第6話
蓮は気がつくと物置部屋にいた。
キョロキョロと周囲を確認し、ジェーンとばっちり目が合う。
ツキギメとテイソも同様、心ここにあらずな様子で互いに目をぱちくりしていた。
「もういち「とりあえずこの部屋出るっすか」
ジェーンに被せるように、蓮が乾いた声で言った。
「うむ。ボクも賛成だ」
「同意です」
怪盗組も躊躇なく賛同して部屋の出口へ向かった。
「ま、待ちなさい!」
ジェーンが慌てて引き留めてきた。
「なんすかジェーンさん。あんなヤバい部屋もう絶対駄目っすよ」
「け、結論を出すのはまだ早いのではないかしら」
「対処法あるんすか?」
「ないこともないわよ。たとえばあの部屋、ワインセラーなのだから、爆破してやったらそれはもう大変な大火事になるでしょう? きっとトラップも作動しなくなるわよ」
「そこまでやったら俺たちの身も危ないっすよ」
「ワインがなくなるならボクが行く理由もなくなるねえ」
「た、たしかにそうね。けれど、あれほど厳重にトラップを敷いていたんだもの。きっとあの部屋にはどうしても盗まれたくないとても重大なものがあるのよ。どう? 怪盗のロマンくすぐらない?」
「ふぅむ、言われてみると、何故あの部屋だけあんなにも殺意が高かったのかは気になるね」
「でしょう」
ふふんと胸を張るジェーンに、ツキギメが素朴な声で続けた。
「ところで情報共有がまだだったね。さっきの周、ボクらが死んだあとジェーンくんはどうだったんだい?」
「そもそもジェーンさんだけ殺されなかったのわりと意味わかんないっすよね」
蓮が追加で疑問を呈す。
ふたりの問いかけにジェーンは一瞬目を丸くしつつ、すぐに平常どおりの涼しい表情に戻した。
「たまたまトラップが私に向けたものは外れただけみたいよ。あんたたちが倒れてすぐに私も殺されたわ」
「そうだったんすか。まあ、それはそれとしてあの部屋はやっぱ無理っすよ。ゲームでいうなら”そもそも入れない部屋になんか入れてフリーズしましたセーブデータ消えます”みたいな感じっすよこれ」
「そう決めつけるものではないわ。視野を広く持ちなさい」
「逆にジェーンさん、なんであの部屋にそんなこだわるんすか」
「こだわってはいないわよ。ただなんとなく重要そうな気がするだけ」
「明確に根拠がないならべつに良くないっすか? いっかい鍵取りに戻りましょうよ」
「だめよ。それでは面白くないわ。あんた忘れているかもしれないから言うけれど、私はもともと脱出よりも探索を優先していたのよ」
「それでいうと俺は最初から脱出のみを目的としてたんすけど……。あとその理屈なら、入ってない部屋のほうが多いくらいっすからもっといろんなとこ見て回ったほうが面白くないっすか」
とその指摘をしている最中、
「!?」
突然だった。
ジェーンのとなりに、いつぞやの動画でちらりとだけ映ったぬりかべが立っていた。
「…………でけえ」
最初に出てきた感想がそれだった。
全長三メートルほどだろうか。四辺に隙なく生えている触手がうごめき、ぬるぬると粘液を垂らしていた。
「オアアアアアアアアアアアッッ!!?!?」
突如、奇声が蓮の耳朶を殴打した。
発信源はぬりかべではない。
血走った目でソレを凝視するジェーンの金切声だった。
「ば、ばばばばっばばバケモノ! こいつ! こいつ!」
ぬりかべを指差し、ろれつの回らない声で必死に叫ぶ。
「こいつ! こいつが、私の中に! ここここ、ころさなきゃ!」
ジェーンがわなわなと震えながら必死にナイフを取り出し振りかぶった。
「待ってジェーンさん! どうしたんすか急に! なにがあったんすか!」
狂ってしまったジェーンの腕を掴んで必死に問いかける。
「こいつが! 私の中に! 私の! 私の! 殺す!」
「待って待って! ツキギメおさえろ!」
訴えに合わせてツキギメがうしろからジェーンの手首を取る。
なおもジタバタ暴れるジェーン。が、さすがに大人ふたりに押さえ込まれては逃れる手段もないらしく、ただもがき続けるのみだった。
そうしてなんとか押さえ込んでいると、ぬりかべはなにを考えたのか、部屋の扉から足早に出て行ってしまった。
姿が消えたことでジェーンも少しだけ落ち着いたのか、奇声を上げることはなくなっていた。
さっきまでのなんとか逃れようともがいていた筋肉もほぐれ、力を入れなくても彼女の拘束ができるようになっていた。
