7

「ん~」


小窓から差してきた朝日で僕は目が覚めた。久しぶりにぐっすりと寝れたので身体が嘘のように軽かった。


「さて、朝ごはんでも作るかな」


僕はそのまま起きようとするが、左手が何かにホールドされていた。というよりも忘れていた。僕が誰と一緒に寝ていたかを。


「おはよう明人。ぐっすり寝れたみたいで何よりだわ」


左側を見ると、まだ布団にくるまりながら僕の腕に抱き着いている沙紀がいた。おそらく僕よりも早く起きていたのだろう。


「おはよう沙紀。それより腕を離してくれるかな?」

「だ~め、まだ堪能し足りないわ」


沙紀は幸せそうな顔で僕の腕をからめとっていた。


「離してくれないとご飯が作れないよ?」

「それなら仕方がないわ。後でまたお願いするわ」

「イエスとは言えない」

「言わせるわ」


笑顔でジャイア〇みたいなことを言ってきた。


六時頃。僕は朝ご飯を作り、沙紀には食器類を出してもらう。


(作ると言っても、パンを焼いてバターを塗ったり、昨日の残りのポテトサラダを用意するだけだけどね)


沙紀は既に机の前に座って教科書を読んでいる。しかも僕の真似をして、速読にチャレンジしているらしい。沙紀の表情から四苦八苦しているのが良く分かる。そんな沙紀の様子を微笑ましく思いながら見ていたら、パンが焼きあがった。


「はい、お待ちどう」

「ん、ありがとう」


沙紀は集中しているのか空返事を返してきた。


「ああ~もう無理。どうやったら明人みたいにできるのかしら?」


バターンと後ろに倒れて、大の字になった。速読ができない自分にもどかしさを感じているようだった。


「まあ一朝一夕でできるものじゃないしね」

「そうね・・・」


それでも沙紀は納得がいっていない様子だった。瞳からは絶対にできるようになってやるという強い意志を感じた。


「それより、ご飯を食べよう。勉強は後からでもできるよ」

「そうね。そっちが先決だわ」


沙紀はゆっくりと身体を起こす。そして、僕らは朝ご飯を黙々と食べた。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「それじゃあ始めましょうか」

「うん」


僕らはテスト勉強を始める。やり方としては一時間ごとに十分休むという方法だ。沙紀が言うには人間というのはMaxで集中できて一時間半らしい。しかも今日も長丁場なので、一時間ごとに区切らないと体力が持たないらしい。


そして、僕は昨日の夜の失敗を繰り返さないように、あらかじめ教科書の範囲のところに付箋を貼っておいた。


(これでやりすぎるということはないだろう)


「準備はいいかしら?」

「うん」

「それじゃあ開始」


そして、僕はいつも通り速読をする。今日は物理から始めた。


一時間後。


(よし、範囲内で終えられた!)


付箋が目印になって、教科書をすべてやるという愚行は犯さずに済んだ。ただ、テスト範囲自体は教科書すべてに比べて、少ないので実際には二十分くらいで終わっていた。手持無沙汰になった僕は物理のテスト範囲を三周くらいした。


タイマーを沙紀が止める。そして、僕に聞いてきた。


「どうだった?」

「とりあえず、物理のテスト範囲は終わったよ」

「そ、そう。流石ね」


沙紀は僕の答えにたじろぎながら僕を褒めてくれる。


「睡眠ってやっぱり大事なんだね。頭の回転が段違いだ」


身体が軽いし、頭もスッキリしている。だから、応用問題が来てもすぐに重要な公式が引っ張り出せる。


「これも沙紀が睡眠の重要性を説いてくれたおかげかな。ありがとう」

「私としてはそのことよりも一緒に寝た感想を教えてほしいのだけれど」

「そっちに関してはノーコメントで」

「何よ。明人のくせに生意気ね」


そんな言い合いをしながら、次の一時間、そして、一時間と過ごしていった。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「とりあえずテスト範囲は全部終わったね」


時刻は十八時過ぎ。僕は今回のテスト範囲のすべてを終わらせた。僕は達成感と充実感に見舞われていた。



(勉強って楽しいなぁ)


そんな僕の様子とは裏腹に沙紀はとても疲れた表情をしていた。


「どうしたの沙紀?疲れたの?」

「違うわ。いえ、違くもないのかしら。明人の天才ぶりにはため息しか出ないわ」

「そ、そうかな?」

「そうよ」


沙紀は自分の道具を片付けながら、額に手をやっている。


「ただでさえ速読なんて信じられないのに、映像記憶ですって?笑わせないでくれるかしらと思って、日本史のテストをしたら、年表をそのまますらすらと書かれたのよ?これが普通の人間にできると思っているのかしら?」

「さ、さぁ」

「挙句の果てには英語ですら、速読できるですって?馬鹿も休み休みにしなさいよ!」

「で、でも単語を覚えてなかったからテスト範囲を終わらすのに、二時間かかったじゃないか?」


僕としては悔しかった。英語の長文を読もうと思ったら単語が分からな過ぎて全く読めなかったのだ。今回のテスト範囲で失敗した唯一の挫折だ。だから悔しさをにじませながら伝えたつもりだったのだが、沙紀は半眼になって僕を糾弾した。


「半分は単語の暗記でしょ?しかも、それを覚えたら、『これなら楽だね』って呟かれた私の気持ちが分かるかしら?」

「さ、沙紀?怒ってる?」

「怒ってるというよりも呆れているのよ」


沙紀はため息をずっとついていた。沙紀からこう言われていると、僕が異常なんだと少しずつ認識できてきた。義母の洗脳も少しずつ解けてきているのかもしれない。


「沙紀はテスト勉強の調子はどうなの?」


僕のことをこのまま聞かれ続けるのは不味いと思ったので、話を無理やり変えた。すると、沙紀はさっきまでのやつれたOLみたいな表情から、自信に満ちあふれた表情になった。


