8
僕は沙紀が帰った後も日曜も一人で勉強した。沙紀からは途中途中で連絡が来たが、進捗報告だけで終わった。沙紀も追い込んでいるらしい。僕はあらかたテスト範囲は終えていたので、基本的に復習だけだったので飽きが来てしまっていた。しかし沙紀からは
「油断大敵よ?あのカスは性格はゴミくずでも成績だけは私に次ぐ。だから最後まで緩んじゃダメよ?」
というメッセージを頂いた。日曜日に僕は慢心しないようにもう一度教科書をすべて解き直した。うっかりがないように。
現在、月曜日。久しぶりに僕は学校に登校した。教室に着くと、そのまま机に突っ伏すのではなく、数学の教科書を鞄から取り出した。それにしても、
(眠くない学校なんて久しぶりだなぁ)
まだ二日しか経ってないのに、地獄のような日々が少し懐かしく思えてしまった。そんな僕の回想などお構いなしにやつがきた。
「よぉ、キモパンダ。朝から勉強なんて精が出るなぁ?」
気色の悪い顔をしながら松山が僕の下にやってくる。その瞬間に最悪な朝になった。
「おはよう・・・」
すると、松山は僕から教科書をとりあげてきた。僕は慌てて取り返そうとする。
「ちょ、ちょっと返してよ!」
「お前がするべき勉強は違うだろ?」
「え?」
「土下座だよ土・下・座」
「あ、ああ」
(僕の記憶では負けたら沙紀が土下座をすることになっていたと思うんだけど)
もちろんそんなことをさせる気はない。負けたら、どうあっても僕が責任を取る気満々だった。
松山は僕の反応を見て、害虫を見るような目で僕を見てくる。
「
「は?」
僕は松山が何を言っているのか分からなかった。どういう意味なのかを聞こうと思ったら親切なクラスメイト達が口々に教えてくれた。
「退学するのが嫌で成績トップの水本さんを脅したんだろ!?」「汚ねぇやつ」「松山君から聞いたんだから!」「義妹の水本さんを助けるために行動する松山君カッコいい!」「ねぇ、王子様みたい」
(なんだこれ・・・)
いつの間にか沙紀の好感度が戻っていた。というか沙紀に悪口を言っていた人間は全員手のひら返しをしていた。そして、なぜか僕が沙紀を脅したということになっている。松山を見てみると、邪悪な嗤いをしていた。
「お前、本当にやることが卑劣だな。今回のテストで一位をとって沙紀を解放する!」
僕のクラスは気持ち悪い松山の宣言で一丸となっていた。僕はいつの間にかクラスの悪者扱いにされていた。元々なかった好感度の底がさらに更新したようだった。
(救いようがないな・・・)
僕は心の底からそう思った。僕はクラスの中心で糾弾され続けているが、否定したって無駄なことは分かっている。だから、とりあえず別の教科書を見ることにした。すると、
「見ろよ!キモパンダが教科書をパラパラと捲り始めたぜ。現実逃避を始めたっぽいぞ」
クラスメイトの一人が僕を見て笑い始める。松山は僕から奪った数学の教科書を僕の頭めがけて投げられた。一瞬痛みを感じたが、めんどくさいので反応しないことを決めた。
「おいおい、無視すんなよぉ?」
松山が僕の下に来た。そして、胸倉を掴もうとしてきたが、
「やめてよ!」
「は?おい、てめぇこの手を、痛っっ」
僕は松山の腕を掴む。そして、条件反射で思いっきり握る。
(あれ?松山の腕ってこんなに細かったっけ・・・?」
僕は松山の腕を掴んだ時に、壊れてしまいそうな気がした。不思議と松山に対して恐怖を感じなくなった。そして、握りすぎていたことに気が付いた。
「あっ、ごめん」
「っ痛~~~、てめぇ調子にー」
ガラ
「ホームルームを始めるぞぉ~」
担任が来た。運が良いことにそれによって松山は自分の席に戻る。その時舌打ちを担任にバレないようにしていた。僕はHRの間ずっと睨まれていたが、反応すると面倒なことになりそうなので無視する。それよりも、久しぶりにちゃんと授業を受けられることが少しだけ嬉しかった。
一限目の数学。珍しく起きている僕に対して、先生は驚いていた。そこでも松山が、
「僕たちが
などと、嘘百パーセントなことを宣った。相変わらずの外面の良さで先生から好感度を稼ぐ松山。名前呼びされた僕は鳥肌が立ったが、否定するのが無駄な努力だということが分かっているので、テキトーにうんうん頷いている。
そして、そのまま授業が本格的に始まったが、予想外のことが起こった。
(なんだこれ・・・?)
