6

僕は階段から落ちかける。聞き間違いじゃなければ一緒に寝るとか言っていたような気がする。こけかけた僕に沙紀は心配そうに話しかけてくる。




「大丈夫?」


「大丈夫大丈夫」


「そう、それならよかった」




ホッと息を吐いて安心してくれた。




(さっきの発言は幻聴だな)




僕は疲れているが故の幻聴だろうと考えることにした。




「じゃあおやすみ」


「待ちなさい。どこで寝ようとしてるのかしら?」




僕は床にタオルケットを敷いて寝ようとする。が、沙紀に引き止められる。




「何って床で寝るつもりだけど?沙紀には上で寝ていいよって言ったよね?」


「ええ。でもその後に私は一緒に寝ましょうって言ったわよね?」




幻聴ではなかったらしい。僕は眉間の皺を揉みながら沙紀に問う。




「あの沙紀さん?」


「ええ」


「僕らが一緒の布団に寝るってこと?」


「ええ」




僕は一拍置いた。そして、




「じゃあおやすみ」




何も聞かなかったことにした。沙紀にこれ以上付き合うと余計に疲れそうな気がしたので、現実逃避を図る。しかし、沙紀は簡単に逃がしてはくれない。




「明人がその気なら私もそこで寝るわ」


「なんでよ!?」




僕はもう叫ばずにはいられなかった。しかし、




「明人と添い寝をするためよ」




答えはシンプル極りない答えだった。フンと鼻息を荒くした。




(沙紀って結構欲望に忠実だよなぁ)




しかし、それでも




「ダメなものはダメ。今回ばかりは色々ダメ」




僕は断固反対の姿勢を取る。何をされても跳ね返すつもりだった。




「確かに、今の明人相手では簡単に堕ちそうにないわね・・・」




沙紀が僕を見て呟いた。沙紀も僕の瞳が本気だと感じ取ったのだろう。




「そうだよ。だから諦めてロフトで寝て」


「だけど、私だってそう簡単にあきらめないわよ?」




沙紀は僕の方に近付いてくる。そして、下から上を覗き込むような姿勢になる。その時に、ネグリジェの隙間から何かが見えてしまった。




(やられた!!)




僕は沙紀の撒いた餌に飛びついてしまったと把握した。そんなチャンスを沙紀が見逃すわけがなく、ニヤァっと口元を三日月型にした。




「あら明人?どうして私と目が合わないのかしら?」


「さ、さあ」


「そう。ところで明人、どうしてそんなに顔が赤いのかしら?」


「お、お風呂でのぼせたんだと思うよ」


「それは大変ね」


「うんそうだね」




目を逸らしながら僕は答える。沙紀は僕の内心など手に取るように分かっているのだろう。じわじわと絞め殺すように僕を追い詰める。僕はさながら蛇に睨まれた蛙の気分だった。




「てっきり何かを見たから・・・・・・・赤くなっているのかと・・・・・・・・・・思ったわ・・・・」


「っ」




やっぱりバレていた。だけど、




(それでも今回は負けるわけにはいかない!)




「ああそうだよ。沙紀の言うとおりだ!だけど、そんな邪な感情を抱いてる僕と寝たら不味いでしょ?だからダメ」




(これならどうだ!?)




「むしろそういうのはいつでも歓迎なのだけれど?」


「何言ってるの!?とにかくダメったらダメ!」




僕の一言で諦めるかと思いきやむしろ受けて立つという姿勢を取る沙紀。もう何を言っても無駄な気がしたので、気持ちと勢いで乗り切ることにした。




「ハア、本当に強情ね」


「だろ?じゃあ今日は諦めてくれ」


「そうね」




(よし)




僕は心の中でガッツポーズを決める。くだらなすぎることだが、沙紀を説得させることができて僕も多少の達成感を得た。




「それじゃあ」


「手段を選んでいる場合じゃないようね」


「はい?」




沙紀は意味不明なことを言ってきた。だが、それはすぐに理解できるようになる。




「さ、沙紀?」




沙紀が正面から抱き着いてきた。ただ、今の僕は一味違う。いつもの誘惑だと割り切って、沙紀の柔らかい感触に耐える。




「明人、貴方と一緒にいれなかった時間はとても寂しかったわ」


「え?」




(今なんて言った?寂しかったって言ったのか?沙紀が?)




