5

沙紀が今風呂に入っている。このボロアパートでは遮音性など期待できない。何が言いたいかというと、沙紀がシャワーを浴びる音など普通に聞こえてきてしまう。悲しいかな。無視しようとすればしようとするほど意識がそっちに持ってかれてしまう。




(沙紀は義妹、沙紀は義妹、沙紀は義妹!)




念仏のように唱えるが、沙紀はもう義妹じゃないという悪魔の声がそれに比例して大きくなる。




「ハア」




ため息が止まらない。肉体的な疲労はだいぶなくなったはずなのだが、精神的な疲労の面が大きくなっている気がする。




(そもそも僕は沙紀のことをどう思っているのだろう)




小学生の頃はただ仲の良い友達くらいにしか思っていなかった。父さんが再婚して家族になって距離が縮まっても異性として見ることなんて一度もなかった。沙紀のことは幼馴染、家族、そして義妹としてしか見れない。それは高校に入ろうとも同じだった。




「はずなんだけどなぁ」




沙紀が家に来てからその仕草にいちいちドキドキしてしまう自分がいる。こんな感情は初めてだった。




「何を考えているのかしら?」


「うおっ!」


「そんなに驚かなくても・・・」


「ご、ごめん」




長く思考に沈んでしまっていたらしい。それより、さっきまで沙紀のことを考えていたから張本人を前にすると、何か悪いことをしてしまった気分になる。




「それで、何を考えていたのかしら?」


「いや、何も。勉強のことだよ」


「本当に?」


「うん」




沙紀は僕のことを正面から見据える。その視線は尋問官のようだった。




(まさか嘘だとバレてる・・・?)




僕は冷や汗が止まらない。別に悪いことはしてはいない。ただ沙紀のことを考えていましたなんて恥ずかしすぎて言いたくはない。そんな僕の様子を見て、沙紀は僕がどうあっても吐かないと悟ったのだろう。




「ハア、どうしても話したくなさそうだから今回は見逃してあげるわ。貸し一よ?」


「恩に着ます」




また借りを作ってしまったが、今回はしょうがない。戦線離脱が何よりも最優先だ。




「それじゃあ僕も風呂に入ってくる」


「待ちなさい」




沙紀に袖を引っ張られる。




「何?」


「私の恰好を見て何も感想がないのかしら?」




(沙紀の恰好・・・)




「うん、似合ってるよ。じゃあ」


「投げやりな賞賛は罵倒と同じよ?明人は私のことを馬鹿にしているのかしら?」


「うっ」




(いや、だってさ・・・)




沙紀の寝巻はホワイトのネグリジェと言われるワンピースの一種だ。そして、お風呂上りということもあって、湯気が上がっており、そのおかげで沙紀の美しい黒髪は金属のような光沢を持っていた。さらに、沙紀のネグリジェは布面積が比較的小さい方なので、腕や足がすらっと際立つ。けれど、そんなものはまだ布石だ。何よりも一番凄いのは・・・




「ふふ、明人を落とすために買ったけど正解だったようね。視線がここ・・に固定されているわよ?」




そういって沙紀は自分の胸を寄せる。




「っ///」




僕は目線を逸らす。そんなに見ていたのかと恥ずかしくなる。しかし、そこは弱った獲物に追い打ちをかける沙紀クオリティ。僕は分が悪いと思って、風呂場に緊急避難を試みる。しかし、




「逃がさないわよ?」


「ちょっ、沙紀!?」




沙紀が背後から抱き着いてきた。僕の背中には感触の良い大きなそれが潰れてしまっていた。しかも生肌なのでその威力は倍以上だ。その体勢のまま沙紀は僕の耳に直接語り掛けてくる。




「ほらほら、さっさとこっちを見て感想を言いなさいよ?」


「勘弁してください!」


「い~や。ほらほらさっきの貸しを返させてあげるから早く早くぅ」




艶っぽい声音で甘えてくる。そのギャップが僕の脳内でカタストロフィを起こしてしまった。




「ほ~らぁ、明人。私のことをどう思ってるの?好きor大好き?それとも両方?早く答えなさい!」


「質問内容が変わってるよ!?」


「もう、じれったいわね!このまま逆レイ〇するわよ?」


「犯罪だよ!?分かった!ちゃんと言います!」




望み通りの発言が得られて沙紀は満足したのか僕から離れる。




「そうそう、それでいいのよ。強情な明人も好きだけど素直な明人の方が好きよ?」


「そうですか・・・」




僕は沙紀の方を見る。視線がそこに行きそうになるが、しっかり沙紀の顔を見る。




「学校の制服を着ている沙紀も清楚で凛としている感じがして似合っているけど、その、無防備で肌が露出するような服の方がえr、じゃなくて、艶やかで色気を感じる」




危うくヤバいことを口走りそうになるがなんとか誤魔化す。




「ふふふ、艶やかで色気を感じるって(笑)」




沙紀は僕の咄嗟の表現を肩で笑っている。正直自分でも言っていて恥ずかしくなった。僕は顔を手で覆いたい気持ちになったが、それをすると余計に酷くなりそうな気がするので耐える。




「まぁいいわ。これ以上イジメると明人が可哀そうだわ」


「助かるよ。それじゃあ入ってくる」


「ごゆっくり~」


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時刻は十時を回った。風呂から上がって寝る支度をする。沙紀に勉強の続きをやらなくてもいいのかと聞いたら、




『普段ならもっとやるのだけれど、明人の場合は生活リズムと睡眠不足を解消する方が先決よ』




と言われてしまった。




(そういえばこの時間に寝るのっていつ以来だろ?)




記憶を探るが全く思い出せない。




「明人、寝る準備はできた?」




沙紀は肌のお手入れをするというので洗面台の前にいたのだが終わったようだ。僕は沙紀に声をかけられて現実に戻ってきた。僕は今ロフトに上がって布団を敷いている。流石に沙紀を床で寝させるわけにはいかないので、僕はタオルケットだけ持ってリビングで寝ることにした。




「うん、できたよ。僕は下で寝るから、沙紀はロフトで僕の布団を使っていいよ」




僕は階段を下りながら沙紀に言った。が、沙紀の反応は僕の予想外のものだった。




「何を言っているの?明人が下で寝る必要なんてないわ?」


「え?でも沙紀に床で寝てもらうのは悪いし・・・」


「だから、一緒に寝れば問題ないでしょ?」


「は?」




その時の僕は鳩が豆鉄砲を食ったような、今世紀最大の阿呆面をしていただろう。

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