28

水本美紀子。沙紀の実母であり、僕の元義母だ。僕を追放した張本人であり、僕にとっては世界で一番の恐怖の対象でもある。


「それではごきげんよう」


沙紀は美紀子さんに興味などないのだろう。淡白な対応で早々に話を切り上げた。そのままその場を離れようとするが、


「待ちなさい」


美紀子さんが制止してきた。沙紀は振り返ることなく、そのままこの場を離れようとするが、


「なんでそいつ・・・と一緒にいるのかしら?沙紀には散々近づくなって忠告したはずよね?」


美紀子さんは僕の方を見て、侮蔑の視線を僕に向けてきた。僕はビクッと反応してしまう。僕が身体を止めてしまった。僕が声を出せずにいると、


「別に私が誰と一緒にいようと関係ないでしょう?」


沙紀は棘のある言い方で美紀子さんを突き放す。


「関係あるわよ。あなたと優斗君は私にとっては大事な子供よ?そんな大事な子供たちが悪いやつに引っかかっていたら止めるのが親ってものでしょう?」

「っ」


僕は大事な子供という言葉に反応してしまった。


(僕が息子だったときはそんなことを言われたことがなかった・・・)


僕は久しぶりに泣きそうになる。なんで松山が認められて僕は認められないのかと。今も美紀子さんは僕の方を見て、侮蔑と嫌悪の視線を僕に送ってきている。


「はっ、滑稽なことを言わないで頂戴。貴方が大事なのは水本美紀子というブランド価値を高めてくれる優秀な子供でしょう?それ以外は簡単に捨ててしまう貴方が今更母親面しないでくれるかしら?」


沙紀は美紀子さんに怒りをブチ当てる。すると、さっきまで空気だった松山が反応した。


「おい沙紀!自分の母親にその言いぐさは良くないぞ」

「いいのよ、優斗君。私の教育が悪かったのは事実だから・・・」

「美紀子さん・・・」


美紀子さんと松山が同情を誘うような態度を取る。すると、周りに人だかりができる。


「なにあれ・・・?」

「なんかあの女の人泣きそうになってない・・・?」

「隣にいる男の子イケメンだね」

「喧嘩でもしたのか?」


僕らの様子を観察している人間から様々な声が聞こえる。確かに少し大きな声で言い争いをしてしまっていた。徐々に人が集まるってきてしまっている。すると、


「沙紀、お願い!その男だけはダメよ!私にどんな態度を取ってきたかを知っているでしょう!?」

「え?」

「っ!」


突然の美紀子さんの叫びに僕は驚いた。すると、周りの人たちはざわざわと騒ぎ出した。僕は一瞬何を言われているか分からなかったが、沙紀は舌打ちをした。


「岩木が何かしたんですか!?」

「ええ・・・あいつは私を・・・ううう」

「おい!岩木!お前沙紀だけに飽き足らず、美紀子さんまで傷つけてたのか?」

「いや、そんなことは・・・!」


僕は否定しようとしたが、美紀子さんと松山の言葉に周りの人間たちはどっちに付くかを決めたらしい。僕に対して言葉を放ってこないが、民衆は美紀子さん達に同情的になり、僕は完全に敵役になってしまった。


美紀子さんの言葉と松山の決めつけを周りの人たちは想像でどんどん大きくしていった。


「ハア、相変わらずのカスババアっぷりとそこに自己中自慰野郎が加わって救いようがなくなっているわね・・・」

「酷いわ沙紀!そんなことを言わないでよ!それもそこの男のせいなのね!」

「岩木!お前いい加減にしろ!沙紀を解放するんだ!」


松山はどうでもいい。だけど僕にとって美紀子さんの言葉は恐怖でしかなかった。泣いたふりをしながら覗くその視線は僕に対する憎悪で満たされていた。僕はその視線で声は出ないし、身体も動かなくなっていた。


