36

「ヤバイ・・・」


休日の最中、僕はどうすればいいのかと本気で頭を抱えた。悩みのもとはもちろんアレのことだ。金曜日に彩華さんから言われた有志のことだ。


「そんなに気負わなくても大丈夫よ」


同じ部屋にいる沙紀がなんでもないように僕に言う。


「沙紀はそうかもしれないけど、僕は表に出る人間じゃないんだよ・・・」


全校集会の場で壇上に立って発言している人たちのことを思い浮かべる。僕があそこに立って歌う・・・そんなの吐き気がしないわけがない。


金曜日のことを思い出す。

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「ボーカルですか・・・」


僕はためらいがちに言葉を紡ぐ。


「そうそう!これはわが校の生徒会に連綿と受け継がれてきた伝統だから断るっていうのはなしだからね」

「マジですか・・・」

「マジマジ」


生徒会を早速やめたくなった。


「ちなみに楽器をやるのはダメなんですか?」

「ん?さっきできないって言ってたよね?」

「はい、でも文化祭まで一か月近くあるので・・・ボーカルをやるくらいなら本気で覚えます」


ステージの上に立つのは百歩譲っていい。だけど、歌を歌うのだけは勘弁してほしい。


「ダメよ」

「なんでだよ!?」


彩華さんじゃなくて沙紀が止めてきた。


「ソロで歌うよりも夫婦二人で歌った方が楽しいからに決まっているでしょう?」

「なんか文字違くない?」

「気のせいよ」


沙紀は煩悩と欲望で行動しているから論外として、僕は他の人たちに助けを求めた。


「明人、去年私もやった・・・」

「由紀さんが!?」

「私と一緒にね!」

「なるほど・・・」


由紀さんと花蓮さんは一緒に歌ったらしい。花蓮さんはわかるが由紀さんにまで歌わせるとは・・・


「まあそんなわけなんで明人君のボーカルは確定です。それに私たちだって一年かけて楽器を使えるようにしたんだから」

「え?そうなんですか?」

「うん」


先輩方を見ても当然のように頷いた。


「2年生が歌って、3年生が楽器を弾く。それが昔からの伝統なのよ。議事録にも書いてあったはずよ」

「あ、そういえば!」


凜さんに言われて、僕の記憶から引っ張ってくると確かに右隅に書いてあった。


「ま、そんなわけなので明人君と沙紀ちゃんには歌ってもらいます」


拒否権はなさそうなので、僕は頷くしかなかった。


「後、一個だけジンクスを伝えておくね。願掛けくらいに思っておいて」


彩華さんが付け加えてきた。


「この松学祭の有志で優勝しないと、現役役員が生徒会長になれないっていうジンクスがあるんだよ。逆に優勝すると、その学年のボーカルが生徒会長になれるんだよ」


プレッシャーが一気にかかってくる。僕は生徒会長の座に興味がないが隣の沙紀はそれを目指している。沙紀を見ると、


「上等・・・!」


物凄く野性味あふれた表情を浮かべていた。

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不承不承という感じで了承したが、それでもキツイ・・・今、絶賛後悔中だった。


「もう、明人!そろそろ覚悟を決めなさい!」

「そんなに簡単にいかないでしょ・・・」


沙紀は少しイラついた様子で僕を見ていた。確かにそろそろ覚悟を決めろという時間だろう。だけど、想像すれば想像するほど、拒絶反応が起こる。


「もう・・・どうすればいいのかしら」

「面目ない・・・」


沙紀は呆れた様子で僕を見ていた。僕はこんなんだったら楽器か裏方を土下座をしてでも頼むかと思っていたが、


「あっ、それならこれはどうかしら」


沙紀が何か思いついたらしい。


「何?」


僕が聞くが、反応するよりも先にズボンを突然脱ぎ出した。


「沙紀!急に脱ぐのは禁止って言ったよね!?」

「あら、ごめんなさい。それよりも明人。早く着替えて」

「え?」

「デートに行くわよ」


沙紀からは突然そんな提案がなされた。そして、僕は沙紀に言われるがままに着替えた。

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沙紀と一緒に駅前に向かった。昼頃だったので、一緒にマックでご飯を食べてから目的の場所に向かった。


