面食らう僕だが、薙鬼流ひなみが更に苛立ちを募らせる。


「今度は何!?大会に関係ないことは今話さないでよ!!」


「関係なくないよ!だって大会当日、私達2年生は林間学校があるんだよ?」

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