9

僕は今生徒会室にいる。昼休みになると同時に沙紀が僕を呼びに来たからだ。そして、これみよがしにため息をつかれた。


「明人、あなたやりすぎよ・・・」

「す、すいません」


僕は結局すべての授業で無双してしまったらしい。二限目の現代文は速読ですぐに読み終えたので、暇すぎて漢字と古文単語の暗記を内職していた。すると、数学の先生のように温情で(クラスメイト達にとっては)難しい問題を出されたが、秒で終わった。


三限目と四限目は生物と日本史だったが、暗記物なので二日間で覚えたことをそのままアウトプットすれば終わる。結局わかったことは授業なんて受けるよりも自習していた方が勉強効率が良いということだ。


いずれの先生もすべて最後に灰になって職員室に戻ってしまった。


「これでわかったでしょう?明人は天才だって」

「う、うん」


こうまで差が明確だと認めざるを得ない。僕の普通は一般人と大きく乖離していることになる。


「まあいいわ。好きな男がいろんな人間の度肝を抜くのなんて誇らしいもの」

「そ、そうかな」

「な~に明人?照れてるのかしらぁ?」

「う、うるさい」


沙紀に好きと言われるといちいち反応してしまう。僕はちょっと強い言葉で返した。


「それよりも、私、明人のためにお弁当を作ってきたの」

「へぇ~沙紀って料理ができたんだ」


水本家では僕が料理していたから、沙紀が料理をできるなんてことは知らなかった。


「失礼ね。明人ほどじゃないけど料理はできる方よ。それに今の水本家の食事当番は私よ?」

「そ、そうか。美紀子さんは料理ができないんだっけか」

「ええ」


そしてパカっとお弁当箱が開かれる。その中にはから揚げや肉じゃがなど僕が好きな料理がたくさん入っていた。


「おいしそう」


僕はよだれがたれかけていた。はっと沙紀を見てみると困ったような、そして、慈愛の表情を浮かべて僕を見ていた。


「ふふ、その反応をしてくれただけで満足だわ」


そして、沙紀は以前のように箸でからあげを取った。


「あ~ん」

「自分で食べるという選択肢は?」


無駄だと分かっているが一応聞いてみる。


「あ~ごめんなさい。うっかりしてお弁当箱は二つ持ってきたのに箸を一つ入れ忘れてしまったわ~(棒」


棒読みだった。少しイラっとしたが、気にしても仕方がない。


「つまり、沙紀に食べさせてもらうしかないわけね」

「ええ、そういうこと。うっかりしていたんだから仕方がないわね。テストでやらかさないように気を付けないと」

「そうだね」


明らかな嘘なのだが、箸が一つしかないのは事実なようだ。ただ、


(家で食べるのと違って、誰かに見られる可能性があるんだよなぁ)


僕はその心配でから揚げに食いつくことができない。普通のカップルみたいに人目を憚らずにイチャイチャするなんて芸当は僕にできそうもない。


「どうしたの、明人?」

「いや、ちょっと恥ずかしいなってさ。誰かが来るんじゃないかと思って・・・」

「そう・・・」


沙紀はシュンとする。


(あっ、これいつものパターン)


「そうやって明人は私のお弁当を食べない理由を探しているのね。朝早起きして作った私が馬鹿みたい・・・」

「うっ」

「あ~あ明人に喜んでほしくて一生懸命に頑張ったのだけれど、この弁当箱をダストシュートするしかないようね・・・」

「僕、沙紀のお弁当が食べたいなぁ!」


こんなに言われて羞恥心を優先させていたら馬鹿みたいだ。というよりも沙紀に恥をかかせてしまう。据え膳食わぬは男の恥だと心に言い聞かせて沙紀にたべさせてくれとお願いする。しかし、今日の沙紀は一味違った。


