18

「会長・・・」


沙紀は物凄く嫌そうな顔をして、突然来訪してきた御堂会長を見ていた。良いところなんだから邪魔すんなと視線で語っていた。


(僕としては助かった・・・)


「あははは、そんな嫌そうな顔をしないでよぉ」


御堂会長はそんな沙紀の恐ろしい威圧に対して、全く動じなかった。それどころか余裕を感じさせる。


「え~と、なんでここに?」


僕は威嚇し続ける沙紀に代わって聞いた。すると、僕の方を向いてその笑顔を向けてきた。僕はその笑顔に不覚にも見惚れてしまった。


「そ・れ・は・ね」


御堂会長は勿体つけてきた。沙紀は焦らしてくる御堂会長に対して、キレそうになっていた。


(落ち着きなさいって・・・)


「岩木君、ううん、明人君に用があったんだぁ」

「え?僕」


名前呼びされて一瞬ドキッとした。


「うん。君を探しに教室まで行ったんだけどいないから手間取っちゃったよ」

「なんかすいません・・・」

「全く気にしてないよ。それより」

「え?御堂会長///?」


そういって僕の手を掴んできた。沙紀以外の女子と全く関わっていなかった僕は突然の出来事に緊張で固まってしまった。


(手、柔らか!)


御堂会長の手の感触を味わってそんな感想を抱いたが、隣にいる沙紀から殺気を感じたので、僕は一瞬で冷静さを取り戻した。


「それで会長。明人になんの用事があってきたんですか。後、手を離せ」

「沙紀ちゃん怖いよぉ、そんなに束縛すると、岩木君に嫌われちゃうよぉ?」

「そ、そんなことないわよね!?」


沙紀が焦りながら僕の方に向いてきた。僕は無言でうんうんと激しく頷いた。僕の様子を見て沙紀はほっと一息。沙紀は安心したようだが、そこで御堂会長はニヤリと悪い笑顔になった。


「あれれぇおかしいなぁ?噂だと岩木君の方が沙紀ちゃんに惚れているっていう感じだったのに、これじゃあ真逆だねぇ?」

「っ!!」


ニヤニヤと御堂会長は沙紀を見ている。沙紀は苦虫を嚙み潰したような顔をした。


「もぉ、怖い顔しないでよぉ。これは沙紀ちゃんにとってもメリットがある話だよ?」

「私にも?」

「うん、改めて明人君」

「は、はい」


沙紀から目線を僕に移した。そして、笑顔を引っ込めて真剣な表情と眼差しで僕を見てくる。


(何をお願いされるんだ・・・?)


僕はゴクリと唾をのみ込む。冷や汗が出るのも感じた。すると、


「生徒会に入らない?」

「「え?」」


僕にとっては予想外のお願いをされた。予想外過ぎて僕はなんと言っていいのかわからなくなっていた。すると、僕よりもいち早く再起動した沙紀が僕の代わりに心情を代弁してくれた。


「え~となぜ明人を生徒会へ?」

「そんなの決まってるじゃん!人手不足だからだよぉ。優秀な人材はどれだけいても足りないの!」

「そうじゃなくてなぜ明人かを教えてください!」

「もう落ち着きなって」


沙紀にやれやれと呆れたポーズを取る御堂会長。沙紀は青筋を浮かべる。


(ここまで沙紀を手玉に取れるなんて凄いな・・・)


見当違いなことを考えると同時に沙紀と同じ疑問は僕も抱く。


「な、なんで僕なんですか?」


御堂会長に尋ねる。すると、いつもの笑顔で僕を見てくる。御堂会長の笑顔には毎回ドキッとさせられる。僕は目線を逸らした。しかし、手を握られたまんまなので僕の心情など手に取るように分かってしまうだろう。そして、満を持して御堂会長は僕に宣言してきた。


「それはね。君のことが気に入っちゃったからかな♡」

「え///?」


僕は御堂会長が赤面しながらそんなことを言ってきた。


(え?僕のことを気に入ったって言った?御堂会長が?)


