5話 7月22日 ファミレスにて 七瀬凛

「お疲れさまでしたー」

 時刻は19時。ディスカウントショップ片平の閉店時間だ。

 わたしは店長に挨拶を済ませると、エプロンを脱いでロッカーに放り込む。ホントは着替えをしたいところだけど、片平の事務室には更衣室などという立派なものは備わっていなかった。

 夜とはいえまだまだ暑い。上はTシャツのままでいいとして、下は履き替えよう。作業をしていたジーンズのままではさすがに……。

 とりあえずスカートは用意してきた……というより、あの二人に用意させられたのだが……持ってきているのでそれに着替える。

 ジーンズの上からスカートをはいてその後でジーンズを脱ぐ。別に誰が見ているというわけではないが、何となく恥ずかしい。

 八神さんが来る前に——そう思い手早く済ませて服装を整える。ジーンズは軽くたたんで手提げバッグへ——。

 改めて自分の格好を確認してみる。

「スカートがちょとなぁ……」

 別に変なデザインだとか奇抜な色だとかではない。スカートが似合わないのか、と言われればそんなこともない。実際わたしはスカート派だし、当然私服もスカートが多いのだが……。

 もう一度スカートを確認してみる。

「短くないかな……」

 最初は膝丈ほどのスカートを用意していくつもりだったが、遥とマリアに速攻で却下。膝上20センチのミニスカートを強要させられた。「これで男はイチコロね」などどマリアは相変わらず恐ろしいことを言ってくる。そもそもそういう事ではないんだって!

 初めて誘った食事にミニスカートで行ったらなんて思われるんだろう……。遊んでるやつって思われちゃうかな……。

「はぁ……」

ため息しか出ない。

 そもそも食事に誘うのだって恥ずかしかったのだ。たまたま八神さんが甘いものが好きだったからいいものの、そうじゃなかったらどうやって誘っていたものか……。平静を装ってはいたものの内心はドキドキだったんだから。


「遅くなってすいません。今すぐ準備します」

 振り返ると八神さんが事務室に入ってきたところだった。そして、わたしの姿を見て動きを止める。

 ——やっぱり変な目で見られてるよぉ。

 わたしもそのまま動けない。

「すいません。俺、着替えとか持ってなくて……」

 八神さんが申し訳なさそうにそう言った。

「な、なんだ、そっちか……べ、別に気にしないでください。わたしはたまたまバックに着替えを入れてただけで……」

 変な目で見られたわけではなかったが、たまたまバックにミニスカートを入れている人なのか、と思われたかもしれない……。そっちの方が最悪だ。

「そうなんですね。じゃあ準備だけしますから」

 わたしの心配などよそに、八神さんはエプロンを脱いで帰り支度を始める。

 どうしてもマイナスの方にばかり考えてしまうのは、わたしの悪い癖なのかしら……。


 そもそも着替えが入っている時点で、今日食事に誘うことが決まっていた——と思われたかもしれないが、女子高生が着替えを持ち歩いていても——まぁ不思議ではないか……。と考えを改めてみる。