「いいのよ。そんなに無理そうに食べてもらわなくて・・・」

「うっ」


沙紀は悲しそうに弁当箱を片付けようとする。僕は百パーセント沙紀の術中にハマっているのは確定だけど、今更断ることなんてできない。


「沙紀、その、どうかお弁当を食べさせてくれませんか?」

「そんなんじゃダメね。気持ちがこもってないわ」


ダメらしい。


「沙紀のお弁当が食べたいなあ」


僕はおちゃらけた雰囲気を纏って沙紀にお願いする。


「死にたいの?」

「ごめんなさい」


普通に親指を下に向けて笑顔で首を切るポーズをしてきた。当然僕は速攻で謝る。


「沙紀が頑張って作ってくれたお弁当がどうしても食べたいんだ。お願い!」

「気持ちはこもってるけど、愛が足りないわ」

「うっ」


(やっぱりか)


最初からなんとなく分かってたけどね。つまり沙紀は僕に言わせたいわけだ。愛の言葉ってやつを。沙紀の瞳は僕から愛の言葉ってやつを言わせたくて早くしろと催促してくる。僕は腹を括った。


「沙紀、いや、その、だ、大好きな沙紀が作ってくれた愛情たっぷりのお弁当を食べさせてほしい」


好きと言う一言を言うだけでとてつもなく緊張する。


(沙紀はよくこれを普通に言えるなぁ)


僕は恥ずかしさと照れくささで手を覆いたくなった。しかし、反対に沙紀は喜色満面だった。その様子から見るに大変満足したらしい。


「やっと私に好きって言ってくれたわね!」

「沙紀!?」


弁当を置いて僕に正面から抱き着いてきた。


「遅いわよ」

「いや、でも」


今の僕の言葉は本心ではない。だから、沙紀には一言謝ろうとしたのだが、人差し指で僕の口を押えた。


「明人が言いたいことは分かってるわ。だけど、今言った言葉の半分くらいは・・・・・・想ってくれているんで・・・・・・・・・・しょ・・?」


(バレバレかぁ)


少なくとも僕は沙紀のことをもう義妹とは思えなく・・・・・・・・なっていた・・・・・


「ふふふ、これは一歩前進だわぁ」


沙紀は恋する乙女のように頬を両手で触っている。嬉しくてたまらないという様子だった。そんな沙紀を見つめていたら僕の視線に気が付いて、沙紀は空咳をする。そして、


「ご褒美に、食べさせてあげるわ」

「う、うん」

「ふふふ、なんでも好きなものを言って頂戴ね~」


沙紀は超ゴキゲンになって僕にお弁当を食べさせてくれた。花のような笑顔で食べさせてくれるので、僕は赤面するのを耐えるのに必死だった。


「ごちそうさまでした」

「お粗末様、どうだった味の方は?」

「美味しかったよ」

「そうじゃなくて」


沙紀は一拍置いて、


「愛情は感じた?」

「・・・うん」


むしろ溢れすぎだった。僕の様子を見ながら鼻歌まじりに弁当箱を片付ける。


「ふふふ、必死に照れ顔を隠してる明人ったら可愛いわ」

「うるさいなぁ」


ちょっと語気が強くなる。


(これ以上いじるのは勘弁してください!)


そういう意味を込めたつもりだった。沙紀はそれを感じ取ってくれたのか追撃はなくなった。しかし、僕には新しい試練が待ち受けていた。


「それじゃあ今度は明人が食べさせてね♡」

「え?」

「え?じゃないわよ。私はまだ食べてないのよ?このまま餓死させる気?」

「ですよねぇ・・・」


僕は沙紀にお弁当を食べさせるというミッションが課せられた。しかも、沙紀判定で愛情がこもってなかったら何度もやり直させられるというオプション付きだ。なんども、照れくさい思いをさせながら、なんとか乗り切った。


「ふふ、これで午後の授業も頑張れるわぁ」

「そうですか」


元気になった沙紀の代わりに、僕は精神的にぐったりしていた。


(授業を受けている方が断然楽だったなぁ)


僕は一人で沙紀とのやり取りと授業を比べてしまっていた。


「あっそうだ。明人、また放課後にあなたの教室に行くから待ってて頂戴ね」

「・・・分かったよ」


こうして、疲労困憊な昼休みは終わった。

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