16

「ちょ、ちょっと待ってくれ!沙紀が好きな相手って俺のことだろ!?」

「なんでやねん・・・」


僕は思わず関西弁でツッコんでしまった。一体何をどう勘違いすればそんな愉快な結論が出せるのか甚だ疑問だった。僕と向かい合っていた沙紀は物凄く嫌そうな顔をした。というかここまで露骨に嫌な顔をさせておいて好かれていると勘違いできる松山のメンタルを学びたい。


現実を信じられないらしい松山は鋭い目つきで沙紀を見た。クラスメイト達も僕らの様子を注視していた。特に男子が。


「沙紀は俺のことが好きなんだろ!?」

「天地がひっくり返ってもそんなことはないわ・・・」


現実逃避中の松山に沙紀は現実を突きつけた。そして、もう二度と話しかけるなというオーラを全力で出していた。そんなことなど露知らず、沙紀に問い続ける。


「一年の時に、好きな男を聞かれて俺と言っていたじゃないか!」

「え?そうなの?」

「明人に惚れているのにそんな愉快なことがあるわけないでしょう」

「そ、そうだよね」

「なあに明人、照れてるのかしら?」

「おい!俺を無視すんな!いやそういうことかぁ」


沙紀は二人きりの空間を破壊されて、鋭い目つきで松山を睨んだ。しかし、松山にはまったく効果がなかった。そんなことよりも何かいいことを思いついたらしい。松山は気色の悪い微笑を浮かべた。


(嫌な予感しかしない)


僕だけでなく隣にいる沙紀もそう思ったらしい。


「沙紀・・・いくらなんでも悪戯が過ぎるぞ?俺に振り向いてほしいからって岩木を玩具にするなんて悪いやつだな。そんなことをしなくても俺はお前にぞっこんだぜ?」


凄く言い切った感を出して、いい笑顔をしている。そんな顔を見せられた沙紀は美人が台無しになるくらいに歪んだ表情をした。そして、


「明人、助けて。吐きそう・・・」

「沙紀・・・」


僕に助けを求めてきた。当然僕は沙紀に同情した。可哀そうすぎたので頭を撫でてあげた。すると、沙紀は一転して幸せな表情になる。その表情にノックアウトされているクラスメイト達も何人かいたようだ。


しかし、松山はこんなことでは折れなかった。むしろ僕を真っ赤な表情で見てきた。


「おい!岩木!お前が沙紀を脅したんだろ!?」

「なんでよ・・・」


なんてメルヘンな頭なんだと逆に感心してしまう。自分を主人公だと信じて疑わないといった感じだ。


(ご都合主義もここまでくると凄いな)


犯人を見つけた探偵のごとく僕を追い詰めようとする。


「沙紀、岩木に脅されてるなら俺が今すぐ助けてやる!正直に真実を話すんだ!」

「明人、もう行きましょう。明人に撫でられてとても幸せなのに頭痛がしてきたわ・・・」

「それなら後で俺が保健室に連れてって撫でてやる!だから早く正直になるんだ」


僕が反応する前に松山が勝手にセリフを奪ってしまった。しかも意味が分からない言葉を添えて。沙紀はあまりのしつこさにうんざりした。


「ハア、これは完全にこちらのミスね」


もとはといえば、TPOを弁えないで、惚れ直したなんて言ってきた沙紀の責任でもある。沙紀は仕方なしに説明することにしたらしい。


「私は昔から明人のことが好きだったのよ」

「嘘だ!」

「明人ぉ~もう嫌!こいつと話したくないわ!」


開始三秒で沙紀は説明責任を放棄した。言語が通じない相手に打ちのめされた沙紀は僕に甘えてきた。正常なクラスメイトは沙紀の告白と態度にに絶望していた。しかし、そんなことでは折れない松山は沙紀のその告白と態度に対して、余計に神経を逆なでしてしまったらしい。しかも僕を見ながら。


「沙紀に触れるなカス野郎!」


(自分のお気に入りのおもちゃを盗られた子供みたいだな)


僕は松山にそんな感想を抱いた。沙紀は松山を見ることも声を聞くことも嫌になったらしい。僕も同感だ。


(これ以上はここにいると正気じゃなくなりそう)


僕は沙紀と戦線離脱することにした。


「沙紀、帰ろう」

「その一言を待ってたわ。行きましょう」

「待て待て待て!」


僕と沙紀が教室から出ようとするとカバディのような動きで防いできた。周りを見てみると、必死過ぎる松山に対して、幻滅しているクラスメイトも何人かいるようだった。


「沙紀!目を覚ませ!お前の隣にふさわしいのは品行方正文武両道才色兼備な俺だけだぞ!?その真逆を行くキモパンダなんかが隣にいたら沙紀が穢れるぞ!?」


(自己評価が高すぎることはいいと思うのだが、僕を落とすのはやめてほしい。まぁ痛くもかゆくもないけどさ)


