12話 7月26日 二人の話 八神大智
七瀬さんと共にやって来た女性の口から衝撃の言葉が告げられた。
「私が本当の婚約者」
そして、俺の事を大ちゃんと呼ぶこの女性は一体……。
どういうことだ……。確かに婚約者が会いに来るとは言っていたけど、二人だったのか? それならせめて時間帯はずらしてほしい…… じゃなくて!
改めて二人の女性を確認する。
一人はエミリア北川さん。先ほどまで俺といろいろ話をしていた婚約者という女性。そしてもう一人は、七瀬さんが連れてきた女性。おそらく昨日、七瀬さんが話をしたという婚約者とみていいだろう。名前を楠瑞穂というらしい。もちろん名前を聞いても何も覚えていない。
二人とも俺の婚約者だという。SNSで俺の動画を発見してわざわざ探しにきてくれている。その時点では記憶喪失になっていることを知らなかったにもかかわらずだ。ということは、少なくとも二人は俺のことを知っている人物のはずだ。
「ちょっと! 急にやってきて本物の婚約者とか。あなた何言ってるの!」
イスから立ち上がったエミリアさんが楠瑞穂と名乗った女性をにらみつける。しかし、そんなことは意に介さないようすの彼女は余裕の表情だ。
「何言ってるもなにも本当の事を言っているだけですけど。それに急にやってきたのはあなたの方じゃないかしら。私はきょう会う約束をしているんですから。ねえ、七瀬さん」
「は、はい!?」
急に話を振られてうわずった声を上げる七瀬さん。
「会う約束をしていれば本物の婚約者になれるとか、そんなシステムないんだけど。っていうか、そんなことを言っている時点であんたが偽物なんじゃない!」
エミリアさんが負けじと食ってかかっていく。
「はあ。大ちゃんの記憶がないことをいいことに騙そうとしている人間が何言ってるんだか」
「それはこっちのセリフ。それと、あたしの
「そっちこそ呼び捨てにしないでもらえるかしら。図々しい」
「はあ。なんだって!」
徐々にヒートアップしてくる二人。今にもお互いがつかみかからんとする勢いに、俺はなすすべなく眺めているだけで、何も言いだすことすらできない。
何だこの状況は……なんでこうなってる……
そんなことを考えても意味がないのは分かっているが、どうすることもできない。これがパニックというやつか。
「あ、あの……お互い八神さんとの関係をもう一度整理してみませんか……」
その声の主に二人の女性が振り返る。
「ひっ!」
二人の女性の視線を浴び、表情をひきつらせた七瀬さんがひっそりとたたずんでいた。
そういえば七瀬さんがいたんだっけ、あまりの状況にすっかり忘れてしまっていた。
こんな状況に巻き込んでしまって申し訳ない。と思っていると、「さすが七瀬さん」と楠瑞穂という女性がその意見に賛成したようで、「そうだ。ここはひとつ七瀬さんにこの場を仕切ってもらいましょう」と言い出した。
「え!? わたしはそんな……」
ますます表情をひきつらせ、焦る七瀬さん。しかし、そんな七瀬さんをよそに、「確かに、こういう場合は第三者に間に入ってもらう方がよさそうね」とエミリアさんまでその意見に同意する。
今まで言い争ってたのに急に意見が合うんですね……。だから女性は恐ろしい。
もはや七瀬さんに断る選択肢はないようで、「わかりました……」と首を縦に振るしかない。
本当に申し訳ないとは思っているが、実際間に入ってもらえないとこの場が収拾しそうにないのも事実だ。
ごめん七瀬さん。
心の中で謝りつつ、はたして四人の話し合いが始まるのだった。
七瀬さんに間に入ってもらい話し合いをすること一時間。俺は二人の女性との関係を詳しく聞き終えた。聞き終えたのだが、これと言って進展がなかった。
「うーん……」
七瀬さんも頭を悩ませているようだ。
というのも、二人の話の内容には共通点が多く、どちらが嘘をついているかなど判別ができないし、そもそも二人とも嘘をついていたとしても、俺の記憶がないのだからわかるはずもない。
まずエミリアさんの話では、俺に身内はなく孤児院で育ったらしい。成人してからはフリーのエンジニアとして仕事をしていて、その仕事きっかけでエミリアさんと出会ったようだ。そして意気投合しお互い付き合う事となり婚約することになった。
一方、楠さんの話でも俺が孤児院育ちで身内が誰もいないのは同じ。仕事は株で一発あてたらしく、それがきっかけでデイトレーダーをやっていたそうだ。楠さんとの出会いは俺がナンパしたらしい。結果、婚約までにいたる。
二人の話を要約するとこんな感じだ。どちらの話でも俺に身内はなく孤児院で育っている。ちなみにその孤児院はすでに無くなったと聞いており、孤児院時代の話もあまりしたがらなかったそうで、場所はおろか名前も教えてもらえなかったそうだ。
また。仕事の違いはあれど、どちらもフリー。出会いにも違いがあるが、どちらも婚約をしているところまでは共通している。
細かく話せば、お互いいろんな思い出話などもあったが、けっきょく俺の個人的なことにつながる情報は何もなかった。
そんなことがあるのだろうか。身内がおらず孤児院育ちで、そのときの事はあまり話していない。唯一話したのはその孤児院はすでに無くなっていること。仕事はフリーのため連絡先も同僚などもいない。
どちらも俺の個人的なことにつながる情報が何もない!
四人とも黙り込んだままだった。
そんな沈黙をやぶるように七瀬さんがいった。「あのう……もう一つの可能性なんですけど……」
三人の視線が七瀬さんに集まる。
またもや注目を浴びた七瀬さん。
「八神さんには悪いんですが、八神さんが嘘をついている可能性もあるかなって……」
「えっ」
思わず声が漏れてしまった。俺が嘘をついているって、どういうことなんだ。俺は本当に記憶喪失だぞ。
俺は七瀬さんを見返した。
申し訳なさそうにこちらを見つめる七瀬さんと目が合う。
「どういうこと、七瀬さん?」
楠さんもエミリアさんも七瀬さんの発言に注目する。
「あくまでも一つの可能性なんで、そのつもりで聞いてくださいね」
全員から視線を注がれた七瀬さんは、そう前置きすると居住まいを正してひとりひとりと顔を見合わせた。
俺が嘘をついているとはどういうことなのか?
俺はかたずをのんで七瀬さんの発言を待つのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます