プロローグ3

僕は突然訪れてきた元義妹を部屋に招き入れた。外に放置しておけるほど鬼畜ではなかった。ポットでお湯を沸かした。僕の家に人が訪れることなど想定していなかったので、沙紀の分だけを用意した。




「ありがとう・・・」




沙紀からお礼を言われる。ボロアパートというアンニュイな場だが、粗茶を飲む所作は絵になっていた。




「それで、僕に何か用?」




少し棘のある声で僕は沙紀に聞く。義母さん、いや美紀子さんに何か言われたのではないかとつい疑り深くなってしまう。そうでなくても一か月近く音沙汰がなかった沙紀が来たことに何か裏があると疑ってしまうのは仕方がないだろう。




「今日は義兄さんに渡したいものがあってきたのよ」


「渡したいもの?」


「ええ、これよ」




沙紀は自分の鞄をまさぐって通帳を取り出した。




「これは・・・?」


「義父さんの通帳よ。これで学費はなんとかなるでしょう?」


「え?」




僕は沙紀から通帳を受け取り中身を見る。そこには7桁の数字が記帳されていた。僕は数え間違い、あるいは夢ではないかと頬をつねってもう一度確認した。が、現実だった。




これさえあれば、バイトをしなくても大学まで行ける。ただ、僕としてはなぜ義妹がこの通帳を渡してくれたのかが疑問だった。




「けど、どうして・・・?」




正直、美紀子さんがこんな大金を簡単に手渡すとは思わなかった。あの人は金遣いが荒かったので、こんな通帳があったらすぐに使ってしまうタイプだったと思う。沙紀は表情をほぼ動かさずに




「これは義父さんが義兄さんのために残したものよ?それなら、家族じゃない私たちが勝手に使っていいものじゃないわ」


「そ、そうだけど・・・」


「後、この件には母さんは関わっていないわよ?私が勝手にくすねてきただけだし」


「は?」




(今、恐ろしいことをサラッと言ったような・・・?)




「今頃必死になって家中を探しているでしょうねぇ。滑稽だわ」




クスクスと笑うその様はまるで悪役令嬢のようだった。僕としても多少は鬱憤が晴れたが、沙紀がこんなことを行う動機がわからなかった。




「沙紀、僕としてはこのお金を取り返してくれたことは嬉しい。だけど、君が僕を助ける理由はなんだ?」




棚から牡丹餅とかいうレベルではない。ここまでするからには何か狙いがあるはずだ。




「流石、義兄さん、いえ、明人・・ね。ええそうよ。今日は明人に頼みがあってきたのよ」


「そうか・・・」




義兄さん呼びではなく名前で呼ばれたのは久しぶりだった。真っすぐに僕を見据えて、ピンと背中を張る。その動作で何か重大なことを伝えようとしていることは明白だった。僕もつられて背筋を伸ばして、沙紀の言葉を待った。そして、




「私と付き合って」




僕は何を言われたのか分からなかった。




(『付き合って』と言ったのかな?)




幻聴でも聞こえてしまったのかもしれない。とりあえず聞き返しておく。




「ごめん、よく聞こえなかった。もう一回いい?」


「ええ、いいわよ。私と付き合って」




聞き間違いではなかったらしい。情報処理が追い付かないでいると、




「やっと伝えられたわ!!」


「え!?」




沙紀は感極まって僕を押し倒してきた。そして、僕に抱き着いて息を荒げながら僕の首元に顔をうずめてくる。




「はぁはぁ、明人の匂い久しぶり~///」


「ちょ///」




沙紀は僕の首元から匂いをクンクンと嗅いできた。密着しているので、沙紀のシャンプーの香りも僕の鼻孔をくすぐった。




「沙紀、離れて///」


「いやよ///」




即答でした。それどころか密着している表面積をどんどん広げてきた。




「ハアハア///この時をどれほど待ったか///明人と結ばれるこの瞬間を///!」




沙紀はそのまま僕の首元から離れて、馬乗りの姿勢で




「それじゃあいただきます♡」


「ちょ、ちょっと、待った。僕たちは家族だよ!?」




僕は家族というワードを使って、沙紀をなんとかとどめようとする。しかし、沙紀は紅潮しながら満面の笑みを浮かべて、




「明人にそんなありふれた言葉を使ってほしくないわ。でも安心して、今の私たちは家族じゃないわよ」


「あっ」




沙紀が襲ってきたせいでそのことを失念していた。そして、沙紀は口をとがらせて僕のことを責めるように言ってきた。




「昔から『結婚しましょう』って言っても、『家族だから』って断ってくれたわよね?」


「そ、それは家族だから当たり前じゃないか、それにおふざけだと思って・・・」


「おふざけなわけがないわ。本気も本気。それなのに明人はなんてことない態度で私をフるじゃない・・・そのたびに私は枕を濡らしたわ・・・」


「ご、ごめん」




ヨヨヨと泣いたふりをする沙紀。




(沙紀の告白が本気だったとは・・・)




そして、沙紀は哀愁を帯びた表情になった。




「けれど、大好きな明人と一緒にいれるなら兄妹っていう関係でもいいって思っていたわ。ベストではないけど、ベターではあるってね・・・」


「沙紀・・・」


「だけど、あのババアは義父さんが死んでから明人を追い出そうとしたのよ。元々お荷物だと思っていた明人を育てる意味なんかないと思っていたから・・・」


「やっぱり・・・」




僕の違和感は間違っていなかった。父さんがいた時も、僕のことを見ているふりをしているようなそんな気がしていた。最初からいないものとして扱われていたことを事実と知ってショックを受けたが、それと同時に腑にも落ちた。




「でも、今はそんなババアのことはどうでもいいのよ」




真面目な雰囲気から一転、沙紀は服を脱ぎ始めた。




「何してんの!?///」


「決まってるでしょう?子作りの準備よ」


「そういうことじゃない!」




僕がそう言っているうちに沙紀はどんどん服を脱いでいく。そして、下着姿になると、




「ふふふ、明人は天井のシミでも数えていて?すぐに終わるから♡」


「ダメだよ!僕らは家族だろ?」


「同じことを何回も言わせないでくれるかしら?私たちはもう家族じゃないわ。だから何も問題はないわ」


「問題しかないよ!」


「ふふふ、無駄な抵抗はよしなさい」




沙紀が下着に手をかけて、全裸になろうとする。




(どうする!?このままじゃ高校生から父親にジョブチェンジさせられる!)




僕は必死になって叫ぶ。




「沙紀、何でも一つ言うことを聞くから、それだけは勘弁してください!!」


「ええ、分かったわ」


「お願いしm・・・え?」




驚くほどあっけなく、沙紀は僕の上から降りた。そして、脱いだ服をしっかり着て、うちに来た時と同じように綺麗な姿勢で机の前に座った。そして、ここ一番の笑顔で、




「言質は取ったわよ?」




(はめられた!)




最初からこれが狙いだったのかと僕はうなだれる。そして、何を要求されるのかとビクビクした。




「そんなに怖がらないでくれるかしら?いくら私でも傷つくわ・・・」


「ご、ごめん・・・」


「そのお詫びに関してはまた今度でお願いするわ」




しれっと要求が増えている気がするが、今のは僕が悪いので仕方がない。




「私からのお願いはさっきも言ったけど、交際だけよ」


「冗談じゃなくて?」


「あら?私の目を見て、冗談だと思うかしら?」


「いや・・・」




沙紀はさっきからずっと僕の目を見て話している。その真っすぐな視線に邪なことが含まれていないことが良く分かった。沙紀は真剣だ。ただ、僕はどう返事をすればいいのか分からなかった。


そんな僕の様子を見かねて、沙紀は不安そうな表情をした。




「その、私のことが嫌いなら断って頂戴・・・それならこの通帳だけ置いて今すぐ出ていくわ・・・」


「そ、それは違う!!!」




沙紀の的外れな推論を聞いて、僕は強く否定した。




「沙紀のことは嫌いなわけがない!だけど、大切な家族だと思っていたから、今すぐ異性としては見れないんだ・・・」




僕は胸中にある本音を余すことなく伝えた。沙紀は僕の本音を聞いて、満足そうにうなずいた。




「そう・・・ありがとう義兄さん・・・・。本音を聞かせてくれて。だけどね」


「うわっ!!!」




僕は胸倉を掴まれて、沙紀との距離は息が吹きかかってくるほど近づいた。




「私たちはもう家族じゃないのよ?今に見てなさい。私の魅力でメロメロにしてあげるわ。だから付き合いなさい」




沙紀は命令口調で高圧的な態度で迫ってくる。




「わ、わかったよ・・・」




僕は降参した。こうなった沙紀はどんな手段を使ってでも押し通そうとしてくるだろう。




「わかったって言ったわね?男に二言はなしよ?」




沙紀は僕に釘を刺してくる。




「うん。ただ、僕は沙紀のことを義妹というか幼馴染としてしか見れないからね?」


「ええ。今はそれでいいわ。でもね」




沙紀は僕の胸倉から手を離した。そして、艶やかで官能的な表情を浮かべながら、




「もうこの気持ちは抑えられないわ///家族じゃないんだから、本気を出してもいいわよね?」




(そういう問題じゃない!)


と言いたかったが、




「好きにしてくれ・・・」


「そう、ふふ、明日から楽しみだわ」


「そうですか・・・」


「今日のところはこれで帰るわ。また明日、学校でね」




沙紀はそういうと僕の部屋から出ていった。残された僕はしばらく茫然としていた。




こうして僕らは幼馴染から兄妹、そして、恋人へと関係が変化した。


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