ありえない想像に僕の体温はぐんぐん上昇した。初夏にしては太陽が熱すぎる。しかし、隣から絶対零度の寒波が襲ってきたので現実に戻ってきた。


「明人、浮気?<●> <●>」

「ひっ」


僕は本能の底からビビった。あんなにハイライトが仕事をしていない視線など初めてみた。そして、爆弾を投下してきた張本人は、


「ごめんねぇ君たちの反応が面白すぎてつい悪戯しちゃった☆」


てへとする。可愛いけどやめてほしい。僕がそういう感想を抱くたびに僕を見る目がどんどん怖くなる。そして、僕に当たっても仕方がないと御堂会長の方を向いた。


「それで何がしたいんですか、女狐会長

「沙紀、流石に不敬がすぎるよ・・・」

「おっと失敬」


不機嫌を隠そうとしない沙紀に一応僕はツッコミをいれる。ニコニコ笑っている御堂会長は僕に向き直ってきた。


「本題に戻るけど、明人君。本当に生徒会に入らない?」

「いや、でも」

「さっきはふざけたけどちゃんと理由はあるんだよ?」

「それをさっさと話してください!」


沙紀はもう不機嫌を隠そうともしない。むしろ早く帰れと言っているようだった。御堂会長はそんな沙紀の様子に何も動じず笑顔で僕を見て言ってきた。


「ふふふ、それはねぇ」


御堂会長が続きを言おうとすると、再び屋上に来訪者が来た。


「それなら俺を生徒会に入れてくれないか?」


そこには昨日、散々な目に遭ったはずの松山が来た。沙紀はその瞬間に目にもしたくないのかサンドイッチを黙々と食べ始めた。


(それ僕のなんだけど・・・)


沙紀は僕の弁当箱を開けて勝手に食べ始めた。


「優君・・・私、取り込み中なんだけど」


御堂会長は困惑と苛立ちを込めて笑顔で松山に対応する。松山はそんなことなどお構いなしに話を続ける。


「ごめん、ごめん。でも、俺が生徒会に入ったら彩華姉さんにもメリットしかないだろうと思って提案しに来たのさ」

「デメリットしかないでしょう(ボソっ」


松山は物凄い自信があるのか知らないがとてつもないことを言ってきた。沙紀がボソッと呟いた言葉は松山の耳には入ってこなかったらしい。


「ふ~ん具体的には?」

「俺は数学が得意だ!だから経理関係の仕事だったら即戦力だろ?」


そして、会計の沙紀に対してちらちらとアピールを忘れない。


(あれだけ酷い目にあったのにまだ沙紀のことを諦めてないのか・・・)


肝心のアピールを受けた沙紀は、


「見て明人、ツバメが巣を作っているわよ」

「そ、そうだね」


完全に無視していた。まともに相手をするだけ疲れると分かっているので沙紀は松山のことを存在しないものとして扱うらしい。そんな沙紀の反応に沙紀ではなく僕を睨んできた。


(なんでだよ・・・)


だけど、御堂会長は松山にとって痛いところを突いてきた。


「でも優君さぁ。今回のテストで明人君に負けたじゃん」

「ぐっ」

「そうね。それなら明人の方が適任ね」


ここぞとばかりに沙紀も参戦。さっさと邪魔者に消えてほしいと思っている沙紀からしたら参戦しない理由はないだろう。


「こ、今回は偶々だ。それに俺の方が一年からの実績があるだろ!今回の岩木はまぐれだろ」

「あの程度なら百回やっても満点取れるよ?」


僕の正直な感想に松山は青筋を立てる。そして、女性陣は笑いをこらえていた。


「まぁそういうわけで優君の得意なことを活かせそうな仕事はないの。だから今回は諦めて?ね?」


御堂会長は優しいお姉さんのように諭す。松山は諦めるかと思ったが、


「た、確かに経理関係では少し、いや、ナノレベルで負けているかもしれない。だけど、他の仕事ならどうだ?」

「およ?」

「今、空いてるのが庶務だろ?それなら俺のような総合力の塊に任せた方がいいんじゃないか?」


沙紀と直接的にかかわるのは無理だが他の役職の手伝いを含めた総合力なら勝てるというわけらしい。そして、松山の追撃が始まった。


「例えば広報なんかの手伝いは俺みたいな顔が良いやつの方がいいだろう?それに理事長の息子だかラコネもたくさん使える。書記に関しても字が綺麗な俺がやった方がいいだろう?あっ、今はパソコンか。なら余計に俺の得意分野だ。会長副会長のサポートだって中学で経験しているからお手のものさ」