沙紀の表情は見えないが若干声が震えていた。




「あのババアに明人との接触を禁止されてからずっとこうしたかったの」


「沙紀・・・」


「でも明人が嫌ならいいわ。その時は一人寂しく寝るわ。でも、もし許してくれるなら、今夜だけは一緒に寝てくれないかしら・・・?」


「で、でも」


「ねぇお願い、お義兄ちゃん・・・・・・。沙紀と一緒に寝てぇ」


「///」




(ズルいなぁ。本当にズルい)




僕が沙紀のことを家族としてしか見れないと言ったから、沙紀はあえて家族として接触してきた。ここで断ったら、義妹を捨てた義兄として終わっている。それに泣きながら寂しかったと言われてしまったらもう断ることはできない。




「・・・今日だけだからね」


「ええ。それじゃあ善は急げよ。早く寝ましょう」


「変わり身早!」




沙紀は僕から離れて、ケロッとした様子ですぐにロフトに上がった。僕はそこで理解した。




(また嵌められた・・・)




ハアとため息をつく。ここで反故にしたところで無駄なのは目に見えている。だから僕は観念した。




「明人、早く」


「沙紀、目が血走ってるよ」


「そんなことはないわ」


「・・・先に言っておくけど接触はなしだからね?」


「分かってるわよ」




僕は観念して、ロフトに上がった。そして、二人で寝るには狭すぎる布団を見下ろす。そして、僕はなるべく端っこに寝る。




「それじゃあおやすみ」


「ええ、おやすみ」




五分後




「沙紀・・・」


「なあにぃ?」


「背中に抱き着かないでもらえるかな?」


「や」




僕との約束は一瞬で破られた。期待を裏切らないところは流石だ。沙紀は甘えん坊モードに移行してしまっていた。




「ふふふ。明人の背中大きぃ」


「沙紀、くすぐったいって」




沙紀は僕の背中に頬ずりをしてくる。その時に背中に当たっている二つのメロンもひしゃげりながらこすれてしまうので、若干前かがみになりそうだった。




「はぁ~最高の抱き枕だわ。このまますぐに寝ちゃいそうね」


「そのまま寝てくれてもいいんだよ?」




僕は背中越しに沙紀の言葉に反応する。このままずっと動かれるくらいなら抱き枕にされて寝てしまってもらった方がマシだ。




「それじゃあもったいないわ。夜はこれからなんだもの」


「さっき早く寝ることが重要って言ってたよね?」


「それはそれ。これはこれ」


「横暴すぎる・・・」


「独裁者なんていつの時代も自分の都合で法律を作るのよ」


「そうですか・・・」




独裁者沙紀はそういった。




「それよりも明人」


「ん?」




沙紀はひとしきり満足したのか、僕の背中から離れた。




「ちょっとこっち向いて」




僕は言われるがままに沙紀の方を見る。




「沙紀、服!服が乱れすぎ!」




沙紀は僕の背中に抱き着いたせいで、服が完全に乱れていた。すぐに後ろを向こうとしたが、沙紀に顔をがっちりと固定された。




「昨日から明人に甘えさせてもらってばかりだったから、今度は私に甘えさせてあげるわ」


「はい?」


「それじゃあどうぞ」




沙紀は両手を広げて完全にウエルカムな体勢だった。




「っ///もうからかうのはやめてくれ!僕は寝る!」




僕は反対側に向き直る。これ以上沙紀を相手にしていたら、おかしくなりそうだ。




「ふふ、揶揄いすぎたわね」




僕はもう無視することにした。そして、目を瞑った。




「それじゃあ私も寝るわ。おやすみ」


「・・・おやすみ」




沙紀の方から布団をかぶる音が聞こえた。今度こそ本当に寝たのだろう。




(疲れた)




緊張感から解放されて一気に睡魔が襲ってきた。そして、そのまま瞼を閉じた。

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