蓮は彼女の前にしゃがみ、視線を合わせて尋ねた。
「ジェーンさん、話せます?」
「………………………………………………あう」
たっぷり沈黙を挟んでの答えは、要領を得なかった。
どうしたものか、とうなりながら膝を伸ばす。
「テイソちゃん、ツキギメさん、ここでジェーンさん見守ってもらっていいすか?」
「……あなたはどうなさるのですか」
「諸悪の根源を倒してくるっすよ」
「ならばボクも付き合おうじゃないか。なに、ボクの助手は優秀だからね。ひとりでも子守くらいお茶の子さいさいさ」
「……助かるっすよ」
テイソのものすっごく複雑そうな表情から目をそらして、蓮は礼を述べた。
ともあれ、あまりのんびりしていて良い状況でもない。ぬりかべの様子から察するに、おそらく現状はヤツにとって想定外だ。ならば一旦時間をおいて落ち着かれるより、想定外の時間を継続したほうが良いだろう。
そんなことを考えながら割れた扉の間をくぐると、
「ところで下僕くん、一応確認なのだけれど、ジェーンくんの中に入っていたのは彼という認識で良いのかな?」
ツキギメから問いかけられた。注意深く廊下を歩きつつ、「俺はそう考えてるっす」と肯定した。
「アイツが善か悪かはわかんないっすけど、ジェーンさんを乗っ取るなんてうらやましいことしておいて無事で済ませはしないっすよ」
「君の本音を隠さないスタンス、個人的には好きだけれどどうかと思うな」
「それより、ツキギメさんなにか武器持ってないっすか。爆弾はもう何発かあるっすけど、あの図体だとそれだけで仕留めきれるかわかんないんで」
「ふむ。怪盗の七つ道具はあるけれど、武器になりそうなものはあのアイスピックくらいしかないね。あとは防御や護身のための道具ばかりさ」
「枠たった七つしかないんだからアイスピックよりほかにもっと入れるのあるでしょ」
「ちなみにテイソくんは助手の七つ道具を持ち運んでいるけれど、そちらにもアイスピックは入っているよ」
「もう氷屋さん開業したらどうっすか」
冷静にツッコミを入れながら廊下を歩く。
お互いに肝心の話はしないが、ぬりかべのいる場所には察しがついていた。
「ぬりかべさーん、会話しましょうよー」
「へいへいビビってるー」
蓮の適当な呼びかけに、ツキギメが雑に乗っかる。
そうしてたどり着いた。食糧庫(仮)
扉を開けるべく手を伸ばす。
伸ばそうとした瞬間、どごんと勢いよく扉が開いた。
反射だった。
爆弾を投げ入れる。
「よし! 突入!」
爆音と炎、煙の冷めやらぬなか、蓮の号令でどかどかと侵入。
「手を挙げろ! ……どれが手でどれが足なん?」
「下僕くん、それは今気にする場面じゃないよ」
ツッコミを入れるツキギメへ向けて、煙の晴れない空間から巨大な触手が鞭のように振るわれた。
ビシイイイイイインッ!! と激しい破裂音が耳をつんざく。
が、
「……いまのは痛かったねえ」
ツキギメの普段と変わらない声。
わずかに息を呑む音が上がる。
「でも、あのシャンデリアほどではなかったかな」
「馬鹿な……」
蓮のものとも、ツキギメのものとも違う声。
きっとぬりかべから発せられたのだろう。
それを理解して、ツキギメが嬉しそうに顔をほころばせた。
「やはり喋ることができるんだね。いかに外見がモンスターだろうと、心までそうなってはいけないよ」
「ぬりかべさんプロテインバー食うっすか?」
「黙れモンスターはお前らのほうだろ!」
感情に任せてか、ぬりかべがバシバシと触手を振るってきた。
所詮は蓮たちも肉の塊。こうして対格差を生かしていけばいずれ潰れる。
「そう思ってるっすか?」
ツキギメも蓮も、その程度の不利は自覚したうえでこの場に来たのだ。
「ボクらはなにも君に危害を加えようというのではないんだよ。ただすこし、お話がしたいだけなんだ」
ツキギメの言葉に、しかしぬりかべの答えはなかった。
かわりに、蓮もツキギメもまとめて始末せんと触手を横なぎにふるった。
ソニックブームのような音が響く。
バチィン! と壁にぶつかる。
手ごたえは、ない。
「ぐえっ」
ぬりかべの身体がうつぶせに倒れた。
上にのぼった蓮たちが弱点となりそうな箇所を探す。
「待て貴様ら! 今我を殺してもどうせタイムリープす「嘘つけっす!」
ぬりかべの咆哮を、蓮がぴしゃりと叩き落とす。
