27

「駅前の噴水前に10時集合ね。遅れたらどうなるかわかっているわよね??」


沙紀から送られてきたのは半ば脅しのようなメッセージだった。幸いなことに雲一つない快晴だった。僕は何がなんでも遅れるわけにはいけないので、三十分くらい前に着くように家を出た。


「早く着きすぎた・・・」


早く着いたら着いたで、もう少しゆっくりしながらくればよかったと後悔した。ワーカーホリックとは違うと思うけど、つい最近まで休みのない日々を過ごしていた。だから暇な時間の潰し方が分からなかった。


(スマホでニュースでも見るかな)


僕は噴水前に向かう。すると、そこには人だかりができていた。


「あれ芸能人、モデル・・・?可愛すぎるんだけど・・・」

「ヤバくない?」

「お、おい声をかけにいこうぜ」

「ばっかお前。相手されずに終わるだけだよ」


正確には噴水の前にいる誰かを囲んで人だかりができていた。僕のいる所からでは丁度人が壁になっていて様子を見ることができない。


(なんか凄い人が来ているみたいだなぁ)


僕は沙紀にメッセージを送ることにした。


「今噴水前に着いたんだけど、人だかりができてて集まれそうにないよ。場所変更しない?」


すると、すぐに既読が付いた。


「無理ね」


沙紀からは意外な返信が来た。また沙紀特有の面倒なこだわりが出たのかと思った。


「どう」

「とっくに着いていたのだけれど、噴水の前にたくさん人がいて移動できないのよ・・・」


どうしてと送る前に沙紀から連絡が来た。僕は嫌な想像をした。


「まさか・・・」


僕は前にいる人だかりをかき分けながら噴水前に進んだ。


「すいません、ちょっとどいてください。すいません」


噴水前の集合場所が見えた。


そこには、白のフリルのワイシャツにリボンをつけ、その上に赤っぽいベージュのワンピースを着ている沙紀がいた。僕はこんな衆人観衆がいる中で沙紀に声をかけなくてはならないのかと若干憂鬱になったが、覚悟を決めていくことにした。


僕が来るまではスマホを物憂げな表情で操作していたが、僕に気が付くと表情をパアーっと明るくして僕の下に駆け寄ってきた。


「遅いわよ」

「沙紀が早すぎるんだよ・・・」

「彼女が遅いって言ったら遅いのよ。全くテンプレの待ち合わせをやってみたかったのに」

「テンプレ?」

「ええ。楽しみにしすぎて早く集合場所に現れた明人の下に、遅れてきた私が『ごめんなさい、待ったかしら』って言って『僕も今来たところだよ?』っていうのをやりたかったのに・・・』

「だとしたら、沙紀がもっと遅くに来るべきでしょ・・・」

「そ、そうなのだけれど・・・」


沙紀がもじもじと言い淀む。


「その、楽しみにしすぎて、勝手に足が動いてしまったのよ///」


沙紀が自分の両手を前で組みながら、指をせわしなく絡ませたり、動かしたりしながら僕に言ってきた。


(可愛すぎる)


よくよく見ると、沙紀はうっすらと化粧をしていた。だから、いつもの沙紀よりも大人っぽく見える。若干高校生が背伸びした感もあったけど、それすらも魅力的に感じてしまう。


「それよりも今日の私はどうかしら?」


くるりと回って僕に全身を見せてくる。


「似合ってるよ・・・」


僕は顔を逸らして沙紀に感想を伝える。


「それだけ?」

「ぐっ」


この程度ではダメらしい。


「い、いつもよりも綺麗だよ。化粧もしてて大人っぽくも感じる・・・もうこれで許して」


僕は顔を隠す。正直、今の沙紀と正面から向き合える自信がない。それくらい魅力的だった。


「ふふ、まぁ及第点ってところね」


僕の答えはギリギリだったらしい。


「それじゃあ行きましょうか」


そういって沙紀は僕に手を出してくる。


「・・・この手は?」

「愚問ね。明人なら分かっているでしょ?」

「・・・本当にやるの?」

「それこそ愚かすぎる質問よ。私はやると決めたらやる女なの」


(知ってる・・・)


