10

結局午後の授業も午前中の授業と変わらなかった。簡単な問題を出されてそれを普通に答える。それだけで先生たちは灰になってしまった。




そのたびに松山は僕と張り合ってきたが、すべて返り討ちにしてしまった。松山は怒り心頭で放課後になると、僕の下にやってきた。




「キモパンダ。俺が今負けているのはたまたま調子が悪かっただけだからな?いつもの俺だったらお前ごとにきに負けるわけがないんだからな?」




松山はメンチを切って僕を見てくる。




「そ、そうだよね。沙紀に次ぐ実力者の松山君がこんなもんなわけがないよね」


「そうだよ。後はお前には沙紀が付いているってことも忘れるなよ?」




松山は多少溜飲を下げた。そして僕には沙紀がいると、念を押してきた。




「だって、沙紀の次に頭の良い・・・・・・・・・松山君があんな簡単な・・・・・・・・・・問題でミスをするわけ・・・・・・・・・・がないもんね・・・・・・」


「っ」




松山が火を噴くほど顔を真っ赤にした。




(え?なんで怒ってるの?)




僕は松山がなぜ怒っているのか分からなかった。




(まさか解けなかった八つ当たりを僕にしているのかな)




しかし、そんな考えは即座に捨てた。沙紀の次に頭の良い松山があんな簡単な問題で間違えるはずがないのだ。おそらくそれとは別の何かで切れているのだろう。




「クソパンダ!てめぇいい加減n」




松山が僕の胸倉を掴もうとしてくる。しかし、




「ふふふ」




笑い声が教室に響いた。その声の方向を向かなくても誰の声か分かった。そして、沙紀は口元を抑えて上品に笑っていた。




「・・・おい沙紀。何がおかしいんだ?」




松山が沙紀に向かって不機嫌を隠そうとせずに聞く。




「だって、自分が格下だと思っていた人間に成す術もなくボロ負けにされたんでしょう?」


「っ!!」




松山の顔からは火が吹き出しそうになる。沙紀はその様子を見ても微動だにせずに、むしろ笑いながら火に油を注ぎまくった。




「最高のショーをありがとう義兄さん・・・・。身体を張って渾身のギャグを披露してくれるなんて義妹思いの良い義兄さんだと思うわ。これからもよろしくね」




松山はプルプルと震えている。




(この後、僕は酷い八つ当たりを受けるんだろうなぁ)




沙紀は良い笑顔で煽るが、そのしりぬぐいをさせられるのは僕なのだ。沙紀の口の悪さは改善しないと不味いなと思っていた。しかし、松山は予想に反して、ニッコリと笑顔になって僕を見た。




「酷いなぁ岩木ぃ。俺の義妹にこんなことを言わせるなんて」


「え?」




僕は松山が何を言っているのか分からなかった。




(え?なんで僕?)




「うちの学校のアイドルがこんなことを言うわけがないだろう?」


「いや、ちg」




僕が否定しようとすると、




「そ、そうだキモパンダのせいに決まってる」「性悪!」「水本さん大丈夫?」「あいつに何かされたら何か言ってくれ。助けになるから」




クラスメイト達は松山の誘導に乗せられて、僕に矛先を向けた。沙紀はそんなクラスメイト達に吐き気がしているようだ。




「本当に救いようがないわね。このカスは・・・」


「おい!岩木、沙紀になんてことを言わせるんだ!?これ以上やるなら許さないぞ!?」




松山は沙紀の言葉の一つ一つが僕から言わせたと妄信しているらしい。




クラスメイト達も松山に賛同し始めた。沙紀はこれ以上ここにいても意味がないと判断したのか真っすぐに僕の下にやってきた。




「それじゃあ行きましょう。岩木君」


「う、うん、そうだね、水本さん」


「おいおい、無視しないでくれよ沙紀」




松山が何か言ってくるが沙紀はもういないものとして扱っていた。




「今日は図書室に行きましょう」


「図書室?それはまた何で?」


「おい岩木!沙紀に僕を無視させるように指示したな!汚い奴め!」




松山が沙紀ではなく、僕に矛先を向けてきた。沙紀に話しかけてもすべて無視されるから僕に攻撃対象を変えてきた。




「ここじゃあ話もできないわね。松山汚物に群がるクラスメイトハエが多くて集中できないわ」


「そ、そうだね」


「おい、無視すんなよ岩木!」




僕と沙紀は教室を出る。




「沙紀!」




最後に松山が僕と僕を止めた。僕は振り返ってしまった。




「絶対に岩木から義兄として助けてやるから待ってろよ!」




クラスでは黄色い歓声が沸き上がる。沙紀は松山に向き直った。それを松山は沙紀が答えてくれたと判断したのだろう。




「沙紀・・・」




感動に打ち震えているのか、自分を主人公だと思い込んでいるのか、とにかく酷いものだった。




「Кутабаре(くたばれカス)」




何語か分からない文言で親指で首をかき切るジェスチャーをした。僕はその恐怖の笑顔を忘れないだろう。そして、笑顔のまま固まる松山を置いて、僕らは図書室に向かった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「それにしても明人も悪い人ね」