「ここよ」


沙紀に案内された場所は『まねく猫』だった。


「ここって」

「カラオケよ。とりあえず受付だけ済ませちゃいましょう」


沙紀がさっさと受付を済ませると、僕は促されるままに部屋に入った。


「へ~これがカラオケの部屋なんだ」


モニターと特殊な機械に囲まれた部屋に僕は若干の緊張を感じてしまった。


「ええ。私も初めてよ」

「そうなの?」


慣れた様子だったからてっきり経験者かと。


「ええ、お互いの初めてを捧げた203号室に感謝しましょう」

「その表現はこの場にふさわしくないよ」


沙紀は歌を入れていく。


「あら、採点モードなんてあるらしいわよ」


オプションで点数を出してくれるらしい。


「いや、いらないでしょ。点数が低かったらショックだよ」

「そう。それなら負けた方が勝者に一日服従するっていうルールでやりましょう」

「僕が自信がないからって嬉々として罰ゲームを追加しないでよ・・・」

「暴君はいつでも自分の都合で法律を作るものよ」

「デジャヴ・・・」


前に聞いたことがありそうなことを宣ってきた。


「それじゃあ行かせてもらうわ」

「頑張れ~」


沙紀が入れたのはバラード調のラブソングだった。


「♪~」


(うますぎない・・・?)


音程バーから全く外さないし、何よりも声が綺麗すぎる。高音はもちろんだけど、女性が出すのが難しそうな低音までしっかり出ている。


「~♪、ハア、どうだった?」

「うますぎ、聞き惚れたよ・・・」


思ったことを率直に伝えた。点数は96点


「ふふ、これでも歌には自信があったのよ」

「いや、本当にすごかったよ。アイドルとか歌手よりよかった!」

「そ、そこまで言われる照れるわ///」


僕は歌に詳しくないが、それでも沙紀の歌は完璧だと思った。


「これじゃあ、僕の罰ゲームは確定かな」


僕は苦笑しながら、歌を入れた。


「あら、明人はアニソンかしら?」

「うん。良く知ってるね」

「あれだけうるさくテレビで宣伝されてたら、いやでも知るわよ」

「それもそうか」


僕は苦笑した。


「とりあえず行きますか」


一応ここに来るまでに最低限の歌の勉強はしておいた。まず、重要なことは腹から声を出すということだ。のどを痛めるような歌い方をすると、痛めてしまう可能性があるらしい。


そして、僕が歌うアニソンは女性の歌手が歌っているものだ。だから、どうしても男の僕が歌っても声域が足りない。だから、裏声と地声をつなげることが大事とネットに書いてあった。


「よし」

「頑張りなさい」


沙紀からの激励をもらって僕は歌い始めた。


「♪~」


(おっ、本当に腹から声を出すと楽だ。高くなってきた。地声成分を減らして、裏声成分を増やそう。

あっ、音程バーからズレた!ヤバイ!)


僕は夢中になって歌った。そして、体感では一瞬に感じたが、曲が終わる。


「ハア~疲れたぁ」


僕はソファーにボスっと座って肩で息をする。


(カラオケってこんなにエネルギーを消費するのか)


それでも充実感があった。これは思ったよりも楽しかった。


「あっ、どうだった・・・?」


そういえば二人で来ているんだったと思いだして沙紀に聞いた。すると、沙紀はプルプルと震えていた。


「ズルい・・・(ボソ」

「え?」

「明人!ズルいわよ!本当は滅茶苦茶うまく歌えたんじゃない!」

「いや、初めてだったよ・・・」


点数を見ると、97点だった。


「もう!これじゃあ今日のためにカラオケに週一で通ってた私が馬鹿みたいじゃない!」

「え?そうなの?」

「そうよ!明人をどれ・・・明人が断れないような命令をたくさんしようと思ったのに!!」


とんでもない戦略を考えていた沙紀。道理で慣れていたわけだ。マジで勝ってよかった。


「う~、また私の彼氏に惚れ直せたけど、敗北感があるのはなぜなのよぉ~」

「知らんがな」

「ま、まあでも、勝負は一回とは言ってないからここから全勝すれば関係ないわね!」


沙紀は曲を入れていく。沙紀の策略は置いておいて、歌を歌うのって思ったよりも楽しかった。


「お手柔らかに」


そして、僕と沙紀は時間一杯カラオケを楽しんだ。

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