「もうタイムリープできないっしょ」
「な、なぜそう言い切れる」
「あんたの反応を見れば一目瞭然っす」
ぬりかべは無理やり身体をひねった。
バカみたいな耐久力を持つと言えど、振り落とすのとしがみつくのとでは労力が異なる。ましてや体の大きさが違うならその差はさらに広がる。
「ぬうおおおおおおおおお!!!」
だが、振り落とされない。蓮たちは体毛にしがみつき、無理やりぬりかべの上を保った。
「タイムリープができないのはたしかにそうだ! だから好きに逃げたら良い! 貴様らが脱出したところで我は貴様らを引き戻すことができない!」
「またできるようになるかもっしょ」
「タイムリープは飛び幅が大きければ大きいほど消費が激しいのだ。貴様らを呼び戻すのは効率が悪すぎる」
「それを俺たちはどうやって信じたらいいんすか」
蓮の反論にぬりかべが黙り込んだ。
「そろそろいいっすかね。どこに心臓あるかはわかんないっすけど、多分上のほうに脳みそあるっしょ」
「待て貴様ら! この館の真実。餅川について知りたくはないか?」
「あんた知ってるんすか」
「少なくとも貴様らよりはな」
意味深な声色。
「ふーん。ぶっちゃけ俺はあんま興味ないっすけどツキギメさんはどうすか?」
「ボクもどちらかというとワインのほうが欲しいねえ」
「待て待て待てそれでも探偵助手と怪盗か物欲にまみれた俗物め! そ、そうだ隕石! ツキギメ貴様隕石をとりに来たのだろう!?」
「テイソくんは隕石ではないと言っていたけれど、君はなにか知っているのかい?」
「あぁ、たしかにこの館を突き破ったのは隕石ではない。が、それよりもはるかに貴様の目を輝かせるものだ」
「ほほぅ。たとえば、君の乗ってきた宇宙船とかかい?」
「察しが良いな。どうだ盗んでみたくなったろう」
「うむ、ちょうど足が欲しいと思っていたところだし、是非さらっていきたいところだ」
「この館のある場所に隠してる。が、あの船の自爆ボタンも我が隠し持っている」
「つまり殺して奪えと」
「違う! これ以上攻撃するなら爆破もいとわないという話だ!」
「それしたら困るのあんたじゃないっすか」
「我は貴様らと違って頭脳派なのでな。破壊したところで修理は可能だ」
「そのなりで頭脳派って冗談きついっすよ」
「言ったな貴様」
売り言葉に買い言葉というか、その場のノリで軽口を叩いたら地雷を踏んでいたらしい。
ぬりかべの声がわずかにふるえた。
蓮の踏みしめる身体が隆起し、地震のように揺れ始めた。
「許さん」
床に投げ出されていた触手に力が宿る。
「許さん許さん許さん」
大地を踏みしめ、腕立て伏せの要領で身体をぐぐぐと持ち上げる。
「ぐおおおおおおおおお!!!」
腹の底から出たような声。館中に響き、同時に身体が跳ね上がる。
声を出す間もなく振り落とされる。
ぬりかべはその隙を見逃さない。
触手を振り下ろす。叩き潰す。
蓮の身体、正中線目掛けて最短距離で振り下ろされる触手。
殺意の塊のような攻撃。が、
「こんなこともあろうかと身体鍛えててよかったっす」
たった二本の腕で受け止めた。
「安全を見るならタコ刺しにしておかないとっすよね」
蓮が腕に力を入れる。
その瞬間だった。
「下僕くん!」
ツキギメの鋭くとがった声が耳をついた。
「天井! 脱出!」
最低限の単語だけを告げる。
反射的に頭上を見上げると、
「トラップあんじゃねーか!」
いつの間にかトゲのビッシリ生えていた天井が、ゆっくりとしかし確実に落ちてきていた。
キレ気味にぬりかべの触手を放って出口へ駆ける。
よく考えるとこれは好機だ。
先に脱出したほうが圧倒的有利に立つ。
「……はやすぎんだろ」
ぬりかべも、その構図は理解していたのだろう。一目散に脱出しきった蓮たちを前に、呟くようにそう言った。
「詰みっすね」
そう告げ、爆弾を投げる。
ビールかけのように描かれる爆弾の放物線。
勝利の軌跡。
その油断が命取りだった。
「え、ま!?」
ぬりかべが、爆弾に向かって走ってきた。
身体でバウンドした爆弾がその力を発揮した。
激しい音と閃光と煙が巨大な衝撃となって肌を打つ。
本能だ。爆音と閃光と灼熱を前に人間の取る行動はひとつ。身をかがめ、顔を守るべく頭をかかえる。
その隙を突かれた。
ぬりかべが蓮たちの脇を通り抜けて行った。
