19

「一緒に生徒会室に行きましょう」


沙紀からメッセージが届いた。特に急いでいるわけでもなかったので了解と返信した。そのままスマホをポケットにしまって沙紀の下に行こうとする。廊下を出ると、


「岩木!」

「ん?」


松山が急いで荷物を抱えて僕の下にやってきた。僕は何をそんなに急いでいるんだろうと邪推してしまう。


「一緒に行こうぜ?」

「え?嫌だけど」


僕は反射的に反応してしまった。しかも結構ナチュラルに。


(あっヤバい)


廊下だったので他クラスの人間もたくさんいた。そんな中で今の一言は余計に注目を浴びてしまう。現に僕と松山の様子をチラ見している人はそこそこいた。松山は僕の応答に一瞬青筋を立てたが、廊下という公共の場なので怒り散らすことはできない。


だから、僕の肩を無理やり組んできた。


「そんなこと言うなって、俺らの仲だろう、なぁ?」

「・・・」


(どんな仲だよとツッコミたかったが我慢)


気心のしれた友人関係であることをアピールして事態を収拾しようとした。実際それはうまくいったようだった。野次馬達も蜘蛛の子を散らすように消えていった。


僕と松山はそのまま沙紀の教室に向かった。すると、人が減ってきたタイミングで松山は僕の耳に語り掛けてきた。


「知ってんだぞ?今から沙紀のところに行くんだろ?抜け駆けは許さないぞ?」

「抜け駆けって・・・」

「沙紀はお前とお試しで付き合っているんだからな?勘違いすんなよ?」


僕は絶句した。なぜかって?噂どころかその場の生ける証人にも関わらず、ご都合主義のように事実を改変しているのだ。ある意味で物凄く政治家に向いていると思った。


僕は面倒なのに絡まれたと諦めながら沙紀の下に行くと廊下でスマホをいじっていた。沙紀のクラスということで昼休みのことを思い出してしまう。現に僕が教室に近付くと、ひそひそと噂話をされていた。沙紀は僕に気が付くと一瞬物凄くいい笑顔をしたが、僕に気安く肩を組んでいる松山を見て、つばでも吐きそうな表情になった。


周りからは見えないように計算されていたとはいえ、絶対に女の子がしてはいけない顔をしていた。


「やあ沙紀、丁度岩木と一緒になってな。目的地は同じだから一緒に行こうぜ?」

「明人、遅いわよ。か・の・じょを待たせすぎじゃないかしら?」

「ご、ごめん」


沙紀は丸っと松山をいないものとして扱った。すると、僕の肩にまわしている手の力が強くなった。


「ひ、酷いなぁ、昨日のことをまだ引きずっているのかい?」

「明人、ちゃんと弁当は食べてくれたかしら?」

「うん、美味しかったよ。ただ、あの恥ずかしいので、勘弁して・・・」

「Ich mag es nicht(いやよ)」

「なんて・・・?」

「ごめんなさい、最近ドイツ語を嗜んでいて、つい出ちゃったわ。次は気を付けるわね?」


(なんとなくだが、全く気を付ける気がなさそう・・・)


それよりもさっきからずっと無視され続けている松山の圧力がどんどん増してくる。沙紀に無視された分だけ肩を組んでいる僕に対する当たりが強くなってくる。


そこにゴシップ好きな沙紀のクラスメイト達がヒソヒソ話を始めた。


「松山君もいるんだけど、どうなってるの?」

「あれ?彼氏君って松山君にテストで勝って沙紀さんと付き合ったんでしょう?」

「でも沙紀さんと松山君も親しそうだよ」

「なんか不思議な三角形だね」


確かに今の僕らの三角関係はなんなのか言葉にできない。第三者からすると不思議な関係だと思う。すると、松山がとんでもないことを言ってきた。


「沙紀の母親と俺の父親が俺らの受験が終わるのを機会に再婚するんだよ。だから俺と沙紀は義理の兄妹ってことになるんだ。そして、明人とは今回のテストでライバル関係、いや、そんなことでは言い表せない。親友になったんだ!」


(嘘でしょ・・・?)