僕は驚愕した。だって、
(
こんなもんなのかと周りを見渡してみると、しっかりとノートを取って難しそうな顔をしているクラスメイト達が散見された。すると、そんな僕の様子を見ていた先生が僕に話しかけてくる。
「どうした岩木?普段寝すぎているから、授業が難しいのか?」
クラスにどっと笑いが起きる。
「い、いえ」
「それならこの問題を解いてみろ」
僕は黒板の前にくるように促される。クラスメイト達はみんなニヤニヤしている。そして、先生もだ。いつも寝ていた僕に鬱憤が溜まっていたのだろう。
僕は心の中で県内トップの高校がこんなにレベルが低いわけがない。だからこの問題にはひっかけがあると思い、思いつく限りのすべてのパターンを駆使して問題を解いたが、すべて同じ答えになる。
(え?こんなもんでいいの?)
「明人ぉ~、早く解けよ!それとも手伝ってやろうかぁ?」
「そうだそうだ、頑張れ~」
後ろから応援という名のヤジが飛んできた。僕が間違えて恥をかくことを楽しみしているようだ。
(とりあえず書くしかないか・・・)
僕は何度も確認しながら答えを書く。
「これでどうですか?」
僕は恐る恐る聞いてみる。
「・・・正解だ」
先生は驚きながら僕を見ていた。僕はホッと胸を撫でおろした。その時に心に余裕ができてしまったのだろう。思っていたことが漏れてしまった。
「レベルが低すぎて驚いちゃったな(ボソ」
「あ?」
「あ、す、すいません」
先生の耳には聞こえてしまったようだ。そして、青筋を立てながら僕に言ってきた。
「岩木ぃお前には非常に簡単な問題を出してやったんだぞ?レベルが低くて当然だろぉ?なんならもっと難しい問題でもやってみるか?」
挑発する様に僕に言ってきた。僕はその一言が先生からの温情だと思った。
(わざわざ簡単な問題を出してくれるなんて優しい先生だな。きっと僕が落伍者だからレベルを合わせてくれたのだろう)
だけど、そんな心配はいらないと、僕は素直に先生の言うことに頷く。
「あっ、やっぱりそうですよね。うちの学校は県内トップらしいので、この程度の問題はみんな朝飯前ですよね」
今度はクラスメイト全員から血管がはちきれる音がした。そして、先生は僕の発言を受けて、怒りを通り越して呆れた表情をした。溜飲を下げて、やれやれといった様子で僕に聞いてくる。
「岩木。お前がこの土日でちゃんと勉強してきたのはわかったよ。それなら最難関の問題でもやってみるか?もちろん他のやつらが良いというならだけど」
流石に最難関と言われるとちょっとドキリとする。それは他のクラスメイト達も同様だった。しかし、そこに松山が手を挙げて自己主張してくる。
「先生、やりましょう!明人が失敗しても僕がフォローしますよ」
と言ってきた。松山は自信満々だった。自分が間違えるはずがないと思っているのだろう。
「松山が言うならやってみるか」
先生は黒板に数式をかき出した。そして、
「制限時間は十分な。はじめ!」
そして、クラス中から悲鳴に似た声が聞こえてくる。
「うわ、なにこれ」「無理ぃ」「キモパンダの野郎、調子に乗りやがって」「松山くんに託すしかないね」
クラス中から悲鳴が上がる中で、僕は頭の中で思いついた数式をそのままノートに書いていった。
「よし十分。できたやつ手を挙げろ」
まず手を挙げたのは松山。そして、僕だった。
「それじゃあ岩木」
「先生待ってください」
「どうした松山?」
「僕が先に答えますよ。明人は自信をもってこの問題に臨んだんです。なら僕が間違えた時にカッコよくフォローしてもらいたいんです!」
「松山・・・」
先生が感動しているところ申し訳ないが、松山は僕が絶対に間違えていると確信しているから、後で僕に間違った答えを言わせて恥をかかせたいというだけだろう。ただ、
(この程度で間違える人なんているのだろうか・・・?)
