15

「ごめんねぇ沙紀ちゃん。遅くなっちゃった」


「いえ、ありがとうございます」


「なんで・・・」




松山は茫然としている。




御堂彩華みどうあやか。この学校の生徒会長。栗色の髪を肩の高さまで伸ばし、ぱっちりした目をしている。沙紀がクール系の美人だとすれば、御堂会長はかわいい系の代表だろう。どんな人間にも分け隔てなく接するので、性別年齢問わずに誰からも人気がある。




(そんな生徒会長がなんでここに?)




そして、僕らのところに来た。そして、ニコニコしながら




「さてさて、面白そうなことをしているようだね~優君」


「優君・・・?」




松山のことをそう呼んだ。僕はその呼び方に違和感を覚えて聞き返してしまった。すると、御堂会長は僕の方を笑顔で見てきた。その表情にドキッとしてしまった。




(隣から殺気!?)




隣を見ると、ジト目で僕を見ている沙紀がいた。そんなことは露知らずに御堂会長は説明してくれた。




「私と松山君は親の関係で昔から仲良くさせてもらってるんだぁ」


「そ、そうなんですか」


「そうなんですよぉ、問題児の岩木君」


「え?なんで僕の名前を」


「君は今時の人だよ?知らない人の方が少ないんじゃないかなぁ」


「は、はあ」




僕は曖昧な返事をしてしまう。すると、松山が僕と御堂会長の会話に入ってきた。




「彩華姉さん、その呼び方はやめてくれ。それと何しに来たんだい?」




御堂会長は僕から松山に視線を移した。そして、




「決まってるじゃん。沙紀ちゃんたちと賭けをしてたんでしょう?審判に来たんだよ」




松山は鼻で笑った。




「生徒会長がこんなくだらないことに時間を割くなんて暇なのかい?」


「いやいやそんなことはないんですよ。ただ沙紀ちゃんに頼み込まれちゃってねぇ。後輩にあそこまで頼まれちゃったら、先輩としては一肌脱ぎたくなるものだよ」




(そんなことまでしてたのか・・・)




隣の沙紀を見て、恐ろしくなった。策に抜け穴がなさ過ぎて恐ろしい。




「残念だけど彩華姉さんの出番はないよ」


「おりょ?」


「そもそもそんな約束してないんだよ?だから来てもらったところで悪いけど、帰ってもらっていい?」


「へぇ~」




御堂会長は含みのある笑顔を浮かべる。すると、手に丸めて持っていたノートを松山に投げた。それを開くと、




「っ!!!」




松山は驚愕した。かと思うと、どんどん顔を青くした。




「読んでもらったらわかると思うけど、そこにはクラス総出で岩木君をイジメていたことが書いてあるよ。沙紀ちゃんが頑張って記録を取っていたみたいだねぇ。それにしても君たちもだいぶ酷いことをしてるねぇ~」




沙紀は僕のいじめの記録を取っていたらしい。僕のために行動していてくれたことに嬉しくなった。それとは裏腹にクラスメイト達は突然御堂会長からの攻撃対象にされて青くなっていた。なおも笑顔のまま御堂会長は松山を脅す。




「これを君のお父様に渡そうかなぁ、それとも警察がいい?」


「クソ!こんなもの!」


「あっ、破っても無駄だよ?沙紀ちゃんがパソコンにバックアップを取ってるから。ね?」


「はい」




御堂会長はずっとニコニコしていたが、少し恐ろしくなった。




(やっぱり只者じゃないなぁ)




「さてさて、バラされたくなかったら、何をすべきか分かるかなぁ?」


「っ!!!」


「本来ならみんなに責任をとってもらうべきなんだけど、今回は優君の土下座だけで勘弁してあげるって話なんだよ?沙紀ちゃんも岩木君もそれでいいんだよね?」


「はい」


「は、はい」




僕と沙紀はうなずいた。永遠にも感じられる静寂が僕のクラスを支配した。まさか自分たちが標的になると思っていなかったクラスメイト達は電源を切られたロボットのように固まってしまった。すると、




「全部松山が悪いんだ・・・」




ポツリと呟かれた。






「は?」




松山は突然の裏切りに間抜けな声を上げた。しかし、それを皮切りに言葉の濁流が勢いを増す。




「松山、さっさと土下座しろよ!」「そうだよ!そもそも私たちは岩木君をイジメる気なんて全くなかった」「俺もだ!ってか全部松山がやれって!」「そうよ!岩木君、私は指示されていただけなの!信じて!」




「お、お前ら!?」




いつもヨイショしていたクラスメイト達は自分可愛さに手のひらを返した。さらには、僕に対してゴマをすってくるやつもいた。




(救えないな・・・)




それが僕の率直な感想だった。




「うんうん人間らしくていいねぇ!」


「会長・・・」




御堂会長はそんなときでも笑顔を崩さなかった。沙紀は呆れているが、沙紀も結構そっち側だと思うんだけどなぁ




「だけど、五月蠅すぎるなぁ」




御堂会長は笑顔から一転、真顔になった。そして、




「黙れ・・」




一言。そこまで大きな声ではなかったが教室中に綺麗に響いた。さっきまでの喧騒が嘘みたいに消えて、代わりに静寂が訪れた。そして、笑顔に戻って松山に向き直った。




「さて、優君。どうぞ」


「どうぞって・・・」


「だから土下座だって。ど・げ・ざ。優君のために舞台を整えてあげたんだから感謝してね」




絶対に感謝できないことを言われて松山も苦笑いになってしまった。そして、クラス中の視線が松山に集中していた。その視線は早く土下座しろと語っていた。そのプレッシャーに松山は冷や汗をかいていた。




「な、なぁ、彩華姉さん。こんな馬鹿げたことはやめないか?岩木には誠心誠意謝るからさ。なぁ岩木?」


「え?僕」




話を振られるとは思わなくて驚いてしまった。




「これからは仲良くしようぜ?なぁ?」


「え?嫌だけど」




僕の高速レスポンスに松山は青筋を立てる。そして、沙紀と御堂会長は笑い声を出さないように口を塞いだ。そして、御堂会長は笑い終わると、




「ハア、情けないなぁ。これが私の幼馴染だなんて・・・」




これ見よがしに松山にため息をついた。そして、笑顔が深くなった。僕だけではなくここにいる全員、御堂会長のその笑顔にゾッとした。




「いいからさっさと土下座しろよカス。勝負に負けておいてピーチクパーチクさえずるな」


「え?」




松山は固まった。クラスのみんなも。御堂会長からそんな汚い言葉が出るとは思わなかったのだろう。




(ヤバいこの人。沙紀と同レベルで口が悪いかも・・・)




そんな中で僕は全く見当違いのことを考えていた。そして、御堂会長はいつもの笑顔に戻った。そして、周りを見渡した。




「やらないなら警察にでも届けちゃうよぉ?みんなもそれでいいのかなぁ?」


「「「!!!」」」




松山を切り崩すよりも脆い周りを崩しにいった。当然そんなことをされたくないクラスメイト達は




「松山!早く土下座しろよ!」「そうだよ!!」「お前が悪いんだからさっさとやれよ!」




などと口々に訴えた。




「お前ら・・・」




さながら絶対王政の終わりのようだった。松山はギロチンを落とされる国王。民衆から支持を失った王の末路は残酷だ。松山は僕を顔を真っ赤にしながら見てくる。プライドが高いから僕に対して意地でも頭を下げたくないといった感じだ。




「岩木、ごめん」


「舐めてるのかしら?」


「っぐ」




軽い感じで僕に謝ってくるが、そこに微塵も誠意を感じなかった。沙紀が僕の反応よりも早くに怒りをにじませた。そして周りからの野次に屈して松山は頭を下げてきた。




「岩木、ごめん・・・な・・さい」


「はぁ、頭に栄養がいきわたらないカスはこれだから困るわ。土下座しなさいって何度言えばわかるのかしら」


「くっ」




沙紀は往生際が悪い松山にイライラしていた。御堂会長は考える素振りをしながら、恐ろしいことを言ってきた。




「う~んこれ以上渋るようなら晒しちゃおうかなぁ。連帯責任ってことでいいかもねぇ」


「「「「!!!!」」」」




御堂会長の脅しに対して、クラスメイト達が総出で松山を土下座させようとする。




「早くやれよ!」「ってか俺らで無理やりやらせようぜ!」「そ、そうだね!」「仕方がないもんね!」




「おい!てめえら!」




松山は無理やりクラスメイト達に正座させられた。そして、無理やり俺に土下座させようとしていた。




「形だけじゃダメよ?謝罪の一言もね」


「っぐぅ!」




僕は土下座される張本人なのに、蚊帳の外だった。




保身のために生贄を差し出すクラスメイト。そして、僕をイジメた中心の松山。土下座と謝罪をさせようとしている沙紀。僕はそんな様子を冷め切った目で見ていた。




(なんでこんなことになってるんだっけ?)




