17

「途中で待ち合せて学校に行きましょう」


沙紀とはそういって別れた。僕は今沙紀との待ち合わせ場所に向かっていた。地獄のバイトもない。テストもない。そんなありふれた日常を久しぶりに味わっていた。


(いい天気だなぁ)


空は雲一つない快晴だった。沙紀との待ち合わせの場所が見えてくると沙紀がもう現地にいた。


(早いな)


沙紀は手鏡で自分の服装や見た目を整えている。少しだけ跳ねた前髪を治そうと四苦八苦している様子を見て微笑ましくなった。そして、僕の姿が見えると手鏡をすぐにしまって僕の下に小走りでやってきた。


「おはよう、明人」

「おはよう、沙紀。ごめん遅くなった」

「いいのよ。気にしないで。よく寝れた?」

「うん」

「それならよかったわ。さ、行きましょう」


僕と沙紀は合流して、そのまま並んで登校する。ただ、人気のないところで沙紀は僕の腕に抱き着いてきた。外ということもあり、僕は周りを気にしてしまう。


「ふふふ、エネルギー補充中♡」


しかし、幸せそうな沙紀を見ると僕も何も言えなくなる。


(まぁいいか)


僕は沙紀の好きにさせることにした。


(ただ釘だけは刺しておこう)


「学校の関係者がいそうな場所に出たら離してね」

「ええ」


そして、そのまま五分くらい歩くと、ぽつぽつと同じ学校の制服が見られてきた。沙紀に離れるように言おうとしたが、いつの間にか沙紀はしれっと僕の隣から離れていた。


(抜け目がないなぁ)


と感心してしまった。学校に近付くにつれて同じ時間に登校している生徒たちと遭遇した。僕はこの時間には登校してこなかった。むしろもっと早く着いてしまっていたので、たくさん生徒がいる登下校の風景に驚いてしまった。ただ、そんなことはどうでもいい。


(なんだろう。ちらちらと見られている気がする)


悪意の視線ではないが、好奇の視線に晒されている気がした。


「どうしたの?」


沙紀が訝しげに僕を下から覗き込んできた。その瞬間に周囲のざわつきが大きくなった気がした。そこで僕は確信した。この好奇の視線は沙紀が惹きつけているものだと。


「いや何も。ただ水本さん・・・・ってこんな視線に晒されて大変そうだなぁと思っただけだよ」

「そう」


沙紀は二文字で僕の言葉に答えた。


「でもね、この視線は私だけに向けられたものではないわよ?」

「え?どういうこと?」


沙紀のつぶやきに僕は疑問をぶつけたが沙紀は少し早歩きになる。僕も当然沙紀を追いかけた。


「それで、岩木君・・・。今日はちゃんと寝れたのかしら?」


沙紀は合流した直後にしてきた質問をまたしてきた。少し疑問に思ったが、


「うん、ぐっすり寝たよ。水本さん」


僕は普通に答えることにした。しかし、それが沙紀の作戦であった。沙紀は僕の方を見て、他人行儀な視線を僕に向けてきた。そして、狙っていたかのように爆弾を爽やかな朝に投下した。


「そう。私は岩木君からの情熱的なアプローチで全く寝れなかったわ」

「何言ってるの!?」

「あんなに好き好き言われたらいくら私でも寝れないわよ?」

「いや、それはむしろ沙紀の方ー」


僕が続きを言おうとすると、静寂ってなんですかっていうくらいに爆発的な喧騒に包まれた。僕は普通に驚いた。すると、僕らの会話を盗み聞きしていた生徒たちがざわざわと語り出した。


「やっぱり噂は本当だったんだ!」

「何それ?」

「なんでも学校で一番の問題児が水本さんに一目ぼれをして学年一位を取ったって!」

「凄いよね!あの二人を見てると本当だったっぽいね!」

「ただまだ付き合ってないっぽいね」


(なんじゃそりゃ!?)