「余裕よ。というよりも高校の範囲は去年のうちにすべて終わらせたから何も問題はないわ」


そして、柔和な雰囲気を纏って僕に伝えてくる。


「そうじゃなかったら明人に勉強を教えるなんて言えないわよ。もっとも、その必要はもうなさそうだけれど」

「そ、そうか」

「ええ」


僕としては当たり前のことをしていたに過ぎない。


(まぁいいか)


「それじゃあ夕飯にしようか。沙紀は何か食べたいものはある?」

「ごめんなさい。今日は帰らないとなの」

「え?そうなの?」


てっきり今日も泊まっていくのだと思っていた。


(冷静に考えたら、男の家に何泊もするのはよくないか)


ただ僕の胸にはぽっかりと穴が開いた気分になった。


「そんな寂しそうな顔をされると残りたくなっちゃうわね」


沙紀はクスクスと笑った。僕は内心を言い当てられたことに戸惑ってしまったので、声がブレブレになる。


「さ、寂しくなんてないよ?本当だよ?」

「ふふふ、そういうことにしておくわ」


そして、沙紀は帰り支度をし始めた。とはいっても家に来た時に、持ってきた荷物なんて大したものではない。


「それじゃあ、お暇させていただくわ。テスト範囲は終わったとはいえ、まだまだしっかり詰めなきゃダメよ?油断大敵なんだから」

「うん」


沙紀は靴を履く。そして、うちに来た時と同じように制服で家を出た。


「本当に家まで送らなくていいの?」

「ええ。心配してくれるのはありがたいけれど大丈夫よ」


僕は家まで送っていくと言ったのだが、沙紀はそれを拒んだ。美紀子さんと遭遇されたら面倒と言われてしまったら、僕としては食いつけない。だから、僕は近所まで送ることにした。


「また学校で会いましょう」

「うん」


日曜は生徒会関係で仕事があるらしい。次に沙紀に会えるのは学校でだ。そして、沙紀は横断歩道を渡っていく。が、途中で何かを思い出したかのように僕の下に戻ってきた。


(なんだなんだ?)


「忘れるところだったわ。これを渡しておくわ」

「これってスマホ?」


沙紀は鞄からスマホを取り出して、僕に渡す。僕はスマホを持っていなかった。美紀子さんにはぜいたく品だと所持させてもらえなかった。


「ええ。明人にあげるわ。というよりも明人のために買ってきたのよ」

「そんな、悪いって。せめてお金は払うよ」

「いいの。というよりも私が明人の声を離れていても聞いていたいだけだから」

「沙紀・・・」


(そういうセリフはズルい)


ここでスマホをもらわなかったら沙紀に恥をかかせることになる。僕は渋々受け取った。


「そういうことなら、ありがたくいただくよ」

「ええそうして頂戴。まぁ交換条件じゃないのだけれど、お願いを一ついいかしら?」


スマホを買ってくれたのだ。どんなお願いでもバッチこいだ。


「もちろん」

「そう。それなら、毎日、十分で良いから私と電話しましょう?」

「いいけど、そんなのでいいの?」

「ええ。その、離れていても繋がっているっていう実感が欲しいのよ///」


沙紀は顔を赤くしながらお願いを言ってきた。もじもじとしながらいじらしいことを伝えてくる先にはぐっと来るものがあった。


「それじゃあ本当に帰るわ。また学校で」


照れながら、腰のあたりで軽く手を振る。


「うん。また学校で」


僕は沙紀が見えなくなるまで見送り、僕は部屋に戻る。夕飯を作ろうと、冷蔵庫を開けたのだが、困ったことに料理の材料がなかった。


(これはカップラーメンかな)


僕は苦笑した。沙紀がいたら健康に悪いと怒られるだろうが、これが最後の一つなので許してくれと心の中で謝罪する。お湯を沸かして待っていると、スマホがさっそくなる。差出人はもちろん沙紀だ。慣れない操作に手間取りながらも、なんとか通話に出る。


「もしもし、聞こえているかしら」

「うん、聞こえているよ」

「そう、時間がかかっているから、無視されているのかと思ってドキドキしたわ」

「そんな大袈裟な」


沙紀は歩きながらスマホで通話しているのだろう。本来なら危ないと注意すべきなんだが、僕も不思議な楽しさに誘われてしまった。僕はカップラーメンにお湯を入れた。


「それで、沙紀?電話するにしても早くない?家に着いてからだと思ったよ」

「ええ。私もそうするつもりだったのだけれど、言い忘れていたことがあってね」

「言い忘れていたこと?」


僕は何かあっただろうかと部屋を探してみるが、特に何も見つからない。とりあえず、キッチンタイマーで三分間をセットする。そして、


「ええ。明人。愛してるわ///」

「沙紀!?」


最後の最後に爆弾を投下された。


「電話越しで愛を伝えると不思議な気恥ずかしさがあるわ」

「そ、そうなんだ」


僕の心臓はバックバクだった。沙紀にも聞こえてしまっているのではないかと思えた。


「それじゃあお休み。いい夢を」

「うん。沙紀もね」


僕らは通話を終了した。そして、顔を手で覆った。誰もいない部屋だったが、そうせずにはいられなかった。


「最後のやつは反則だよ・・・」


僕は沙紀の可愛さに若干やられていた。


「ってラーメンが伸びちゃう!」


僕はそのまま沙紀の可愛さに悶えてしまって、結局僕は三分以上経って伸びきったラーメンを啜ることになってしまった。

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