3話 7月21日 作戦会議 七瀬凛
「やったー、これで明日から夏休み!」
大きく伸びをした
「でも遥、部活あるんでしょ?」
と、わたし。
遥の表情が目に見えて曇っていく。
「凛~。せっかく忘れてたのに思いださせんなよ」
伸びの姿勢から一転、肩を落とし大きくうなだれる。
高木遥。二年B組のわたしのクラスメイト。ショートカットのボーイッシュな女の子。顔立ちは中世的で、ぱっと見美少年に見える。わたしも初めて見たときは男の子かと思ったぐらいだ。部活は陸上部。運動神経は抜群で、短距離走では校内一。その見た目とも相まって、女子の間ではファンも多い。
「どうせ半分はさぼるつもりでしょ」
「まぁそうなんだけどね」
と、遥は当たり前のように言う。
「マリアは明日から別荘の方に行っちゃうの?」
わたしはもう一人のクラスメイト。
こちらは遥とは対照的な女の子。しっとりとつやのある黒髪は腰まで長く、きりっとした顔立ちは正にアジアンビューティー。当然男子からはモテるはずだが、どことなく近寄りがたいオーラと、その立ち居振る舞いは他者を寄せ付けない。それもそのはず。マリアは日本でも有数の大企業、如月財閥の社長令嬢だったのだ。当然のように近寄ってくる男子はほとんどいない。
「いいえ。今年は父の仕事の都合で今月中には行けないの。だから別荘には来月。ちょうどお盆頃になるって言ってたかしら」
スマホの予定表を確認しながらマリアはそう言った。
「そっか、じゃあ今年は三人で遊べる時間作れそうだね」
わたしは喜びながら二人の顔を見やった。
「よっし、それじゃあ今のうちにいろいろ予定決めとこうぜ」
遥はスマホをとり出し、どっかりと椅子に腰をかけると足を組んだ。
「遥。お行儀が悪いわよ」
そんな遥にマリアが苦言を呈す。——が、急に私の方に向き直り
「それよりも凛。あなたと例の彼との話を聞きたいのだけれど」
と言ってきた。
「例の彼って……」
急に話を振られたわたしは、一瞬なんのことを言っているのか分からなかったが、ああ……あの事か——。
例の彼とは、わたしのバイト先にアルバイトとして入ってきた新人。八神さんの事だった。
記憶喪失の謎の人物がやって来た!——と、学校が始まった月曜日にさっそくわたしは二人にそのことを話したのだった。
オカルト好きなことを知ってる二人は、わたしの妄想たっぷり陰謀論を「また始まった」と、いつもの感じで聞いていたのだが、わたしの「大人の魅力があってカッコイイ人だよ」とか「32歳だけど爽やかな好青年て感じだよ」の発言にやたら興味を持ったらしく——
「なんだ。その人の事気になるのか」
「凛は年上好きだったものね」
など、二人ともやたらとそっち方面に話を持っていこうとしてきたのだ。
気になるかと言われれば、何かの陰謀の予感がして気になるし、年上が好きかと言われればそうなんだけど……
けっきょく話は軌道修正も空しく、恋バナの方に持っていかれ……何故か明日のバイト終わりにご飯に誘う約束をさせられてしまった。
「今まで仕事の話しかしてなかったのに、どうやってご飯に誘うのよ!」
ちょっとは抵抗してみたわたしだったが、
「一週間も仕事してたのになんで仕事の話しかしてないんだよ」
「そうよ。気があるのにちゃんと話をしない凛が悪いのよ」
と、こんな感じで二人に詰め寄られてしまう。
特にマリアはこういった話が大好物なようで、「告白しちゃいなさいよ」とか、「記憶がないんだから凛が彼女だったことにすればいい」とか、恐ろしいことを言ってくる。——人は見かけによらないなぁ。
そんなこんなで、明日の仕事終わりにご飯に誘う。という事でなんとか勘弁してもらったのだ。
「誘う方法なら大丈夫。これを口実にすればいい」
遥がスマホの画面を向けてくる。
そこには、近くのファミレスで新作のパフェが発売になる。との広告が表示されていた。
「ちょうど明日が発売日だ。これが食べたいって事で自然に誘えるだろ」
「どういったきっかけで……」
「そんなの大抵の男だったら凛が誘えば断らないでしょ」
マリアがそんなことを言ってくる。
「そんな無茶苦茶な……」
とりあえず普通の会話から食べ物の話にもっていく、という事で
何もそこまでしなくても……。
そもそも気になるってそっちの気になるじゃなくて、わたしの場合、陰謀的気になるなんだけど!
といったところで、この二人にはそんなことはどうでもいいらしい。ただ単にこの状況を楽しんでいるだけだ。
かくしてわたしは、八神さんとファミレスに行くというミッションを実行しなければならなくなったのだ。
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