22
「それじゃあ改めまして、広報の三崎花蓮で~す。よろしくね?」
「「お願いします」」
今日は三崎さんの下で試練を受けることになった。
三崎花蓮。生徒会の広報を担当している。栗色の髪を腰背中くらいまで伸ばして、広報らしく常に笑顔だ。御堂会長と同じように誰に対しても分け隔てなく接するタイプだが、三崎さんはギャル風のオーラを感じる。
「さっそくだけど、広報の仕事ってどんなものか分かる?」
昨日の栗田さんと同じように三崎さんは僕に質問を投げかけてきた。
「え~と学園の外へのアピールとかですかね」
「うんうん。間違えてはないよ。もっと具体的に言うと、お客様の対応をしたり、ボランティアとかをして地域の人たちと交流したり、後は新入生に対して、自分たちの学校を知ってもらうために中学校を回ったりすることかな」
「なるほど・・・」
直感的に僕の苦手分野だと思えた。反対に松山にとっては得意なことだろうと思った。隣を見るとやる気を出している松山がいた。優等生という仮面を被り、客観的に見ても顔が良い。
(ここで勝つのは厳しそうだ)
苦戦を強いられることを意識して若干唸ってしまう。
「これなら楽勝だな!」
松山は僕を見て、そう判断したのだろう。完全に見下した口調で
僕に言ってきた。
「やる気があるのはいいこっちゃ」
そんな松山の様子を満足そうに頷く三崎さんを見て、僕は若干焦りを覚えてしまう。
「それじゃあ今日やるべきことを言うね~」
「「はい」」
試練の内容が通達される。
「と言っても大したことじゃないよ?これからお客様が来るんだぁ」
「お客様?」
「そうそう。私たちの学校に支援してくれてる団体様のトップの方でね。今日は支援していただいている代わりに何かやれることがないかと提案すること。それが今日のミッションかなぁ」
「なるほど・・・」
広報らしい仕事だと思った。地域との関係を維持していくためには必要なことだろう。
「それじゃあ行こうか!彩華ぁ行ってくるね~」
「はいは~い」
そうして僕と松山と三崎さんは教室を出て、応接室に向かった。
その時、沙紀が僕に向かって誰にも見えないように手を軽く、振っていた。
失敬、僕以外にも気づいていたやつがいた。
「沙紀のやつ、いじらしいことしてくれるじゃん///」
(松山にじゃないと思うよ)
沙紀が知ったらキレそうなので墓場まで持っていくことを覚悟した。
「今日はお忙しい中ご足労いただきありがとうございます」
「これはご丁寧にありがとうございます。それと花蓮ちゃん。いつもの調子でいいわよ?あんまり固くなられると距離を感じてしまうわ」
「それなら、もう少しフランクに話しますね!」
松山学園に金銭面を含めて様々な支援をしてくださっているOGの望月さんだ。物凄く人当たりの良さそうな方だ。
「それとそこの二人は誰かしら?」
「この二人は私の部下です!今日は経験を積ませるために、連れてきました!」
挨拶をしろと三崎さんから合図が入る。
「い、岩木明人です。今日はお願いします」
緊張して、声が震えてしまった。
「松山優斗です。望月さん、お久しぶりです!」
松山は慣れているのか物凄くはきはきと挨拶をした。
「あら?もしかして理事長の息子の?」
「そうです!」
「大きくなったわねぇ~」
松山と望月さんは知り合いだったらしい。僕のことなど望月さんは完全に忘れて、二人との会話を始めてしまった。
(ヤバいな。できることが何もない)
僕はただただ無為に時間を過ごした。
「それじゃあ、アイスブレイクも済んだと思うので本題に行きましょう」