沙紀が僕に猛烈なアプローチをしてきているのに、噂だと僕が沙紀を落とすために学年一位を取ったということになってる。ちなみに昨日夜にラブコールをしてきたのは沙紀の方だ。僕が止めなかったら朝まで通話をすることになってしまうところだった。


そして、噂の渦中で沙紀はこれ見よがしにため息をついた。その態度はあまりのアプローチの激しさに呆れている人のものだった。


「岩木君、私と同率で学年一位を取ったくらいで調子に乗らないで頂戴ね?一応お試しで付き合ってあげているけれどそこのところ理解しているかしら?」

「何言ってんの沙紀!?あっ」


僕は名前呼びをしてしまった。しかも大声で。それで沙紀と僕の関係が完全にバレてしまった。女子たちからは黄色い悲鳴を。男共からは阿鼻叫喚を。特に沙紀に惚れていた人間からの絶叫は普通に恐怖を感じた。


「名前呼びなんて・・・仕方がないわね。特別に許可してあげるわ、明人」


再びの歓声。真実とはかけ離れた(というより逆の)噂で完全に外堀を埋められてしまった。そして、僕は顔を引きつらせながら、


「う、うん。ありがとう沙紀」

「ええ、名前呼びを許可されたことにむせび泣きなさい」


絶え間ない歓声の中、沙紀と僕は下駄箱に向かった。そして、お互いに別の教室に向かうため別れた。

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僕は沙紀のせいで忘れていたこと、つまり、昨日のことをはっと思い出した。


(そういえば学級崩壊に近いことが起こったけどうちのクラスメイト達はどうなったんだろう?)


基本的に松山を中心に回っていたのだ。その松山を排除しようとしたのだから、とんでもないことになるのではと心配になった。僕は少し気になって周りを見渡す。すると、意外なことにいつもと変わらぬ風景が見れた。


松山の周りには相変わらず人が集まり、取り巻きたちも当たり前のようにいた。少し聞き耳を立てていると、


「ごめんな松山」

「ごめんね松山君」


といった感じの声が聞こえてきた。それに対して、松山はキレると思ったのだが、


「ああ、昨日のことはもういいよ。また仲良くしてな」

「う、うん!」

「ありがとな松山!」


意外にも昨日のことを許しているらしい。クラスメイト達は口々に松山に謝罪をしていた。それに対して笑顔で一言一言許していく松山。普通なら器がデカいなと思うのだけれど、僕はなぜか一瞬寒気を感じた。


(まぁ気にしても仕方がないな)


幸いなことに僕に危害を与えようという動きは全くなかった。


(テストで痛い目にあったから心を入れ替えたのかもなぁ)


僕がそんなことを考えていると、担任の先生が来た。そしていつも通りの授業が始まった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

昼休み。僕はため息をつきながら弁当を持って沙紀の教室に向かっていた。テスト期間中は沙紀の方から僕の教室に来てくれたので僕は待っているだけだったのだが今日は違う。沙紀からのメッセージを見返すと、


「たまには明人に迎えに来てほしいわ」


とのことだった。僕は憂鬱だった。なぜかというと


「見て!あれが」

「ああ、水本さんを落とすために学年一位を取ったっていう」

「そうなの?私、水本さんがあの人のことを好きだっていうことを聞いたんだけど」

「それは嘘だろ?現にあいつは水本さんの教室に向かっているわけだから」


などなど・・・


(全部聞こえてるんだよな・・・)


僕は羞恥心と戦いながら沙紀のいる教室に向かったが向かう途中では陰で噂され続けた。そして、沙紀の教室に着く。覗いてみると沙紀が教室の中心で女子に囲まれていた。


(そういえば沙紀が僕以外の人と一緒にいるところってみたことがなかったな)