「おまたせしました」

 エプロンを脱いだだけの格好の八神さんがやって来た。「それじゃあ行きましょうか」とわたしは、そんなくだらない考えを隅に追いやり八神さんを促した。

「店長、お先でーす」

「お先に失礼します」

 店長に手を振って、わたしたち二人は事務室を後にした。


 ファミレスには徒歩で5分ほどで着いた。

「こんな近くにあったんですね。帰りは逆方向だから」と八神さん。「わたしも帰りは逆ですよ」などと会話をしながら店員さんに案内されて席へ着く。

 窓際の一番奥のテーブル。わたしは店内全体が見渡せるようにと奥の座席に座った。八神さんが向かいに座る。

 自然を装い店内を見回してみる。

 今が一番混む時間帯だろう。子供連れの家族やカップル、4~5人のグループなんかが目立つ——と、そんな中に。

 ——いた。遥とマリアだ。こっちを見てニヤニヤしている。

 二人ともほんとに監視しに来てるし。

 半ば呆れながらわたしはそんな二人をにらみ返す——が、当の本人たちはにやけ顔そのままに手を振ってくる始末。

 くっそ……あいつら。

「どうしたんですか、怖い顔して……」

 そんなわたしを不思議に思ったのか、恐る恐る八神さんが聞いてきた。

「あ、いや、別に、何でもないです……」

 わたしは八神さんに向き直り笑顔で取りつくろう。

 ——ヤバいヤバい。これ以上変なところは見せられない。

「いらっしゃいませ。こちらメニューとなっております」

 タイミング良く店員さんがやってきて、メニューとお冷を置いていく。これさいわいとわたしはメニュー表を手に取り「それよりメニュー決めましょう」と話題を変えた。

 二人でメニューとにらっめこしながら、「どれを頼もうかな」「これおいしそうですね」なんかやってると——手元のスマホが振動する。

『付き合ってるようにしか見えねーぞ』

『パパ活』

 そんな文面が目に入る。——遥とマリアだ。

「ちょっ……」

すぐさま向こうのテーブルの二人に視線を送る。——またもニヤつきながらこっちを見ている。

 今すぐにでも文句を言いに行きたいところだが、ここはぐっと我慢。——それにしても。

 はたから見ると付き合ってるように見えるのかな……そんなことを言われると妙に意識してしまう。

まあ、それならまだいいが、パパ活に見られていたらたまったものではない……まあ、八神さんは年齢にしてはけっこう童顔だし、その辺は心配ないか……

「決まりましたか?」

 八神さんに声をかけられ

「あ、はい」

 と、わたしの意識は引き戻される。

 こんなことをやっていたら、またあの二人にからかわれてしまう。これ以上ネタを提供する前に早いとこメニューを頼んでしまおう。

 手元の呼び出しブザーを押し店員さんを呼んだわたしは、新発売のパフェと共にオーダーを済ますのだった。


「わあ、美味しそう!」

 食後に頼んでおいたパフェが二つ、テーブルに運ばれてきた。

「すごいボリュームですね」

 八神さんも手元に置かれたパフェを見て声を上げる。

 おなかはいっぱい気味だったけど、デザートは別腹とはよく言ったものだ。食欲は健在だ。

 はたから見れば完全にカップルにしか見えないが、目の前のパフェに集中していたわたしは、そんなことなど全く考えていなかった。

「いただきまーす」

 わたしがそう言って、パフェにスプーンを差し入れたところで——「キャー」という悲鳴が店内に響き渡る。

 突然の事にビックリする。驚いて顔を上げると、何やら入口の方が騒がしい。なにやら男の人が店員さんに詰め寄っているようだ。

「頭を低くして隠れて!」

 突然八神さんがそう言ってくる。

「えっ……」

「いいから早く!」

 有無を言わさず険しい表情で、それだけを伝える八神さん。

 状況が分からず困惑する私だったが、普段から温厚な八神さんしか見たことがないわたしは、そんな激変ぶりにおとなしく従うしかなかった。

 テーブルの下に頭を潜り込ませるように姿勢を低くしたわたしは、息をひそめそのままじっとしているしかない。

 なになに……どうしたの?

「いいから金を出せ!」

 男の怒号が飛んでくる。

「え……これって、まさか……強盗」

 今ので状況が分かってきたのだろう。次第に店内がざわつき始める。

 うそでしょ! まさか自分の身にこんなことが起きるとは夢にも思っていなかった。——なんで、どうしよう……

 次第に恐怖心が芽生えてくる。

「おい、お前、何してるんだ!」

 またも男の怒鳴り声が聞こえてきた。そして——。

「キャー」

 悲鳴が響き渡る。——この悲鳴。この声は……まさか!

 恐る恐るテーブルの上に顔を上げたわたしは、ゆっくりと視線を入口の方へと向けた。二人の友達が座るテーブル席へと。

 ——!

わたしは息をのんだ。マリアが男に銃を突きつけられている。

 そんな……マリアが……。

 本物かどうかはわからないが、銃など初めて見た。こんなことが身近に起きるなんて……ニュースでしか見たことがないような出来事が目の前で起きている。しかもわたしの友達が人質になるなんて……。

 


 半ばパニックになっていたわたしは、八神さんの姿が消えていることに、まったく気が付くことはなかった。

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