「もう、毎回のことだけど、あまり気を遣わなくていいのよ?私たちは好きでこの学校に支援してるんだから」
「そういうわけには行きません。文化祭や部活動がしっかり活動ができるのは地域の方々のおかげです!恩返しをするのは当然ですよ」
「花蓮ちゃんったら真面目ねぇ」
望月さんは顔を綻ばせた。孫を見ているおばあちゃんみたいだった。
「そこまで言われたなら何かしてもらおうかしら。何がいいかしらねぇ~」
「う~ん、私も考えてきたんですけど、まずは二人に聞こうかなぁ。何かある?」
ついに来た。ここが僕が唯一のアピール機会だ。三崎さんはここでは黙って静観するつもりらしい。松山がここぞとばかりにアピールしてきた。
「うちの学校は老人が来訪するには不便です。後は障がい者たちにとってもです。だからバリアフリーの学校を作るために、スロープやエレベーターを設置します!」
凄い壮大な目標だ。僕は規模の大きさに絶句した。確かに、それができたら恩返しになるかもしれない。だけど、
「予算はどうするの?」
三崎さんは当然の疑問を投げかける。すると、松山は自信満々で言った。
「父さんに頼めばいくらでもやってくれますよ」
金の力で解決するつもりだ。それをやられたら僕では勝てない。僕には資金も権力もないのだ。
「そうねぇ。それはそれでありがたいかもしれないわね」
「ありがとうございます!」
望月さんは笑顔のまま松山の提案に頷いた。
「それじゃあ明人君、何かある?」
僕に話を振られた。正直、松山には勝てる気がしなかった。だけど、僕にはこれしか思いつかなかったので、ダメ元で提案した。
「は、はい。その、望月さんに確認なのですが、五十年くらい前にうちの学校の生徒会長をやっていましたか?」
「え、ええ。よく知っているわねぇ。でもそれがどうかした?」
良かった。それなら僕のできる提案はこれしかない。
「それなら僕は松山公園の花壇を生徒会で綺麗に再生することを提案したいと思います」
「え?」
望月さんは驚いて固まっていた。そして、そのまま何かを考える仕草をしていた。
「もしかしてあなた、知っているの?」
何をというのはそういうことだろう。
「はい」
「そう・・・」
そのまま望月さんは黙ってしまった。僕はやってしまったかもしれないと思った。三崎さんは僕らに退出をうながしたので、僕と松山のどっちの意見を取るかという具体的なことは全く聞けなかった。
「今回もおれの勝ちだな」
どや顔で言ってくるが、僕に反論できる要素はない。
「そうだね。完敗だ」
僕の言葉に満足したのだろ。やれ、おれが本気を出せばこうだとか僕が今まで勝てたのは運だとか色々言われたがその通りだと思ったので、僕は甘んじて受け入れた。
生徒会室で待機していると10分後くらいに三崎さんが戻ってきた。
「お疲れ様。どうだった?」
「疲れました・・・」
僕は素直な感想を漏らした。松山は僕のそんな貧弱な姿を見て、鼻で笑った。
「俺はまだまだ行けるけどな」
「お~松山君は凄いね!」
「それほどでも!」
二人で会話を始めた。
(この様子を見ると、僕の負けかぁ・・・)
まぁ仕方がない。切り替えよう。
「それじゃあ解散しよっか。あっ、アッキーは残ってね」
「え?あ、はい」
(なんであだ名呼び?)
呼ばれ慣れないあだ名呼びに一瞬反応が遅れた。
「それじゃあお先に失礼しま~す」
「ま~たね~」
松山が消えた。それを見計らって僕の方を三崎さんはこっちを見た。そして、何を言われるのかとドキドキした。
(何か気に障るようなことをしたのかな・・・?)