すると、沙紀は予想外のことを呟いた。


「むしろ私は明人色に染められたいわ///」

「いやいや何をいってるのさ!」


その言葉を受けてクラスメイトの沙紀のことが好きだったやつらが再び絶望の悲鳴を上げた。そして松山の理性は吹っ飛んだ。


「てめえええええええええ俺の沙紀をかえせえええええええええええええ!!!!!!」


松山は僕に殴りかかってきた、が、


「おふ!!!」


机に脚を引っかけて転んでしまった。そして、


「ぐぎゅ!!」


顔面から床に突っこんでしまった。クラスが困惑に包まれ、誰も声を上げることができなかった。


(どうすればいいのこれ?)


突然奇声を上げた挙句に机に脚を引っかけて頭から床にキスをしている松山に僕はなんて声を賭ければいいのかわからなかった。ピクリとも動かないので一応、声をかけてみる。


「松山、大丈夫か・・・?」


一応脈とかをはかってみたが正常なので気絶しているだけらしい。生きているのが分かったので僕は一安心した。そして、沙紀と僕は顔を見合わせた。


「とりあえず帰ろうか」

「ええ、起きたら面倒だし」


僕と沙紀は教室を出てそのまま学校も出た。クラスメイト達は僕らが帰るのをただただ見ていただけだった。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「♪~」


沙紀はご機嫌だった。僕の腕に抱き着き、ご満悦の様子だ。ただ外なので正直恥ずかしい。色々な人に見られる。


「沙紀、人に見られてるから離して・・・」

「い~や~よ」


速攻で拒否られた。


「それにしてもよかった。テストを乗り切れて。退学もこれで大丈夫だよね?」


忘れているかもしれないが、テストで良い成績をおさめないと退学の危機だったのだ。松山との勝負もそうだけど、僕としてはそっちの方が重要だった。


「もちろんよ。これで明人と青春らしいことができるわ」

「そうですか・・・」


沙紀としては僕の退学よりもそっちの方が重要らしい。沙紀はいい笑顔でこっちを見てくる。


「ええ。テスト期間だったから色々抑えていたけれど、こっからは全力で明人を落としにいくわ」

「え?今までのって本気じゃなかったの?」

「当たり前でしょう?序の口よ」

「ええ・・・」


一緒に寝たりお弁当の食べさせ合いっことか色々したけど、あれで全力じゃないのかと僕は頭を抱えたくなった。


「ふふふ、また明日から楽しみね」

「僕としては沙紀の本気の攻勢に耐えられるか自信がなくなってきたよ・・・」

「え?」

「ん?」


沙紀は僕の言葉に驚いて鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしていた。


(変なことを言ったかな・・・?)


ただそんな心配は杞憂だとすぐにわかる。沙紀はニヤァと笑った。僕は蛇に睨まれた蛙になった気がした。


「へぇ~私が本気を出したら、明人は私の虜になる・・・・・・・・・のね・・?」

「あっ」


僕は失言だと気が付いた。しかし時すでに遅し。


「改めて明日から本気で落としにいくわね?楽しみにして頂戴ね」

「お手柔らかにお願いします・・・」

「い・や・よ」

「そうですか・・・」


僕はため息をついた。このままこの話を続けても分が悪いので、話題を切り替えることにした。


「それよりうちで何か食べてく?沙紀さえよければ何か美味しいものでも作るけど?」

「ええ、いただくわ」

「それじゃあスーパーで何か買っていこう」

「ええ」

「それじゃあ沙紀。腕を離してくれるとありがたいんだけど?」

「ダーメ♡」

「はい・・・」


僕は力なくうなだれた。

僕と沙紀はそのまま買い物に向かった。そして、家で軽い祝勝会をした。


なお、買い物先のスーパーでは本当に沙紀が僕の腕から離れなかったので、好奇の視線に晒された。夕食時には今までよりもさらに凄いアピールが始まり精神的に疲れた。泊まりじゃなかったのがせめてもの救いだった。


(明日からの学校が不安すぎる・・・)


僕は布団で横になりながらそう考えた。しかし、それと同時に明日も学校があるという安心感もあった。


(これも沙紀のおかげなんだよなぁ)


僕はここ数日の充実ぶりを思い出しながら、不安と期待の混じった明日に向けて瞼を閉じた。


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ここまで読んでくださりありがとうございます!

ここで一章が終了です。

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