僕は何か引っかけがあるのではと思って検算をする。
「それじゃあ松山、答えを頼む」
「はい、△です」
(え?嘘?)
自信満々に答える松山を見て、僕は真っ青になる。クラスのみんなもそれが答えだと思っているらしい。僕は間違えたと思ったが、
「違うな。惜しいところまではいっていたんだがな」
先生の言葉に松山は悔しそうにうめく。そして、松山でも解けないのかと悲嘆にくれる一方で松山をしっかりフォローするクラスメイト達。
(本当に僕を除けば理想のクラスだな)
僕がそんなことを考えていると、先生は僕の方を向いてくる。
「それじゃあ岩木。これの答えはなんだ?」
先生は僕になんか期待していないといった具合で聞いてきた。そして、
「◇です」
「はいはい。正解は◇な・・・は?」
「え?」
先生と松山の声が重なる。
「岩木?今なんて言ったんだ?」
「◇です」
「・・・正解だ」
クラスに動揺が走る。そして、松山の顔が面白い具合にぐちゃりと変わっていた。僕がこの問題を解けたことが信じられないらしい。
「ちなみに途中式は?」
「ええ~と、どうしよう」
僕は困った。
「岩木、答えでも見たのか?」
先生は呆れたように聞いてきた。松山を含めたクラスメイト達がそれに付随して僕を批判しようとした。しかし、
「いえ、
「「「は?」」」
クラスにいる人間すべての心の声が重なった。
(何をそんなに驚いているのだろう?)
この程度なら沙紀にたくさん出してもらった。それよりも、
「先生、最難関の問題はまだですか?この程度の問題ならみんな解けているはずですよね?」
松山が火を噴くほど顔を真っ赤にしている。松山はこの学校で二番目に頭がいいのだ。沙紀の次席に並ぶ人間がこんな簡単な問題でつまずくはずがないのだ。
(今回はうっかりミスをしてしまっただけなのだろうなぁ)
猿も木から落ちるというし、そういうことなんだろう。
先生は不思議なことに顔面蒼白になっている。
「・・・今日の授業はここで終わりだ。みんなしっかりと復習をしておくように」
先生は授業をいつもよりも早く終え、早々に立ち去ってしまう。
(え?最難関の問題は?)
僕は座ったままただ茫然としていた。
(もしかして、今のが最難関の問題だったの?)
だとしたら、授業なんて受ける必要があるのだろうかと考えてしまう。
「おい、キモパンダ」
「な、なに?」
僕は考え事をしていたので、若干驚いてしまった。そして、いつものように胸倉を掴もうとしてくるが、さっき腕を握られたことがフラッシュバックして手を引っ込める。
「調子に乗るなよ?どうせあれだろ?沙紀に教えてもらったとかだろ?」
「う、うん」
嘘は言っていない。すると、松山は溜飲を下げたのか、クラスに響く声で言った。
「やっぱりな。キモパンダごときにあんな問題を解けるわけがないもんな!」
そして、周りのクラスメイト達もそれを聞いて得心がいったらしい。いつも通り僕に対する嫉妬で文句を言われまくったが、僕としては次の授業で頭がいっぱいだったので、そんな野次のことなど考えていられなかった。
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