もしかして、さっきのことで何かやらかしたのだろうかと不安になった。三崎さんは真面目な雰囲気を醸し出していたので、緊張してきた。
「さっきの望月さんへの提案だけど、どうやって思いついたの?」
(やっぱりかぁ)
「そ、それは、昨日栗田さんの試練で生徒会の議事録を読みました」
「いやいや望月さんは高齢だよ?数年ほど覚えたって望月さんの名前が出てくるとは思えないんだけど」
「ああ、僕は昨日生徒会議事録を最初からすべて覚えたので」
「え?ちょ、ちょ、ちょっと待って!すべてって言った?」
「はい」
「生徒会創立から?」
「はい」
僕の言葉に天井を仰ぎ見た。
「昨日言ってたことって本当だったのかぁ」
言葉尻を聞く限りは、昨日の僕の言ったことは半信半疑どころか信じてすらいなかったのだろう。
「なるほど・・・こりゃヤバいね」
何かを噛み締めるように言った。
「それであの提案なんだね?」
「はい。望月さんが生徒会の会長時に作った花壇を僕は復活させたいと思ったんです。記録だけを見ても、相当な労力と気持ちを込めて作ったことがありありと伝わってきました。だけど、昨日の帰り道で公園を見にいっても花壇らしきものがあっても、手入れをされている様子が全くありませんでした。もしかしたら年で花壇の手入れが難しいのではと思って提案した次第です」
「なるほどね・・・」
三崎さんは得心がいったようだ。そして、
「うん、合格!」
「え?」
「だから合格だよ。実際、望月さんからもぜひお願いしますって頼まれちゃったしねぇ」
「そ、そうですか。じゃあ松山の方は?」
「ああ、あれは論外かな~」
「え?」
「まず望月さんを老人扱いしたこと。あれは善意かもしれないけど、普通に人を傷つける。あの話し方の時点で人を見下していることがよくわかるね」
僕は頷いた。
(そんな細かいところまで見てるのか)
改めて生徒会の凄さを実感した。
「次にお父さんである理事長の力を借りて金で物事を解決しようとしたこと。コネを悪いことだとは思わないけれど、あの場面では最悪だね」
「な、なるほど」
「広報ってさ学校の顔なんだよ。だから、人間性が終わっているとその時点で色々終わるんだよねぇ。今回の例でいったら、松山君の提案で支援を止められる可能性もあったんだよ?大袈裟じゃなくてね」
そう言われるとあの場所で失敗することは学園に不利益をもたらすことすら可能性としてあったのだ。そう考えると凄いところに立ち合わせてもらえたなぁと思った。
「その点アッキーは優秀。気遣いもできるし、話し方も相手に悪い印象を与えないから生徒会の広報を手伝ってもらうには最高の人材だね」
「で、でも今回は偶々の可能性が」
「だけど、結果的に百点満点の回答を持ってきた。運だったとしても他の部分を見て私は庶務にふさわしいと思ったんだよねぇ~」
「ありがとうございます」
「おお~照れてるねぇ~いい子いい子~」
「ちょっ、三崎さんもですか!?」
「あっ、私のことは花蓮さんって呼んでね~、三崎さんだと距離を感じちゃうんだ」
「わ、分かりました」
僕は花蓮さんにされるがままだった。ただ場所が良くない。今、僕と花蓮さんは生徒会室にいた。
「ん、花蓮、ズルい。明人は私の下に付かせる」
「栗田さん!?」
「私のことも由紀さんと呼びなさい」
「は、はい」
「え~ダメダメ~、私の部下にする」
僕の取り合いが始まった。綱引きの縄になった気分だった。
「おお~明人君、モテモテだねぇ~」
「ねぇ、彩華?私がもう審査する必要はなくない?」
「ダメダメ~めんどくさいからって逃げようとするのはダメだよ?」
などと話し合っている中で、頭を抱える沙紀がいた。
「私の彼氏が認められて喜べる半面、私の明人が取られるかもしれないっていう嫉妬が湧いてきたわ・・・とりあえず明人には責任を取ってもらうしか・・・」
寒気がしたが僕は気にしないことにした。最後に岸田さんに認めてもらって僕は生徒会役員になるんだと気合を入れ直した。
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