「明人、大丈夫?」

「あ、うん」


僕の動かなくなった身体は沙紀のおかげで復帰した。


「気色悪いのが二人もいたら流石に分が悪いわ。いったんここから離れましょう」


僕は無言で頷いた。そして、美紀子さん達がいるところから反対方向に向かって歩いた。


「待て岩木!」


松山が何か叫んでいるがそれは無視できた。しかし、


「待ちなさい」

「っ」


美紀子さんの声にだけは逆らえなかった。僕の身体が硬直して振り返りそうになったが、沙紀が僕の手を強く握ってきた。


「私が隣にいるから大丈夫よ」


沙紀は僕の顔を柔和な表情で見てきた。僕は沙紀のその表情を見て安心した。そして、僕と沙紀はそのままその場を離れた。後ろから何か言ってきたが、極力無視するように努めた。

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僕たちは美紀子さん達が絶対に訪れないような公園のベンチで一休みをしていた。あんなことがあった後だから、僕たちの間には重苦しい空気が流れていた。


「・・・ごめんなさい。油断していたわ」

「沙紀は何も悪くないよ・・・」


沙紀は謝ってきてくれたが、あんなのどうしようもない。それよりも問題は僕だ。やっぱりあの人を前にすると身体が動かなくなるし、命令されると身体がその通りに動いてしまう。


「ハア、あのババアだけでも厄介なのに、クソ野郎まで加わるなんて・・・・」

「そういえば再婚するんだったね・・・」

「ええ。最悪よ・・・」


沙紀は沙紀で中々嫌な境遇だ。


「ああ!もう。なんでデート中に最悪のダブルバーガーに遭遇するのよ!」

「沙紀!落ち着いて!」


沙紀は頭を抱えながら己の不運を呪って叫び出した。


「これが落ち着いていられるもんですか!朝の猫カフェから夜のホテルまで完璧なスケジュールを考えていたのに!あんのクソババア!」

「沙紀、声のトーンを下げて。後、最後は死んでも阻止したから」


僕は沙紀をなだめる。何か恐ろしいことを考えていたようだが、それは美紀子さんと遭遇しようがしまいが絶対に止めた。


「もうこうなったらヤケクソよ!あのアンハッピーセットを忘れるくらいに今日は遊んでやりましょう!」

「!そうだね・・・そうしよう!」


僕も美紀子さんのことは正直考えたくはない。それに過去のことを気にしてもしょうがない。


「沙紀が言ってた夏服選びから行こうか」

「ええ。明人、感想のほどよろしくお願いね?」

「ぜ、善処します」


それから僕と沙紀は嫌なものを忘れようと全力で午後を楽しもうと決めた。

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午後七時くらいになった。


「楽しかったわ」

「そうだね」


僕と沙紀は夏服選び(沙紀の)をして、映画館で恋愛モノを見て、バッティングセンターで身体を動かして、ファミレスで夕ご飯を食べた。ここ数日の疲れが完全に消えるくらいには楽しい時間を過ごせた。


「それじゃあまた明日、学校で」

「うん、またね」

「後、午後には生徒会もあるから忘れないで頂戴ね?」

「うん」


僕と沙紀はそこで別れた。そして充実感を感じながら僕は家路についた。僕は今日あった楽しいことを思い出していた。


「沙紀の服選びは一番大変だったなぁ」


なぜかというと試着室から出てくる沙紀の恰好はすべて似合っていたからだ。一回ずつ感想を変えようと思っていたのだが、中々言葉が出なくて困った。その後に下着を選びに行こうと言ってきたけどそれだけは勘弁してもらった。


その後の映画も中々面白かった。継母に追い出されて行方不明になった義兄を妹が探しに行き、最後は結ばれるというものだ。沙紀は隣で号泣していた。


バッティングセンターは沙紀が行ってみたかったというので行ってみた。僕もど素人なので、二人一緒に全く当てられずに終わったが、それはそれで楽しかった。


そんなことを考えていると、僕のアパートが見えてきた。ただ、


「あれ?電気つけっぱなしで出ちゃったかな?」


僕の部屋の明かりが点いていたのだ。僕はやらかしたと思って、少し小走りで家の鍵を開けようとするが、鍵も開いていた。


「鍵も開けっ放しとか何やってるんだ僕は・・・」


そして家に入ると、


「おかえりなさい」


さっきまで夢心地だった一気に現実に引き戻された。

荒らされまくった部屋の中で僕の湯飲みを勝手に使って寛いでいた美紀子さんがいた。


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