ここまで綺麗な嘘をつかれると怒る気もなくなる。沙紀の教室の前は歓声に包まれる。そして、別のクラスの人間にも伝わってしまった。余計なことを伝えられた沙紀は額に手を当てて疲れた表情をしてた。


「へぇ~凄いね!」

「まさかそんなラノベのようなことが・・・」

「ってかライバル関係っていいね!」


色々な感想が飛び交う。この辺りは僕のクラスと同じだ。同級生と義兄妹になるというのは謎のストーリー性があるのかもしれない。しかも松山と沙紀は美形だ。だから余計にだろう。


「水本さんもよかったね!松山君みたいな人が兄になって!」


僕が油断している時に、沙紀のクラスメイトの一人が聞いてはいけないタブーを犯した。沙紀にその話題は不味い。とはいっても僕にできることなど全くない。だからハラハラしながら現場を見守ることにした。沙紀は一瞬だけ考える素振りをするが、


「ええ、そうね」


沙紀は驚くことに肯定したのだ。松山を持ち上げるようなことを死んでもしたくない沙紀が松山を賞賛した。その言葉に松山は前髪をフッとしてこれ見よがしに僕を見てきた。少しイラっとした。だけど、松山の方を笑顔で見たかと思うと、


「明人との交際を心の底から喜んでくれたんですもの。ね?義兄さん・・・・?」


(えっぐ・・・)


有無を言わせない圧力で義兄さん呼び。松山はビシッと固まってしまった。沙紀は松山を義兄として持ち上げる。だけど、沙紀の最後の一言を松山は絶対に受け入れたくないだろう。


(レスバが強すぎる・・・)


さらに、僕の周りには噂好きな女子がたくさんいる。下手なことを言うと松山自身の評価を下げることになりかねない。沙紀の恐ろしすぎる戦略に僕はちびりそうになった。罠にかかった松山はそんなことを天秤にかけた結果、全身を震わせながら、なんとか笑顔を作った。


「そ、そうだ、な。義兄としては、大事な義妹と、し、しん、ゆうが、つ、つ、つ、つ付きあってくれたんだ・・・し、しゅ、祝福しないと、なぁ、あはは」


僕は全く祝われている気がしなかった。だけど、そんなことを全く知らない外部の人間からしたら、ただの妹思いのいい兄にしか見えなかっただろう。ワーッと歓声が上がる。口々に松山を賞賛する声が上がる。僕も肩を組まれた状態なので周りには女子だらけになった。


僕が緊張していると、沙紀が恐ろしい視線を僕に向けてきた。が、そのまま松山の方をみた。


「それより、義兄さん。そろそろ私の明人を返して頂戴」

「グエっ!!」


松山の横っ腹をスクールバックでぶん殴る。すると、蛙のようなうめき声を上げながら吹っ飛んだ。


「ふ~」


沙紀はスッキリとしている様子だった。対照的に僕らの周りに集まっていたギャラリーたちは沙紀の蛮行に驚いて何もしゃべれなくなっていた。


「み、水本さん?」


恐る恐る沙紀のクラスメイトが沙紀に声をかける。すると、物凄くいい笑顔で、


「これは義兄さんとのスキンシップなの。いつものことだから気にしないで頂戴」


(嘘つくなって・・・)


しかし、沙紀のスキンシップ発言に廊下の空気は弛緩した。止まっていた時間が動き出したかのようにたくさんの生徒が動き出した。


「な、なんだぁ」

「そ、そうなんだぁ」

「それより、水本さん今、『私の明人』って言ってなかった?」

「私もそう聞こえたよ!」


沙紀のスキンシップ発言に安心したのか、興味の話題は変わった。すると、沙紀はいつも通りに毅然と答えるのかと思った。しかし、


「そ、その、今のは聞かなかったことにして欲しいわ///」


なんと赤面してしまっていたのだ。沙紀はクールビューティで通っている。そんな人間が突然赤面などすればあれが起こる。ギャップ萌えだ。男女関係なく沙紀に見惚れた。そして、


「キャー可愛い!!」

「見た!今の顔!?」

「水本さんが赤面!?」

「もしかしてこれは屋上で何かあったのでは?」

「ちっくしょう!あんなに愛されてる岩木ってやつがうらやましい!」

「まさか!本当に水本さんが落とされたのか!?」


沙紀の赤面にみんなが注目している。


「その、恥ずかしいから見ないで頂戴///」


沙紀のその態度が火に油を注いだ。恥ずかしいからやめてくれと頼んでいる沙紀には普段なら保護欲が湧くだろう。しかし、僕は見てしまった。沙紀が顔を隠しながら計画通りと悪魔的に笑った瞬間を。


(これ同時に松山を潰すと同時に僕の外堀も埋められてない・・・?)


僕は普通に戦慄した。そして、沙紀は僕の腕を自分の腕で絡めた。


「そ、それじゃあ私たちは用事があるから///行くわよ明人///」

「う、うん」


僕たちは最後まで歓声と冷やかしと絶望の怨嗟に見送られながら生徒会室に向かった。


なお、完全に存在を忘れられた松山はというと、


「ちくしょぉ!覚えてろよ!キモパンダ」


物凄く雑魚キャラ感を満載にしていた。

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