僕は観念して沙紀の手を取った。すると、沙紀は僕の手を指で絡ませてきた。いわゆる恋人つなぎってやつだ。


「夢みたいね。ずっとこうしたかった」

「そうなんだ・・・」

「ええ」


僕と沙紀は噴水前から移動した。


「それじゃあどこに行こうか?」

「予定は決めてあるわ。まずはショッピングモールに行きましょう!」

「ちょ、沙紀」


こうして沙紀とのデートが始まった。


「まずはここね」

「ここは・・・」


猫カフェだった。


「一度来てみたかったのだけれど、一人だと中々来る気になれなくて・・・」

「なるほどね」

「さっ行きましょう。猫ちゃんたちが待っているわ」


沙紀に手を引かれて僕と沙紀は猫カフェに入った。


~五分後~


「可愛いわぁ~」

「沙紀、顔が蕩けてるよ?」

「し、仕方がないじゃない!可愛すぎるのよ!」


沙紀の周りには猫が大渋滞を起こしていた。一匹ずつ堪能しているようだが、懐かれ方が尋常じゃない。反対に僕のところにはまったく猫が寄ってこない。普通に悲しい。


(まぁ沙紀が楽しんでいるならいいか)


「お持ち帰りしたいわ。というか住みたい!明人との新居はここにしようかしら・・・」


沙紀が暴走しているが、僕は聞かなかったことにした。


すると、一匹だけ黒猫が寄ってきてくれた。


「にゃ~」


胡坐の中に入ってきた。そして僕の顔を一瞥して一声鳴くと、すやすやと寝てしまった。


「お前は優しいなぁ・・・」


猫に気を遣われてしまうとは思わなかったが、初猫との触れあいだった。なんとなくだが、品の良さを感じる猫だった。そして、誰かに似ている気がした。


「サエに懐かれるなんてお客様は運がいいですねぇ~」


店員さんが僕に話しかけてくる。


「そうなんですか?」

「ええ。この子は警戒心が強くてよっぽどのことがない限り人に近寄らないんですがね~」

「それは猫カフェで働く猫としてはどうなんですか・・・?」

「サエは美猫なんで人気はあるんですよ。それにこの子と仲良くしたいっていう理由だけで通ってくれる人もいるくらいなんですよ」

「へぇ~」


僕はサエと言われる猫を撫でる。気持ちよさそうに寝ているサエを見ると癒やされた。すると、殺気を感じた。


「明人、猫に浮気かしら・・・?」


沙紀からの恐ろしい殺気を感じた猫が一目散に逃げてしまった。


(猫にまで嫉妬するのか)


そんな中でも、サエはどこ吹く風で僕の胡坐で寝たまんまだった。


「君は大物だね・・・」


僕は苦笑しながら、沙紀をなだめることにした。

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「ありがとうございました~」


僕と沙紀は猫カフェを出た。


「はぁ~癒されたわ。あの猫だけは最後まで気に食わなかったけど・・・」


サエは結局僕の膝から動かなかった。僕のことを気に入ってくれたようで、僕らが猫カフェを出る所まで見送りをしてくれた。ただ沙紀が近づくと威嚇をして追い払うのだ。


「沙紀?」


これ以上サエの話をしていても沙紀が機嫌を悪くするだけなので、話を変えようとする。


「次はどこに行くの?」

「そうねぇ、夏服が欲しかったのよ。明人にはそれを見て感想を言って欲しいのよ」


「沙紀だよな?」


沙紀の予定だと服を買いに行くらしい。ただ、


「僕にそういうセンスを求められると困るよ・・・」

「いいのよ。明人の反応を見て楽しむだけだから」


「無視すんなっての!沙紀」


そろそろ無視するのも難しくなってきた。松山が後ろにいるのだ。沙紀は完全に僕しか見えてないようだった。ただ、今回は無視するわけにはいかなくなった。


「沙紀、優斗君が声をかけてるんだから挨拶しなさい」


僕は心臓を掴まれた気分になった。その瞬間僕の体温は氷点下に落ちただろう。後ろを見ると、松山。そして、


「聞こえなかっただけよ母さん・・・

「ならいいわ」


僕を家から追放した張本人。義母美紀子さんがいた。

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