あっ、と声が漏れた時にはもう遅い。どたどたと階段を駆け上がる音が響いていた。
「……くそっ。しくじったっすね」
「仕方ないさ。どうせこの館からは逃げられやしない」
悪役みたいなセリフを言いながら、ツキギメが火の粉でさらにボロッカスになったタキシードを整える。
「まあ、とりあえず二階行くっすか」
「うむ」
ぬりかべは先ほど駆け上がって行ったが、蓮たちはそこまでリスクを取ることもない。一歩一歩神経をとがらせながら上がる。
「透明人間くんいるっすか~?」
軽い声で言いながら廊下を歩いていると、向かって右側の扉がじわりとひらき、声が返ってきた。
「小僧! 聞け! ひとつ交渉がしたい!」
「なんすか?」
「我は今後貴様らの脱出の邪魔をしない。タイムリープで引き戻すこともしない。代わりにひとつ条件がある」
そこまで言って、言葉が途切れた。
代わりに、
『脱出したあと、この館を破壊するのだ』
脳内に響いた。
『見てのとおり我は身体が大きく、故に脱出できない。だから破壊しろ。穴を開ける程度ではこの館の機能が保たれてしまうから、原形をとどめないところまでやれ。間違っても焼却はするなよ』
『その約束を俺たちが守る保証ないっすよね』
『三日たっても音沙汰がないようなら時間を引き戻す』
『そんで脱出したあとはどうするんすか?』
『ユーフォ―を修理して母星に帰る』
『ふーん、まぁ、どっちにしても断るっす。今後幼女を見かけたとして、中身があんたかもしれないって思ったら楽しめないっすから』
蓮の言葉に、ぬりかべはむぅ、と小さく唸った。
『殺せば普通に脱出できるんすから、そもそもあんたを生かしておくメリットがないんすよ』
『貴様本当に人間か?』
地球外生命体に人間性を疑われてしまった。
『メリットならばある。貴様はこの館に興味がないと言っていたが、ならばテイソやジェーンについてはどうだ。彼女らの秘密を知りたいという抗いがたい欲求があるはずだ。テイソが書庫で本の中になにを見ていたのか。ジェーンが心中なにを考えていたか。ジェーンの父親の行方。貴様垂涎の情報を我は持っている。どうだほしいだろう』
『ほしい!!!』
即落ち二コマだった。
『ならば我に力を貸せ』
『オッケーっす。ただ報酬は前払いっすよ』
『いいやだめだ。逃げようと思えば逃げられるのは貴様のほうだろう』
『そこは信用してほしいんすけどね』
『胸に手を当ててこれまでの行動を思い返してみろ』
妙に棘のある声だった。そんなに関わりなかったはずなのにどうして、と疑問に思っていると、ツキギメが不思議そうに顔を向けてきた。
「下僕くん、急に黙り込んでどうしたんだい?」
「や、なんもないっす」
慌てて手を振ってはぐらかす。
「それより、たぶんもう大丈夫なんであいつは放っておいて脱出しましょ」
「彼を倒さなければタイムリープで引き戻されるんじゃないのかい?」
「対策思いついたんで問題ないっす」
「対策?」
「脱出したあと、館をぶち壊すんすよ。ぬりかべくんは脱出できなくて困ってるだけっぽいんで、あいつも脱出できるようにしてやれば俺たちが引き戻されることはないって寸法っす」
「あんな異形の生物を外に出して大丈夫なのかい?」
「人間見た目で判断したら駄目っすよ」
「そうは言っても判断するのはボクらだけではないからねえ」
「街中まで降りて人を襲うようなことはないっすよ。ほんとうにたまたま不時着しただけっぽいんで」
「どうしてそれほど確信をもって言えるのかな」
「理由らしい理由はないんすけどね。強いて挙げるならぬりかべくんの態度とか声の調子とか。でも一番の根拠は、ただの直感っす」
「今度は君が乗っ取られているのかい?」
うまいこと言いくるめようとしたらかえって疑われてしまった。
どう説明したものか。見かねたのか、脳内に再びぬりかべの声が響いた。
『殺したら体液がかかってリスキーだとかなんとか言えば良かろう』
「あ、あんな変な形のやつっすから、殺したらなんか影響あるかもっすよ。カメムシだって潰したら滅茶苦茶臭いじゃないっすか」
「ふむ、無駄な殺生は避けるべきだとボクも思うけれど、そもそも殺すべきだと言い出したのは君だった気がするからなあ」
「それにこの館を館としての機能が危ぶまれるくらい破壊しつくせば、デスゲームのギミックも失われてワインを無事に回収できるかもっすよ」