少し聞き耳をたててみることにした。


「水本さん、なんだっけ?あの問題児の人」

「確か、岩木だったと思う」

「そうそう!岩木君と付き合っているのって本当なの?」


その一言に男女関係なく沙紀に視線が集中する。


「ええ、そうなのよ。テストで一位を取ったら付き合ってくれって怒涛の勢いで頼まれてね。仕方がないからお試しで付き合ってあげているのよ」


歓声が沸き起こる。女子たちにとってはこの手の話題は興味関心のドストライクだろう。沙紀はスマホをいじりながらなんてことはないですよ?という態度で接していた。


「ドラマチック!!」

「岩木君っていう人もやるねぇ」

「そんな風に告白されるなんて女の子としては嬉しいよね!」

「ちくしょう!俺も学年一位を取っておけば!」

「お前じゃ無理だろ」


僕はその光景を見て、とてつもなく帰りたくなった。


(え?この中をいくのって勇者じゃなきゃ無理でしょ?)


僕は回れ右をしようとしたが、スマホの通知が届く。そこには


「早く私を誘いなさい」


沙紀は僕が廊下にいることなど気がついていたらしい。


(この教室に入る勇気なんてない!)


僕は廊下側にいる沙紀のクラスメイトに声をかけて沙紀を呼んでもらうように頼んだ。すると、沙紀の周りに集まっていた女子たちは廊下にいる僕の方を興味深そうに見てきた。


しかし、そんな中で沙紀だけは僕の方を見ないでスマホをいじっている。すると、スマホに通知がまた届く。


「私のクラスメイトに頼らないで直接呼びなさい」


と一言。女王様沙紀からの命令とあっては僕は逆らうことができない。僕はなるべく小さく、かつギリギリ届きそうな音量で沙紀を呼ぶことにした。


「水本さ~ん」


沙紀の取り巻きの様子を見るに、声は届いているようだ。しかし、沙紀は反応してくれなかった。


「水本さん呼ばれてるよ?」


(ナイス!)


貴方は神かと抱きしめたくなる。しかし、


「気にしなくていいわ」


(なんでだよ!)


僕は心の中でツッコんだ。またメッセージが来た


「何度も言わせないで頂戴。私の下に来て、名前呼びで昼食に誘いなさい!後、愛する彼女を誘うのにふさわしい言葉を使わないと無視し続けるわよ?」


(要求が増えている・・・)


面倒くささと羞恥心で僕は自分の教室に戻りたくなったが、気が付いたら周りにはたくさんのギャラリーがいた。


(嘘でしょ・・・)


逃げ道すら塞がれてしまった。まさしく背水の陣だった。僕に残された道は沙紀を連れて人気のない場所に避難することだけだった。僕は覚悟を決めた。教室の中に入る。すると、さっきまで沙紀の周りにいた女子たちは離れていった。そして、興味深そうに観察していた。男たちも同様だ。


「沙紀・・・」


僕が名前で呼ぶと少しだけ悲鳴と歓声が起こる。これを気にしてもしょうがないので沙紀だけを見ることにした。


「何かしら?」


(白々しい・・・)


誘ってきた張本人が何を言っているんだと言いたくなったがぐっとこらえる。


「沙紀、ご飯を食べにいかない?」


ここ最近を振り返ると、沙紀のことを自分から誘ったことなど一度もなかった。なんとなく気恥ずかしいがこれで解放される・・・


「どうしましょう。昼休みは生徒会の仕事があるのよねぇ」


(嘘つけぇ!!)


沙紀のスマホが僕にだけ見えるようになっている。そこには


「もっと情熱的に誘いなさい」


その文字を見た僕は、


「めんどくせぇ(ボソっ」

「何か言ったかしら?」

「いや、何も」


さっきから沙紀は何でもないようにしているが身体がせわしなく動いている。この状況を楽しんでいるのはよくわかる。そして、早く誘えと急かしているようでもあった。そうこうしているうちにどんどんギャラリーが増えてきている。僕は覚悟を決めた。