「おら!早く土下座しろ!」


「てめぇら!覚えておけよ!」




松山は必死に抵抗するが、人数には敵わない。頭を無理やり地面にくっつけさせられる寸前。僕は動いた。




「もういいよ」


「「「「「え?」」」」」




僕は松山の前に座って、そう言った。僕の行動が予想外だったのか教室は時を止めた。いち早く再起動したのは沙紀だった。




「ちょ、ちょっと明人!もういいってどういうことなのよ!?」




沙紀は困惑しながら僕にいってきた。僕は思っていることをそのまま伝えた。




「土下座なんかしなくたって許すって言ったんだよ。これ以上は見てても不快だ」


「でも、それじゃあ明人が!」


「沙紀!!」




なおも食い下がる沙紀に大声で一喝する。沙紀はびくっとなった。そして、いつもの声音で松山を拘束しているクラスメイト達に声をかける。




「こんなの見てても不快にしかならないって言ったんだ。だから松山を離してやってよ」


「岩木が言うなら・・・」




松山を抑えていたクラスメイト達は手を離した。松山は信じられないような瞳で僕を見てきたが、僕はその視線を無視した。すると、傍観者だった御堂会長は、僕に声をかけてきた。




「こんな風にやり返せるチャンスなんてこれからないと思うけどいいのかな?」


「はい。そんなものいりません」


「ふ~ん。優君に対して恨みとかあったんじゃないの?」


「ありましたよ。だけど、今の松山の姿を見たら憐憫しか湧きません。僕はこのクラスの人間みたいに弱い者いじめをしてマウントを取ろうとするような趣味はないので」


「っ!」




松山は僕に弱いものと言われてこぶしを握る。クラスメイト達は責任逃れをするかのように俯く。




「それに」


「ん?」


「もとはといえば僕が授業中にずっと寝ていたことが原因です。今回のことを教訓に授業で寝ないようにしますよ」




御堂会長は呆気にとられたような顔をした。沙紀は何か言いたげだったが、僕に怒られたのが効いたのか黙って静観していた。すると、御堂会長は腹を抱えて笑った。




「あの、何か変なこと言いました?」




僕は恐る恐る御堂会長に聞いた。




「ごめんねぇ。この状況でそんなこと言う人がいるんだぁって感心しちゃったよ」


「そ、そうですか?」


「うん。君とはまた話したいものだよ」




御堂会長は僕という人間を品定めをするように見てきた。そして、一転して背を向けた。




「とりあえず沙紀ちゃんとの約束はここまでだから帰るね」


「あ、はい。ありがとうございました」


「それと君たちもあんまりオイタがすぎるようならいつでも暴露するからそのつもりでねぇ」




クラスメイト達は激しく頷く。その様子に満足したのか御堂会長はうんうんと頷いた。




「それじゃあ沙紀ちゃん、またね。岩木君も」


「はい、ありがとうございました」


「は、はい」




御堂会長は手を振って教室から出て行ってしまう。そして、残された僕たちは誰も声を上げられずにいた。すると、沙紀は僕の袖をくいくいと引っ張ってきた。そして、俯きがちに、僕に言ってきた。




「明人、その」


「ん?」


「ごめんなさい・・・反省するわ」




僕は沙紀が最初何を言っているのか分からなかったが、すぐに察した。




「ああ・・・まぁ、やりすぎには注意だね」


「ええ・・・」




僕は苦笑いで沙紀に答える。珍しく沙紀は本気でやりすぎたと思ったらしい。




(ここまで反省している沙紀も久しぶりに見るな)




シュンとしてしまっている沙紀を見ると保護欲が湧いてきた。僕はクラスの中心にいるということを忘れて沙紀の頭を撫でる。




「は?」


「あ、明人///?」




松山が何か反応した気がするが無視。僕の不意打ちに沙紀は赤くなった。




「沙紀のおかげでここ最近はずっと楽しかったんだ。だから自分をあまり責めないでくれ」


「うん・・・」


「とか偉そうなことを言ってる僕も最初は土下座させる気満々だったけどね。だから僕も同類だよ」




僕は沙紀を励まそうと僕も同じだよ言ったが、沙紀は勢いよく顔を上げて反論してきた。




「そんなことないわ!明人はあんなに酷いことをしてきた松山君を許したじゃない!そんなことができる人なんてこの国に、ううん、世界中探したっていないわ!」


「そ、それは言いすぎだよ沙紀」




持ち上げられすぎて僕は照れくさくなった。




「それに」


「ん?」




沙紀は両手をからませたりせわしなく動かしながらもじもじししていた。そして、熱を持った瞳で僕を上目遣いで見上げてくる。




「その、明人の器の大きさに惚れ直したわ///」


「っ///」




沙紀のその言葉は僕の心臓に突き刺さった。そして、僕は気が付いた。自分のクラスでとてつもなく恥ずかしいことをしていることに。沙紀も観衆に囲まれている中で恥ずかしいことを言ったことに顔を赤くしていた。クラスメイト達はポカーンと僕らの様子を見守っていた。




しかし、そんな生暖かい雰囲気の中で見事にKYなことを言ってくる奴がいた。




「ちょ、ちょっと待ってくれ!沙紀が好きな相手って俺のことだろ!?」


「なんでやねん・・・」




僕は関西弁で突っ込んでしまった。

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