「え?どういうこと?」




廊下を歩きながら沙紀は僕に話しかけてきた。沙紀は目立つからいちいち噂されているのが耳に聞こえてきた。同時に沙紀の隣に歩く、あのモブAは誰なんだという声すらも聞こえてきた。若干居心地の悪さを感じたが、それよりも僕は沙紀に悪い人と言われる意味が分からなくて聞き返す。




「あのカスを私の次に頭が良いのだからこんなの解けて当たり前って言っていたじゃない。あれ最高だったわよ」




(ああ~そのことか)




けど、




「沙紀、相手を侮ることは良くないよ?松山は性格が悪くても沙紀の次に頭が良いんだから」


「え?もしかしてだけど明人・・・あなたそれ本気で思っているのかしら?」


「うん。当たり前だろ?」




隣を歩く沙紀は腹を抱えて震える。そして、耐えきれなくなってついに大声を上げて笑ってしまう。




「あっはっはっはっはっはっは、もうダメ最高すぎるわぁ。義兄松山がもう愚かというか哀れすぎて可哀そうだわぁ」




廊下を歩いている生徒たちは大爆笑している沙紀にドキッとして振り返っている。僕は沙紀が何に対して笑っているのか分からなくて困惑する。そして、ひとしきり笑い終わると、涙をぬぐった。




「でも、明人にはそのくらいの心構えが良いのかもしれないわね」


「うん。僕は本気で松山を倒しに行くよ」




余裕をぶっこいて勝てる相手ではない。それに負けたら沙紀の名前に泥がつく。そんなことはあってはならない。




「あまり気を張り詰めすぎないでね」




沙紀がそんな僕の様子を見て無理をしなように忠告してくれた。




「うん。それで僕らは何をしにいくの?」


「それなのだけれど、明人は教科書をすべて終わらせてしまったでしょう?」


「うん」




少なくとも全科目五周は回した。




「だから新しい教材を取り入れましょう」


「おお、それはとても楽しみだ」




与えらえた範囲でアリの一匹も通さないのがテスト勉強とはいえ、正直、なんども同じ問題を解くのには丁度飽きていたところだ。




「ふふ、私も一緒に解くわ」


「え?沙紀も」


「ええ、初めての共同作業ね、明人」




名前呼びを学校の廊下でされるとドキリとしてしまう。しかし、丁度廊下には誰もいなかった。沙紀はそこを見計らったようだ。




(相変わらず抜け目がないなぁ)




沙紀の策士ぶりにはいつも驚かされる。




そして、僕らは図書室に着いた。沙紀は教材を探しに行ってくれていた。僕はその代わりに席を確保した。県内トップの学校ゆえ、昼休みも人がたくさんいた。僕が考え事をしている間に、沙紀はドンと問題集を机に置いた。




「とりあえず、難問集を集めてみたのだけれどどうかしら?」




沙紀に言われて、用意された問題を見てみるが、難易度は確かに高かった。




「確かに難しい。これは一時間で終わらせるのは無理そう」


「普通はそんなに早く解き終わらないのよ・・・」




沙紀は疲れた顔でツッコミをいれてくる。僕は難しそうな問題集に腕がなった。




「やってみるね」


「ええ、私も頑張って解いてみるわ」




沙紀と僕は向かい合って座っている。沙紀は小さな声で「隣に座りたかったわ」と呟いていたが、ここは学校内なので、ダメだと分かっている。




(それにしても本当に難しいな)




僕は心の中でそう思った。ただ、それと同時にようやく歯ごたえのある問題が来たと思って歓喜もしていた。幾重にも絡まったトラップを潜り抜けていく感覚は凄く楽しかった。




一時間後。




「本当に難しすぎるわ。これなんてどうやって解けばいいのかしら?」




沙紀がう~んと唸っていた。




「どんな問題?」


「これよ」




沙紀が僕に見せてきた。




「ああ~これは、ここで引っかかるようにできているんだ。だから、このルートでいくと」


「なるほど、そう解くのね。悔しいわ・・・」


「それは僕も苦戦したよ」


「・・・ちなみに何分くらいかかったの?」


「う~ん、五分くらいかな。ちょっと苦戦したよ」


「明人の基準だと、五分で解ける問題が苦戦なのね・・・」




悔しそうに沙紀は呻く。




「でもそんなことは気にしても仕方がないわね。明人、これはどう解くの?」


「ああそれは」




僕は沙紀が解けなかった問題を解説していった。




その時、僕らは問題に集中していたため、様子を監視していた陰には気が付かなかった。

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