「さすがにそこまで壊したら肥料になっているんじゃないかな……」
「ちなみに俺の意見は関係なしに、ツキギメさんはどうしたいんすか?」
「この場にボクひとりしかいないのならば、もう少し対話してみたいという気持ちはあるかな。けれどテイソくんを待たせているからね。彼女の安全のためにもできる限りのリスクを排除しておきたい気持ちはあるよ。それは君も同じだろう?」
「俺とジェーンさんはそんな関係じゃないっすよ。定額働かせ放題のお得パックとしか思われてないっすから。ただ、それは置いとくとして現実問題、ここであいつ殺すってなったら無傷でいける保証ないっすからねえ。窮鼠なんたらっていうように返り討ちに遭う可能性もありますし、ドサクサでトラップ踏むかもですし。リスクを避けるならむしろ放置して脱出したほうがいいんじゃないかって気はするっす」
「本当にさっきまでの血の気はどこへいったんだい?」
「俺だって解決策思いついたら冷静になりますよ。殺人鬼じゃないんすから。とにかく、テイソちゃんを守るってんならむしろ殺さないほうがいいですって。ほらジェーンさんたちんとこ戻りますよ」
かなり強引にまとめてツキギメの背中を押す。
そうしてジェーンたちの待つ部屋まで戻ると、
「蓮~~~~~~~~~~!!」
ジェーンのひときわ大きな声が耳朶を打った。
強烈な違和感に、「えぁ?」思わず変な声を上げてしまった。
「ど、どうしたんすか」
「あんたどこ行ってたのよ~~~~も~~~~~!」
「え、ええ……? す、すんません」
ブーツで数歩床を蹴り、ぼすんと蓮の胸に頭をあずけ、ぽすぽすと叩いてきた。
「え、えっとテイソちゃん、どういう状態?」
「見てのとおりです。下僕さんがいなくなって間もなくこうしてメソメソし始めました」
「ええ……ジェーンさん大丈夫っすか?」
「大丈夫じゃないわよ! 怖かったあ……」
怒鳴るように言おうとして、感極まったように涙声になった。ぼすぼすと何度も叩かれる。
「すんません、不安にさせちゃいましたね。もう大丈夫なんで帰りましょ」
「うん、帰る……」
弱々しい声。ずきゅうん! と心臓のあたりから謎の音が聞こえた気がした。
「テイソくん、お疲れ様。大変な役割を押し付けてしまってすまなかったね」
「いえ。ツキさんこそご無事でなによりですわ。ところでぬりかべさんはいかがでしたか」
「それなんだけれど、殺せてはいなくてね。脱出後にこの館を破壊してぬりかべくんを脱出させられればタイムリープはない、と下僕くんが主張しているところだ」
「……………………見た目で判断するのは、愚かしいことですものね」
なにか言いたげな間をたっぷり挟んで、己に言い聞かせるようにそう答えた。
「ツキさんはどうお考えですか」
「ボクは、一応は賛成かな。積極的には殺したくないし。もっとも野放しにして良いかというとそれもわからないから、改めて作戦会議を開く必要があると思うけどね」
「ツキさんは相変わらずお人好しですわね」
呆れたように言う。
「テイソくんはなにか気になるところはあるかい?」
「この館を破壊するとして、どの程度破壊したら館でなくなるのかという点については気になりますわ」
「いわゆるハゲ頭のパラドックスというやつだね」
「いわゆりますの?」
「テイソくんが良いならば、ここは一度下僕くんの提案に乗っても良いかもしれないね」
「透明人間さんがどの程度の脅威なのかは未だ明快になっていませんが、まずはわたくしたちの安全確保が最重要ですわね」
「下僕くん、ボクらも脱出で意見が固まったけど、君も変わらずかい?」
「そうっすね。出れるんならさっさと出ましょ。ほらジェーンさん、逃げますよ」
「だっこぉ……」
「はいはい。っと、悪いんすけど爆弾お願いしていっすか?」
「ああ、もちろんさ。出口の扉に投げつけたらいいんだろう?」
ごそごそと蓮のカバンから爆弾を取り出すツキギメ。
慎重に階段を登り出口までたどり着き、ツキギメが爆弾を投げると、轟音と爆風の数秒間を経て、あっさりと出口が破壊された。
「じゃ、また何日かあとに会いましょ」
飛び降りる直前、蓮はそんなことを言って姿を消した。
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