「ぺらぺらとよく回る口だこと・・・」


沙紀は皮肉を込めて反応する。僕のサンドイッチは残り一つになってしまった。


「これだけの能力があるなら俺が庶務になった方がいいと思わないか、彩華姉さん?」


所々ツッコミたい箇所があったが、確かに概ねいっていることは正しいと思った。性格は置いておいて松山の方が僕よりも相応しいと思うだろう。御堂会長もそこには少し思うことがあったのだろう。


「う~ん。じゃあこれだけは教えて優君。なんで生徒会に入りたいの?」


威圧的な笑顔で松山を見据える。その瞳は嘘を許さないと語っているようだった。松山は意に介さず、肩をすくめた。


「そんなの決まってるだろう。岩木には悪いことをしたからさ。俺も心を入れ替えて学園全体のために働きたいんだよ」


(嘘くせぇ・・・)


隣にいる沙紀も僕と同じような顔をしていた。それなら被害者の僕にまず詫びを入れるのが筋なのに何もしてこないということで察せられるだろう。御堂会長は諦めたようなため息をついた。


「どうしても入りたいの・・・?」

「もちろんだ。俺は学園のために粉骨砕身、身を粉にして働くつもりだ!」


沙紀を一瞥し、そして、僕に憎しみのこもった瞳を向けてきた。


「言い出したら聞かないもんなぁ」


御堂会長は諦めたのか、ハアとため息をついた。


「じゃあテストをしましょう」

「テスト?」

「うん、明人君と優君。現役の生徒会役員でどちらが相応しいかを決めます。それでいい?」

「へぇ面白いじゃん。いいよ。やろうやろう。ま、俺が負けるわけがないから勝ち戦だけどな」


(勝手に話が進んでる!)


松山はやる気満々だった。当事者の僕を抜いて話がどんどん進んでしまっている。


「あの、僕、まだ受けると決まったわけじゃ」

「上等よ。明人があんたみたいなカスに負けるわけがないでしょう?」

「沙紀ぃ!?」


沙紀が勝手に僕の言葉を代弁する。僕に対して、挑戦的な視線で僕を見てきた。


「岩木、束の間の青春を楽しんでろよ?すぐに沙紀と別れることになるからな」


何と言っていいか分からかなかったが、僕が茫然としている間に教室に戻ろうとした。


「それじゃあ、沙紀、彩華姉さん、またね」

「うん、またね~」


松山は最後に沙紀にウインクして出ていった。カッコつけたつもりだったのだろうが沙紀は目が汚れたと思って僕の制服で顔をぐしぐしと拭いた。


「気持ち悪い・・・」


(こんな反応を好きな女の子にされたら絶対に泣くなぁ・・・)


「ま、優君には身の程を知ってもらうためにいい薬になるかもね~」


御堂会長は何か気になることを呟いたが、その後に僕の方を向いてきた。


「ごめんねぇ、明人君を抜いて勝手に話が進んじゃって」

「いえ」


全くだと言いたかったが社交辞令で自分を抑えた。


「話の続きだけどね、生徒会の役員には明人君になってほしいの。優君じゃなくてね」

「どうしてそこまで・・・?」

「生徒会、特に庶務っていうことを考えた時に明人君にあって優君には絶望的に欠けているものがあるの」

「僕に合って(有って)松山に絶望的に欠けているもの・・・?」


さっきの松山の言葉を聞く限り生徒会適性は抜群なような気がする。それこそ僕なんかでは比較対象にならないくらいに。


「うん。それに気が付けたら優君でも生徒会に入れて良いと思うんだけどねぇ。ま、それはなさそうだから明人君が九割九分勝つと思うよ」

「当然です」


僕には何が何だか分からないが沙紀と御堂会長は分かっているようだ。


ただ僕に本当にやれるのだろうかという不安がぬぐえない。それに御堂会長はああいってくれたが、僕自身松山が高スペック人間だと思っている。勉強面においては偶々僕の方が才能があったが、総合力と言う面においては勝てる気がしない。


