Pretense 7/8
話を聞き終えた私は謎解き部の部室へと戻る。
放課後になってから結構な時間が経っている。窓から差し込む日の光は赤みを強くさせ、傷ついた木製の床には濃い影が差す。旧校舎には七不思議があるけど、そういうのが生まれそうな不気味さがあった。
扉を開けると、焼けるような日差しに照らされたきいがいる。私が戻ってくるのを待ちかねていたかのように、きいの顔が上がった。
「どうだった?」
「仲が悪いってことはないって。むしろ仲がいいみたいな」
「そうなんだ」
さもどうでもいいことのように、きいは言った。私がなんて言うのか、事前にわかっていたみたいな。
「もしかして、最初から」
「うん。だって、逆算すると、そういうことになっちゃうから」
――ゲーム部にみんなを呼ぼうか。
その声音はひどく残念そうであった。
青白い蛍光灯に照らされたゲーム部に、六人が集まった。
五人の視線の先には、きいがいる。ちょっとどころではなく気落ちしていた。どこかがっかりとしているようで、私にはどうしてなのか全く理解できない。ゲーム部の三人もどこか困惑しているように見えた。いつもと変わらないのは、報道部の朝陽だけ。
「どうしてあたしたちが呼ばれたの?」
「別に、あなたは呼んでませんけど」
「そうだっけ。リクを追いかけてたらたどり着いちゃったのかな。ま、どっちでもいいっか」
「…………」
確かに呼んだ覚えはなくて、朝陽はいつの間にかこの場にやってきた。私って監視されてるんじゃないか、この同級生に。
なんだか微妙な空気になってしまった。私は咳ばらいをする。こうなってしまったのも、きいが意気揚々と謎を解き明かそうとしないからだ。前回は、今すぐにでも謎を解いてやる、名探偵になれるって感じで息まいていたのに、今や死んだ魚のような目をしている。
「と、とにかく」私は口を開くことにした。「集まってもらったのは、事件の真相がわかったからです」
「副部長が犯人だって確定したんですか。したんですね!」
「いやそれはどうなんだろう……」
私はきいの方を向く。きいはぼんやりとしていたが、ゆっくりと口を開いた。
「――犯人はいないよ」
部屋が凍り付いた。
私もまた、硬直してしまっていた。
犯人がいない。
「どういうこと?」
「そのままの意味だよ、おねえちゃん。ここは確かに密室なの。鍵はちゃんとしまっていたし、壊されてもない。じゃあ密室は確かに存在したって考える方が自然でしょ」
「でもでも、パソコンは壊されてるじゃん!」
「密室の中で壊れたんだよ」
「へ?」
「岡本が施錠してから吉野が朝に開けるまでの間にパソコンは壊れた」
「そんなわけ――」
「吉野は知ってるよね」
「はあ。どうして俺が知ってるって思うんだよ」
「だって、物理的に壊したのは吉野だから」
誰かが息を飲んだ。それは誰だったかはわからない。きいは気にも留めることなく、言葉をつづけた。
「パソコンが壊れているのを知って、吉野はパソコンを破壊したの」
ただ、それだけ。とさも当たり前のことのように、きいは言った。だけど、私たちには理解できない。――吉野先輩をを除いては。
「さっき密室だって言ったじゃねえか」
「密室だったよ。だから、破壊したのは密室が解けてから」
私は、妹が何を言わんとしているのか悟った。同時に、妹が意気消沈している理由も何となくわかったような気がした。
「早朝に壊したってこと……」
「うん。吉野は二人で来てたんでしょ。それで、一緒に来てた生徒を職員室へと向かわせた。その時にパソコンを破壊したの」
全員の視線が、吉野先輩へと向けられる。先輩は唇を噛みしめていた。
――やっぱり副部長がやったんじゃん。
黒美ちゃんが発した歓喜の声が空虚に響く。誰も、その言葉に賛同していないかのように、押し黙っていた。
「ど、どうしてそんなことを」
おずおずと疑問を呈したのは、岡本先輩だった。
「さあね。でも、パソコンが壊れていたのが関係してるとは思う。例えば――」
「それ以上は俺が話す」
きいは口を閉ざし、どうぞ、とばかりに手のひらを見せた。とことんやる気がないらしい。
――妹のそういうところが、私は苦手なんだ。
しばらく沈黙があって。
「その子の言う通りさ。俺が壊した」
「そう、なの……?」
「ああ。パソコンは壊れてたよ。大方、ジュースでもこぼしたんだろ」
「…………」
「なのに、壊れたままになってるってことは、気が付いてなかったってことだろ? だって、部長の性格なら隠し通せるわけがねえんだもん」
「岡本先輩と言ったら無遅刻無欠席宿題も毎日――」
二人の会話に水を差そうとする朝陽の口を、私は手でふさぐ。もごもごと何かを話そうとしていたが、じきに恍惚そうな笑みを浮かべて黙ってしまった。すっごく気持ち悪いけど。
先輩方が私のことを見てくる。私は苦笑いだけしておいた。
話をどうぞ。お邪魔はいたしませんので。
「それで壊そうって思ったんだよ。どうせ壊れてんだし、もともとおんぼろのやつだったんだ。壊したって大丈夫だろ」
――大会前に、落ち込まれたら困るんだよ。
照れたように顔を背けながら、吉野先輩は言った。
つまりだ。
吉野先輩は、岡本先輩のためにパソコンを壊した。
岡本先輩に余計な心労を抱えてほしくなかったから。自分のせいで壊してしまったと気が付いたら、ショックを受けてしまうに違いないから、と。
「でもよ、結局は失敗だったな」
「え?」
「だって、破壊したら破壊したらでおどおどしてただろ。こんなことなら正直に言ってればよかったなって。こいつらがやってくることもなかったしな」
視線が私たちへと向く。私は頭をかくことしかできない。
いや、ほんとすみません。
「頭を下げるな。俺のせいなんだから。――生徒会長には言っておいてくれ。警察を呼ぶ必要はねえって」
「いいですけど……。パソコンは」
私は生徒会長を補佐している橘花先輩の仏頂面が脳裏に蘇る。あの人ケチっぽいから、部費を出してくれるかどうか。手を煩わせたことを根に持ってないといいんだけど。
吉野先輩も同じことを考えたのか苦笑いを浮かべた。
「しゃーねえだろ、俺がやっちゃったことだし、まあ、家のノートパソコンでも持ってくるよ。それで、俺が今使ってるのを部長には使ってもらうってことで」
「べ、別にいいよ。申し訳ないし、一緒にゲームできなくなるじゃん……」
いいからいいから、と吉野先輩が言い、はにかみながら岡本先輩は応じる。
そんな二人を、黒美ちゃんは呆然とした面持ちで見ていた。私が肩を叩けば、その光のない目が、私の方を向いた。――向いただけで、私を見ているとは到底思えない様子だったけど、どうしても、一言かけずにはいられなかった。
「誰にでも間違いはあるから」
肩を叩いて、私は車いすを押して部室を後にしようとする。その直前になって、朝陽の口から手を離した。
「もっとしててもよかったのに……」
「やるかバカ」
「冗談。それより帰るんでしょ」
「朝陽は帰らないの?」
「取材をしないとね。やっぱり、謎を解いたらハイ終わりってわけにもいかないよ。報道に携わる人間としては、細かいところまで詰めるのが仕事ってわけ」
「ああ、なるほど」
「一緒にいたいっていうなら、歓迎するけど?」
私は朝陽の提案を雑に断って、今度こそ、部室を後にする。
黒美ちゃんの視線に違いないものが私の背中に注がれたので、手を振る。
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