「沙紀、君と一緒にどうしてもご飯を食べたいんだ!お願い!、その、好きな人とは、ご飯が食べたいんだよ///」


僕は誠心誠意沙紀の要求にこたえる。好きという言葉に教室中の人間が反応する。僕も好きと言う一言にとてつもないこそばゆさを覚えてしまう。沙紀も一瞬だけ耳が赤くなったがすぐに色は戻る。すると、沙紀はスマホをしまって目線を僕に向けてきた。


「ハア、仕方がないわねぇ。特別に明人と食べてあげるわ。そこまで好きなんて言われたら断れないわ」


やれやれと僕に呆れたフリをする。教室は僕に対する賞賛や怨嗟の言葉であふれかえった。僕はテストなんて目じゃないくらに疲労困憊だった。


「全く、生徒会もあったのに明人のことを優先してあげるんだから感謝しなさいね?」

「あ、ありがとう」


僕は口を引きつらせながらお礼を言う。そして、沙紀を連れて僕は教室を出た。そして、テスト期間中に頻繁に利用していた屋上に向かった。生徒会特権で鍵を持たされているらしい。屋上に出ると、


「ふふふ、明人に誘われちゃったぁ」


沙紀は凄く嬉しそうな表情をしながら正面から抱き着いてきた。僕は呆れながら、そして、恨みがましくジト目で沙紀を見た。


「私も大好きな人に追われる立場になってみたかったのよ。許して頂戴」


舌を出しながら言われてしまった。悪戯のバレた少女のようだった。可愛いと思ってしまったがそれ以上に僕としては大変疲れる噂を流されてしまった。


(静かに暮らしたいのに・・・)


僕はため息が止まらなかった。噂の出所は僕のクラスメイトの誰かからなのだろう。ただ、沙紀が僕のことを好きだというストーリーは現実味がない。だから、途中のところで僕が沙紀を落としたくて学年一位を取ったという話にすり替わったのだろう。


(客観的に考えても後者の方がストーリーとして面白いもんなぁ)


僕は諦めた。人の噂も七十五日。それより早くに噂が消えてくれることを祈るばかりだ。それにしても


「誰がこんなうわさに改変したんだ・・・」


恨みがましく僕は呟く。


「それは私ね」

「なんでだよ!!」


僕は沙紀犯人が一瞬で分かって頭を抱えて叫ぶ。ホームズだってお手上げの結末だ。


「さっきも言ったけど、大好きな明人に追われる立場になってみたかったのよ」

「だからってさぁ」

「それに言ったでしょう?私は本気だって。だからどんな手段を使ってでも明人を落として見せるわ」


その本気の視線に僕は目を逸らす。


(ズルいなぁ)


ここまで真っすぐに言われると怒るに怒れない。


「ふふ、もうそんなに怖い顔しないで頂戴。お詫びに私が美味しいものを作ってきてあげたから」

「・・・いただきます」

「ふふ、あ~ん」


いつも通り沙紀は僕に食べさせようとしてくる。これ以上に僕を羞恥心で殺しに来る沙紀に戦慄を覚えた。が、今日の僕は一味違う。


(今日は僕も箸を持ってきたんだ。これであ~んを回避できる!)


何と戦っているかは分からないが優越感に浸りながら沙紀にそのことを言おうとした。


「沙紀、今日は僕も箸を持ってきたから」


バキっ


自分ので食べるよと言おうとした瞬間に僕の割り箸が破壊されていた。


(あれ?)


「何か言ったかしら?」


割り箸の木片が沙紀の手から落ちていた。そして、凄みのある笑顔で僕に何かあったのかと聞いてきた。


「何もないです・・・」

「ふふ、余計なことに頭を使っちゃダメよ?」


僕は速攻で観念した。そして、いつも通りの甘い時間を過ごすことになるのかと思った。


「へぇ~沙紀ちゃんったら大胆だね♡」

「「!!」」


僕と沙紀は声のする方にぐるっと顔を向ける。そこには、


「こんにちはお二人さん。昨日ぶり~」


御堂彩華。この学校の生徒会長がニコニコと佇んでいた。

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