「まぁここまで聞いて、断りたいと思うなら遠慮なく断ってもらっていいよ?」

「え?」

「当たり前だよ?決定権は明人君にあるからね」


(そうか、断ってもいいのか・・・)


ただね、と御堂会長は続ける

「私は、ううん、私たちは明人君みたいな人間を今必要としてるの!ね、沙紀ちゃん?」

「そうですね、私情抜きにしても明人以外に適任はいないと思うわ。だからお願い・・・」

「沙紀まで・・・」


(『必要』、『必要』かぁ)


思えばここ数年必要とされたことなど全くなかった。一番僕を必要としてほしかった美紀子さんからは奴隷扱いで家族扱いもされず、挙句の果てには捨てられた。僕はただ家族として認めてもらいたかっただけなのに。


でも、沙紀が僕の下を訪ねてきてくれたから僕の生活はガラッと変わった。変えてくれた。そんな大恩ある沙紀に今僕は必要とされている。なら


「お引き受けします」


やってみることにした。御堂会長と沙紀は顔を見合わせて、そして僕の方を見た。


「本当!?後で取り消しってなしだからね!?」

「はい。でも松山に負けたらその時はすいません」

「もっちろん!その時はその時だよ」


そして、忙しそうに立ち上がったかと思う小走りで屋上の扉に向かい、僕と沙紀の方に振り返ってきた。


「それじゃあまた放課後に生徒会室で!」

「は、はい」


嵐のような生徒会長だった。また意図せず松山と対決することになったが、ベストを尽くそう。そして、僕は隣にいる彼女(仮)を見た。


「沙紀・・・?」

「明人の手料理美味しかったわ。ご馳走様」

「いつの間に・・・」


僕の弁当をすべて食べていた。といってもサンドイッチしか入れてなかったから料理とは言えないものだ。意図せず沙紀に食べさせることになったが、美味しいと言ってくれたなら作った甲斐はあった。


(まぁ僕が食べるものはなくなったけど・・・)


キーンコーンカーンコーン


予鈴がなった。後五分で午後の授業が始まってしまう。


「もう戻らないといけないわね」

「そうだね」


片づけを始める。僕はまだいいが沙紀は生徒会役員だ。遅刻など彼女の経歴に傷がつくだろう。すると、沙紀は自分の弁当箱を僕に渡してきた。


「次の休み時間にでも食べて」

「ちょ、沙紀!?」

「それじゃあまた後で~」


沙紀は僕に無理やり弁当箱を押し付けて教室に小走りで戻ってしまった。


「どうしよう・・・」


沙紀に弁当箱をもらえたのは嬉しい、嬉しいのだが・・・

すると、沙紀からメッセージが届いた。


「今日の朝五時に起きて作った愛情マシマシ弁当よ。大事に食べて頂戴ね?♡」


中身を見ると、完全に愛妻弁当だった。


(これを教室で食べるのか。しかもみんなが弁当を食べてないところで・・・)


僕は沙紀にもらった弁当を大事に抱えながら教室に戻った。


そして次の授業休み。沙紀が作ってくれた弁当箱を開ける。まず容器がピンク。そして、白飯の上にはハートのマーク。もうなんていうのか全体的にピンク一色だった。僕はみんなに注目されながら沙紀からの愛妻弁当を食べた(味は最高)。


なお、僕は全く気が付かなかったが、松山が沙紀の愛妻弁当を食べる僕に対して、怨嗟の瞳をずっと向けていたらしい。

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