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アルコール類が用意されていないのは、S会館の立地と交通アクセスを考えたときに、車を使ってくるひとが多いと踏んだからに違いない。事実、充分な駐車スペースが確保されていたし、仕出しの弁当と一緒に渡されたのは、ペットボトルのお茶だった。
「優花! 優花だよね!」――だれだったか、すぐには分からなかったけれど、そんなわたしの気持ちなんて知らずに、「懐かしいね、あんまり変わってないんじゃない」などと、矢継ぎ早に言葉を浴びせかけてきた。酔っているんじゃないか、どこかで飲んできていて、だれかの車で送ってもらっているんじゃないかと思った。そして案の定、そうらしかった。
向こうのテーブルで4、5人の輪を作っているグループのなかに、彼女のパートナーがいるらしい。
わたしは「おめでとう」と言った。結婚したことを報せてこなかった彼女に。
だんだんと話していくうちに、彼女が奈津子であるということをうすうす感じ取りはじめた。
奈津子は、いろんな人に話しかけているだけで、特定のだれかと談笑することはないらしかった。わたしは反対に、だれかが声をかけてくるのを待っていた。
ひとりぽつんとしていると、気を遣って、だれかしらが話しかけてくる。もう、わたしたちは、オトナとしての感性を少しは習得しているのだ。
当たり障りのないことを話しては、去っていく、むかしのクラスメイト。
もしかしたら、みんな、こんなことを思っているんじゃないか。
「なんで、わざわざ来たんだろう」――なんて。
いや、そこまで酷いことは思っていないだろう。
「優花のシャイなところは、いまもそのままなんだろうな」――くらいしか感じていないのかもしれない。
わたしは「なんで来たんだっけ」と考えた。
同じ年に卒業したひとたちが――用事があって来ることができなかった十数人をのぞいて――ここに集まっている。そうだ、わたしは、自分と同じクラスだったひとに会いにきたわけではないのだ。
わたしがあの青春のなかで恋い焦がれた相手――加納くんは、いまなにをしているのか、ということを彼の言葉で知りたいと思って、わざわざここまで来たんだった。
それだけのために?――という疑問は、招待状が届いてから数日、わたしの頭のなかを浮遊していたけれど、ミツルさんが、ちょっと仕事が忙しくなったから、今度のデートはムリになったということを、「ちゃんと」伝えてきてくれて、そしてその日は、友人に遊びに誘われていたのを断っていたものだから、踏ん切りがついたのだった。
わたしは、加納くんの姿を探した。三年生のときは2組にいた文芸部の加納くん。パッとしなくて、狙っている女子がいるなんて聞いたことはなかった。だから、わたしには自信があった。それっぽい態度をとれば、わたしのことが気になってしまうだろう、なんて。
わたしは、なにか理由がないと、だれかに話しかけられないから、なにかしらの土産話がないといけない。一番に思いついたのは、ミツルさんのことだったが、マッチングアプリで出会ったということにたいして、というより、なぜそれを使用したのかということへの説明が、なんとも難しい。
でも、わたしにだって、当時親しくしていた同級生は少しはいたのだから、そのひとたちをなんとか見つけて、「ひさしぶり」とさえ言えばいいのだと思い直した。
「ひさしぶり」
「……ああ! 優花!」
「うん、どう? いまはなにをしているの?」
「いま? プログラミングの専門学校に通ってる」
「そうなんだ……あっ、そうだったね。うん、言ってた言ってた。お金が貯まったら行くんだって」
わたしは、彼女がこころのどこかで、わたしに対して嘲笑をむけているということを感じざるをえなかった。
「そうだ」と、彼女は言った。「そういえば加納くんがさ……ううん、言っていいのかなあ」――彼女は、わたしが彼のことを好きだったということを知っており、この話題をわたしへ突きつけることが、わたしの生殺与奪を握っているに等しいと分かっていて、それを痛快に感じている。
などと、彼女に対して不愉快な描写をしてしまうのは、わたしがそうとう苛立っているからで、そしてそのいらだちの根源は、ここへ来た最大の目的が果たされないまま、手ぶらで帰途についてしまうのではないかという危惧にあった。
「加納くん、今日は来てないみたいだね」
わたしは、彼女に加納くんの話をするように促した。
「うん……彼、死んじゃったんだよ」
「えっ?」
「わたしも、つい最近知ったんだけど、卒業してから一年も経たずに、亡くなったんだって」
「そんなの聞いてないけど……」
「うん、ほとんどだれも知らなかったみたい。死人に口なしだから、こういうことを言っちゃダメかもしれないけど、加納くんと親しいひとって、まったくいなかったじゃない」
わたしは、どんな表情をしてどういう返答をすればいいのか分からなかった。
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